第60話 認めさせたルイと、とある天才
そして、一ヶ月の時は過ぎた。
今日から五日ほど、アンナ達四人での連携を強化する時間に移る。
というわけで、俺の前にはルイのみならずアンナ、ミルキー、ユウリィの姿もあった。
「……で? 約束の日は来たけど、どうするの?」
「今から俺と戦ってもらう。お前たちは四人で協力して、俺に一撃入れられるように努力しろ。今後のイヴとの戦いを考慮して魔法は使わねえから安心していい」
「イヴ様の前にあんた相手でまずはってことね。あっさりと一撃加えてやるわ」
「そういうのは、できてから言うべきだな」
「……あんたね」
笑顔を浮かべながらも怒りでヒクヒクと唇を動かすミルキーを見ながら、俺は鼻で笑う。
ちなみにミルキーには敬語を使わないことや「あんた」呼びを許した。
俺自身敬語を使わない(10年以上使ってないから使えない可能性もある)し、その方がこいつの場合は思っていることが分かりやすいからだ。
「やってやろうじゃない」
「イヴさんの前にエンディさんと戦えるのは良いですね」
「ルイ、よろしくね」
「うん、よろしく」
四人がそれぞれ違う反応を見せるが、俺と戦うことに反対の奴はいないようだ。
それぞれが得物を手に、俺から距離を取る。俺が手にするのは鞘を固定した刀。
一方でアンナは剣、ルイは弓、そしてミルキーとユウリィは杖。
「いつでもいいぞ。適当に始めろ。今回はお前たちの連携を強めるのが目的だ。俺に勝つのが目的じゃねえから、そこは勘違いするなよ」
「は、はい……皆、いい?」
俺の言葉を受けてアンナが背後を確認。
全員が頷いたのを見て、正面を向き、剣を握る手に力を入れたのが見えた。
開始と言わんばかりに、アンナが地面を蹴る。
それを見て刀を構え、その動きをしっかりと確認。
「いきますっ!」
接近しての剣での一撃。その角度も、鋭さも始めて見た時よりも優れている。
鞘付きの刀で弾き返しつつ、アンナの成長ぶりを確認。
イヴからは毎日のように授業の成果を聞いていたが、実際に目にするとやはり剣士として優れている。
元々あった才能をイヴが伸ばしたことで、少なくともエステルの街なら負けなしどころか、頭一つ抜けている実力者だろう。
「はぁ!」
戦技『強斬』。
振り下ろされた剣から伝わる衝撃は強く、アンナ専用に最適化されているのがよく分かる。
Cランクも間近なほどの熟練度に、戦技の再現にも力を入れていることで、飛躍的に実力は向上している。
(とはいえ、押される程じゃねえか)
一方で、まあこれが普通だよな、と思っていた通りの実力でもあった。
誰もがイヴやムゥのように天才なわけじゃない。
アンナは確かに優秀だが、人知を超えた天才、鬼才ではない。
Cランクに近い剣の腕は確かに優れていると言える。
それでも10年以上冒険者をやってきて、全ての熟練度をCにして、かつ全戦技の再現も終わらせている俺なら危なくなる場面はない。
それはアンナがミルキーの支援魔法を受け取ったとしても変わることはない。
ユウリィが魔法で横やりを入れてきても、揺らぐことはない。
けれど。
「っ!?」
飛来した矢を、刀で弾く。
あまりにもいやらしすぎる角度に、刀を振った後にどうしても隙ができてしまう。
その隙を、アンナが見逃すはずはない。
「見えたっ!」
「声をあげるのは三流のすることだって、習わなかったのか」
まさに今攻撃します、という言葉を耳で受け取り、身体を翻してアンナの剣を避ける。
流石に近づきすぎということで、警告ついでに腹を蹴飛ばそうと思ったところで、足を矢が掠った。
(おいおい……まじかよ……)
読まれている。
四人の中で一番俺と一緒にいた時間が長かったからというのも理由の一つだろう。
けれどそれを加味したとしても、気味が悪いほどの正確無比な射撃。
威力が高いわけじゃない。
イヴのように才能の暴力でもなく、ムゥのように圧倒的な破壊力の魔法でもない。
