第59話 アンナの思い、ルイの強み
「あー、もう! なんなのよ!」
夜、宿の私たちの部屋で、ミルキーが頭を抱えている。
それが誰のことを指しているかを悟って、苦笑いをした。
「なんか、いい感じに言いくるめられたみたいですよね。最初はルイさんに対する指導についての話だったのに、いつのまにかイヴさんとの話になっていましたし……」
ユウリィも同じことを思っているのか、私と同じように苦笑いを浮かべている。
「……途中から私もなんだかよく分からなくなってたわ……」
「でも、イヴさんと戦えるのは良いことじゃない。武器が槍とはいえ、相手はあのイヴさん。きっと得られる物もとても多いと思うわよ?」
「……まあ、そこに関してはあいつに感謝してるわよ。そこに関してはね」
ふいっ、とそっぽを向いてそう告げるミルキーを見て吹き出しそうになる。
同じことをユウリィも感じたのか、揶揄うように語り掛けた。
「ミルキーはルイさんが心配だったんですよね? でもそのルイさんから凛々しい顔を見せられて、ちょっと気持ちの行き場を無くしているんですよね?」
「なっ! ユ、ユウリィ、あんたねえ!」
「以前からルイさんに対して少しお姉さんぶるところがありましたから」
「……別に、ルイを見ているとちょっと危なっかしいってだけよ」
弄られるミルキーと弄るユウリィ。
二人を眺めていると、ミルキーは私の視線に気づいたようだった。
「でもそれはアンナもじゃないの? ルイが弓をやるって言った時、反対してたじゃない」
「……そりゃあ最初は本当にそれでいいの? って思ったよ」
実際、ルイから話を聞いたときは何度も確認した。
パーティの心配とか、ルイの今後の心配とか、理由は色々あった。
でも一番の理由は、これまで一緒に頑張ってきた剣をルイが手放すのが残念に思ったからだ。
「でも髪も切って、あんなまっすぐな目を向けられちゃうと……さ」
けれどそんな理由を吹き飛ばすくらい、教室でのルイは決意に満ちていた。
それこそ今までに一度も見たことがないくらい。
「性格も少し変わったからね。……まさかルイに叱られるとは思わなかったけど」
またそっぽを向いて呟くミルキーを見て、悪戯心が出てきた私はくすっと笑う。
「やっぱり変わったルイを見て戸惑ってるんだ?」
「……だからそんなんじゃないって……今のルイの方が前より良いと思うし」
小声で呟いたつもりが聞き取れてしまい、私は微笑む。
それを見て、ミルキーは恥ずかし気に顔をそむけた。
「……っていうか、だ、だからそれはアンナもでしょ」
「まあ、そうだけどさ……」
曖昧に笑って、背もたれに背を預ける。
ルイは変わった。今のルイに、昔の頃の面影はあまりない。
私の後ろをついてくるだけの小さな弟の姿はない。
そこに思うところがないかと言われれば、もちろんある。
でもそれ以上に。
「男の子は、成長するのが早いなぁ……」
今の気持ちを誰も聞き取れないほど小さな声で呟いて、窓の外を見る。
自主練をしなくなったルイはきっと同じ空を見ていない。
けれど、いつものように小さく呟いた。
「頑張れ、ルイ」
ずっと思っていることを呟いた。
◆◆◆
エステルの街のあるイセリア領。
その北にあるラズビア領に、俺とルイは二人で魔馬車で訪れていた。
目的は魔物狩りだ。
とはいえ今のルイからしてラズビア領の魔物相手は荷が重い。
少し効率が落ちるかもしれないが、俺が前衛で時間を稼ぎ、ルイが攻撃をするだけの十分な時間を稼ぐつもりだった。
「いきますっ!」
斜め上から飛来した風を纏う数々の矢。
それらが、俺が足止めをする魔物の身体を傷つけていく。