ただ、敵に回した場合にこれほど戦いにくくしてくる相手は居ない。
言葉は悪いが、敵に対する嫌がらせをすることに関しては誰よりも才能がある。
それこそ俺がもしも今この場で魔法の使用ができるなら真っ先にルイを狙うくらいには。
(自分で育てておいてなんだが……厄介だな)
とはいえ、魔法がNGなだけで、刀での攻撃がダメなわけじゃない。
アンナの攻撃をかいくぐり、地面を蹴って一気にその横をすり抜ける。
姿勢を低くしたままで、突撃。
一直線にルイの元へ向かう中で、矢を番えたルイが俺の方だけを見続ける。
狙っている。もうどこを攻撃すれば一番効率が良いかも考えているはずだ。
けれど矢を放ちはしない。じっと、何かを待っている。
(まあいいか、フェイントとしては十分だろ)
無理やり体に力を入れ、方向転換。
ルイへと向けていた視線を、少し離れた場所にいるミルキーへと移す。
最も効果的な、支援役を潰すという目的を果たすために。
「ひっ!?」
短い悲鳴をミルキーが上げると同時に足の裏の力を爆発させ、一気にミルキーの元へ。
そう思って飛び出そうとしたときに、俺とミルキーの間に一本の矢が高速で飛来し、地面に突き刺さった。
「っ!?」
「?」
驚く俺と、胸に杖を抱きながら戸惑った表情をするミルキー。
まるでその矢が試合の終了を告げるようで、俺は思わず立ち止まってしまった。
「……くく」
体の中から出てくる笑いが思わず零れてしまう。
「やるじゃねえか、ルイ」
あの一瞬で俺の真意を読み取り、ミルキーを守るために妨害の矢を放った。
性格をよく知っているのもあるが、いずれにせよ読まれていたわけだ。
俺の言葉を受けてルイは集中していた目を普段のものに戻し、小さく笑った。
「もし相手の魔物の群れに回復や強化をする奴がいるなら真っ先に潰せと、そう教わりましたから」
「よく覚えていたな……さて」
刀を腰に戻し、振り返ってアンナ合わせる。
ミルキーやユウリィにも順に視線を向け、確かめるように尋ねた。
「改めて四人で戦ってみてどうだ? この結果を見ても、ルイは使えねえか?」
「……まさか。ついさっき、ルイには何度も助けられました。彼の矢で、エンディさんに対して攻撃できる機会が何度も生まれたことはよく分かっています」
アンナが首を横に振って否定する。
「私の魔法とも競合せず、お互いに邪魔にならない攻撃……すごかったです、ルイさん」
ユウリィは興奮冷めやらぬ様子で、むしろルイに向けて何度も頷いていた。
「……正直、ずっとやりやすかったわ。これまでと違って支援をかける相手が主にアンナだけってのもあるけど……最後の瞬間にはルイに助けられたし」
そしてミルキーも。
三人の返事を聞いて俺は頷く。ルイを認めさせるという目的は達した。
今のルイの実力からして認めさせられるだろうとは思っていたが、第一段階はクリアだ。
「よし、じゃあ今回の振り返りを簡単にするぞ。まずアンナ。正直言うことはあんまりねえ。剣筋は良いし、体の動かし方も様になっている。戦技の再現も及第点だ。ただあまりにも敵を見すぎだな。パーティで戦うならルイやユウリィ、ミルキーの位置にも気をつけろ」
「は、はい」
「次にユウリィ。魔法の威力が高いのは良い点だ。ただ威力だけを高めればいいってわけじゃねえ。時には小規模の魔法を使うとかして敵の動きを制限すると、さらに良くなると思うぜ」
「あ、ありがとうございます?」
「最後にミルキー。お前はよく見てはいるんだが、見すぎだ。見るのはいいが、余裕があるなら攻撃に参加しろ。指示出しも大切だが、戦力が三人と四人じゃ訳が違うからな」
「……わかったわ」
三人に次々とアドバイスをして、最後にルイを見る。
「ルイは……まあ以前からの課題だが威力だな。もう少し種類を増やしてえ。熟練度を上げつつっていうのは変わらねえな。あとはミルキーに情報を渡す役割ができるとより良い。ミルキーを混乱させるために意見を言うんじゃねえ、情報を言うんだ。分かるか?」
「はい、先生!」
四人の中で一番大きな返事をするルイ。
アドバイスを送ったところで、四人は俺の前に集まってくる。
その瞳にはまだ戸惑いの色があるものの、俺を見ていることに変わりはなかった。
指導者として認められているかどうかは今はどうでもいい。
話を聞く体勢になる、それだけでなんとかできる。
「引き続き俺との模擬戦はやってもらう。あとは魔物討伐も今後は四人でやれ。っとあとは……イヴについてだな」
イヴという言葉に、四人が息を呑んだ。
「お前たちが五日後に戦うイヴだが……自分であいつを教えておいてなんだが、実力的には理解不能の域にいるのは言うまでもねえ。だが今回は魔法禁止、しかも不慣れな槍での戦いと……まあこんだけハンデをつけたわけだ」
「先生……僕たちは勝てるでしょうか?」
不安そうなルイの表情に、俺はニヤリと笑った。
「これがそんじょそこらの冒険者パーティなら、ここまでハンデをつけても無理だろうよ。だがお前たちなら……しかもたった一撃加えるだけなら可能性はある」
「……そう……なんですか?」
「まあ可能性だがな」
なおも不安そうなルイに、俺は激励するように続ける。
「気弱になるな。この一ヶ月やれることは全部やった。残り五日も駆け抜けて、一撃加えてやるっていう気持ちで突き進めばいいんだよ。気持ちで負けたら負けだぞ」
「それは……そうかもしれないけど……ううん、そうよね。あのイヴ様に一撃入れるんだもの、気持ちで負けてたら絶対できないわ」
俺の言葉で真っ先に気持ちを建て直したのはミルキーだった。
彼女を皮切りに、ユウリィやアンナ、そしてルイも自信を取り戻していく。
「四人がかりなら、いけるかもしれない」
「たった一撃ですが、その一撃はきっと遠いです。ですが皆で力を合わせて頑張ってみましょう」
「うん、僕も最大限貢献するよ」
お互いに激励し合う四人を見ながら、俺は頷く。
(……まあ実際、一ヶ月に五日は時間を取りすぎたか?)
なるべく長く時間を取ろうと考えての期間設定だったが、思った以上にルイがよくやってくれた。
口では可能性があるという言葉に留めたものの、今のルイ達がイヴに一撃入れられる確率はそれなりに高いと俺は思っている。
正直、今のこの四人を見ていると当初のルイを認めさせるという目的は達成されているように思えるが、どうせなら憧れのイヴに一撃を入れてさらなる自信にしてもらえればと思う。
今から模擬戦の時が楽しみだ。
◆◆◆
「悪ぃ、これ無理かもしんねえ」
約束の日の前日、予定通り一日だけイヴに槍を教えていた俺は、彼女から打ち込まれる木の棒を防ぎつつ、そう呟いた。
「先生? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもねえよ」
ルイ達への一ヶ月の指導に対して、イヴへの槍の指導は一日だけ。
これじゃあ少なすぎるかもしれない、そう思った昨日の夜の俺は殴られてくれ。
目の前で木の棒を身軽に振るいつつ、鋭い攻撃を繰り出すイヴ。
すげえだろこいつ。今から二時間前に初めて槍を始めたんだぜ。
わー、もう熟練者のような立ち振る舞いですね。すごいすごい。
現実逃避だってしたくなる。
どうして基本の構えを教えただけで一瞬でそれをものにして、かつ様になっているのか。
これだから天才は……俺の予想をワープ能力で超えやがって。
「うーん……でもやっぱり剣ほどしっくりこないですね……」
「お前……それ絶対ルイ達の前で言うなよ? 絶対だぞ?」
数時間前に初めてこれだけ槍を振れて、にもかかわらずしっくりこないなんて言ったら、下手したら刺されるだろう。
「もうFランクの戦技とか使えそうな気がします」
「……お前……お前な……」
この日、たった数時間でイヴはFランクの槍の戦技を全てマスター。
流石にこれ以上指導するとまずいと感じ、かなり早い段階で指導を打ち切るという異常事態が発生した。