俺は刀を鞘から抜くことなく、敵を足止めするだけ。
そして放たれる矢により、大型の魔物の動きは段々と悪くなり。
「そこっ!」
螺旋状に回転した矢が、俺を攻撃していた魔物の太い右腕に当たり、貫いた。
「GYAAAaaaaaa!!」
小さな穴をあけられたことで上を向いて悲鳴を上げる獣。
その額に、やや大きな音を立てて矢が着弾。
目を見開くその眉間に、次の矢が突き刺さる。
ぐらつく巨体。刺さり続ける矢の数々。
巨大な影が倒れる瞬間でさえ、矢を放つことをルイは一切留めなかった。
その途中で首に矢を突き立てられながら、巨大な敵の身体は地面へと沈む。
絶命しているのは確認するまでもなく分かった。
「先生っ! 大丈夫ですか!」
すぐに背後から声が聞こえ、振り返れば息を切らしながらルイが駆け寄ってきていた。
「相手はたかがDランク相当だぞ。大丈夫に決まっているだろ」
「で、ですよね……」
「そんなことより、前衛がいるとお前はさらに真価を発揮できるな。流石に一人じゃ厳しいだろうが、このくらいの相手なら適当な奴が前衛でも勝てそうだ。それになにより……」
ちらりとルイの目を見て、続きを口にする。
「やっぱり良い目を持っている。あの瞬間、俺に攻撃しようとする敵の腕から使えなくしたな。それだけじゃねえ。その前だって、何度も相手にとって嫌な位置に矢を放っていた」
「先生が、道を示してくださったからです……ですが、ありがとうございます!」
ルイの最大の長所はその目だ。
もちろん弓が合っているのもあるが、こいつはそもそも敵と味方をよく見ることに長けている。
だから、一つの道を提示した。
サブアタッカーとしての役割ではなく、相手の動きを制限し、味方を援護するような、そんな戦局を有利にする弓使いだ。
その提案をルイは受け入れ、そして俺の予想以上に形にしてくれた。
そのために今までは魔物の攻撃を防ぎつつ攻撃のタイミングを指導したりしていたが、それももう必要のないフェーズに入りつつある。
ルイは今、相手と味方を俯瞰的に見て、最適な答えを導き、そこに攻撃をすることに長けている。
俺の目から見ても、新しい道に足を踏み入れられて、自らの足で歩めていた。
「……これだけできるなら一ヶ月はいらなかったな。こいつはアンナ達も度肝を抜くぞ。なんたって自分たちにとって一番都合がいい場所に矢が飛んでくるんだからよ」
「ほ、褒めすぎですよ先生」
「馬鹿言え、事実だ。……とはいえ事実と言うなら課題もある。攻撃力は相変わらず不足しがちだし、使える攻撃のバリエーションもまだまだだ」
ルイの目は一種の才能だが、それだけで勝てるほど甘くはない。
弓の才能がイヴの剣と魔法やムゥの魔法と同じくらいあれば、世界でも弓神と呼ばれたかもしれないが、熟練度の上がり方を見るにちょっと出来る冒険者という程度だ。
厳しいことを言うも、ルイは真剣な表情ではっきりと頷いた。
「そのためになるべく早く熟練度を上げつつ出来るだけ多くの戦技に慣れ、かつ様々な状況に対応できるように戦闘経験を積む……ですよね?」
「おう、よく分かってるじゃねえか。それでいい。この調子でどんどん狩っていくぞ」
「はいっ!」
俺の言葉に嬉しそうに返事をして、すぐ隣に立つルイ。
その様子を見ながら、そう言えば魔馬車で移動したときも随分距離が近かったなと思い出した。
出会った当初はおどおどとしていて距離を取っていたが、打ち解けるとパーソナルスペースが近くなる奴なのかもしれない。
まあ、うざいボディタッチがあるわけでもねえし、少し近いくらいなら別にいいか。
俺はそう思い、またラズビア領の魔物討伐へと意識を切り替えた。




