第57話 ようやく見つけた道
翌日、俺は教室でルイを待っていた。
時刻はまだ午前で、本来なら授業の時間でもない。
けれどルイと昨日話して、しばらくは冒険者活動を休止することで合意した。
貯蓄があるのでその分を放出し、アンナ達にも許可を得る、と言ってルイが別れたのが昨日の夜。
「来たか」
足音を聞いて振り返る。
そこにはまっすぐな目をして迷いを断ち切り、目の下のクマを消したルイが居た。
「……髪、切ったのか」
俺が初めて見たときに女と誤解した原因の一つであるやや長い髪をルイはバッサリと切っていた。
中性的な顔立ちではあるものの、髪型の印象で少女と見間違える可能性は低いだろう。
「はい、ついさっきアンナに切ってもらいました。……覚悟の証としては単純すぎるかもしれませんが」
そう言うルイに、首を横に振る。
「いや、悪くはねえよ。どんな形であれ覚悟を示すのは……悪くねえ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします、先生」
「ああ……早速はじめるぞ。今日は一通り全ての武器を試して、お前に合っているものを探す。俺もしっかりと観察するつもりだが、お前も自分に合っていると感じたものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「はいっ!」
元気よく返事をするルイに頷き、俺は横にある木箱を指さした。
「さあ、どれから行く?」
「……これからで、お願いします」
ルイが木箱の中から手に取ったのは、木刀だった。
「刀か」
「まだ剣を諦められていないからじゃありません」
俺が一瞬感じた疑問を、先んじてルイは否定した。
じっと木刀を見て、そして俺の方へと目を向けてくる。
「先生が使っている武器を、まずは試してみたいんです」
「……俺はたまたま相性が良かっただけだけどな。まあいい。それなら早え。さっそく始めるぞ」
使う武器が刀ならわざわざ木刀を使うまでもない。
普段使っている刀を腰から外し、鞘を固定して構える。
すぐに、俺とルイは刀を振り合った。
何度も何度も刀を振るい、ルイの剣筋を見極める。
そうして何度も何度もぶつかり合い、俺たちはどちらからともなく刀を下ろした。
「……次に行くか」
「……はい」
なかなかにしっくりこないと思ったが、ルイも同じことを思ったらしい。
俺の提案をすぐに受け入れ、次は短めの木剣を手にした。
次に試すのは、短剣の技能。
こちらは手持ちがないので俺もまた木箱から短めの木剣を取り出す。
特に傷もなく、戦いにも耐えられそうなのを確認。
久しぶりに扱うな、と思い、構えた。
そうして俺たちはまたぶつかり合う。
答えを、見つけるために。
刀、短剣、大剣、槍、鈍器、投擲具、斧に格闘、さらには魔法まで。
それら全てを用いて戦い終わるころには、日もすっかり暮れていた。
「……先生は本当にすごいです。全部の武器や魔法を、同じ強さで扱えるなんて」
「器用貧乏だがな」
この世界に来た時に神様みたいなやつに出会ったわけじゃないが、俺は一つの才能を持っていた。
普通の人よりも遥かに……それこそ数倍のスピードで成長するという才能だ。
こいつは俺を人よりも早く成長させて、そして全部の技能の成長限界がCだっていう地獄を叩きつけてきやがった。
クソが。どうせなら成長限界も無くせ。
そうすりゃこの世界で英雄でもなんでもなれただろうに。
(……とはいえ、その場合はこんな風に誰かに教えているわけもねえか)
考えても仕方がない。もしもの事は叶わないし、それが過去ならもっと叶わない。
今出来ることを俺は……いや、人はするしかねえんだ。
「でも……すごいです。僕はこんなにすごい人に教わっていたんですね」
「別にそうでもねえがな。……現に今、お前に合った武器を見つけられていねえし」
数多くの武器を試してきたものの、しっくりくるものは見つけられていない。
俺の目から見ても、ルイからしてもだ。
このままだと、ルイの成長限界が全ての技能でEランク、という本当に最悪の未来が訪れる可能性だってある。
その考えを頭の中からかき消し、俺は最後の武器を手に取った。
「さて、残るはこいつなわけだが……お前弓は扱ったことあるか?」
「……考えたことも無かったので、一度もありません」
「そうか……こいつは少し難しいから、まずは扱い方を教える」
長年触れてきた剣に似た刀や、何度か触れたことがあるらしい槍に比べて、投擲具などは扱ったことがないとルイは言う。
だから未体験のものに関しては扱い方を事前に伝授していたが、弓もその中に入るらしい。
俺はルイに弓を預け、俺自身も弓を手にして構え方や狙い方、力の入れ方などを解説していく。
「ああそうだ……そこはそう……よし、いいぞ……ああいや、ここに力を入れすぎだな」
的めがけて弓を構えるルイの身体に触れて、その角度を微調整していく。
少し余分な力が入っているものの、形としては様になるところまでは修正し終えた。
「辛いか?」
「す、少し……ですが、慣れます」
「そうか」
慣れればできるようになると言おうとしたところで、先手を打たれる。
その言葉の節々から、ルイの並々ならぬ熱意が感じられた。
「よし、放ってみろ」
「はい」
ルイが静かに矢を放つ。
まっすぐに飛んだ矢は的の端を捉えた。
「お、いいじゃねえか。初めてで当てるのは中々難しいんだがな」
「いえ、流石にたまたまだと思います。もう少しやってみますね」
俺に苦笑いしたルイは再び矢を手にして、構える。
余談だが、俺は別に弓道経験者じゃない。
だから正しい構えなんてものは分からないし、今ルイに教えているのも元はと言えば俺が独学で生み出した構えだ。
けれどルイがそれを再現するとき、その姿はどこか様になっていて。
暗闇の中で、少しだけ光って見えた。
「……ふっ」
息を吐くと同時、ルイの矢が的へと飛ぶ。
今回も的の端、けれどより中央に近い方を捉えた。
(……こりゃあ、意外と才能があるんじゃねえか?)
そう思った俺は、ルイに声をかけようとする。
「ルイ、お前ひょっとしたら――」
けれどルイの目を見て、言葉を止めた。
俺の方を一切見ずに、じっと的を見つめるその瞳はあまりにも澄んでいて、一切の感情を感じられなかった。
そのくらい、今のルイは集中している。
流れるような動きで、ルイは再び矢を手にし、弓にかける。
その一連の動きを見て、俺は一言だけ告げた。
「ルイ、好きに構えろ。お前が思うようにやるだけでいい」
返事はない。けれど動きが一瞬だけ止まり、少しだけ姿勢が、角度が変わる。
楽をしたい体勢じゃない、ルイにとって最善だと思える構えに変わったと、そう確信した。
そしてまた矢が放たれる。
空気を貫く音を響かせながら矢は飛び、そして的の中心から少し離れた部分を捉えた。
先ほどよりも中心に近い位置に、突き刺さっている。
「……ふぅ」
息を吐き、ルイが弓を下ろす。
「ルイ、もう分かったんじゃねえか?」
「……はい、僕は多分ですが、これが合っているんだと思います」
こちらを向いたルイの瞳はいつものものに戻っている。
けれど感覚は覚えていたようで、俺と同じ結論に至っていた。
流石にイヴやムゥ程の輝きや熱は感じ取れない。けれど今日見てきた全ての武器や魔法の中で、もっとも感触が良い。
「見たところ、弓が一番合ってそうではある。ただ今まで経験にない中衛での戦闘になるし、ひょっとしたらこれまで試した刀や槍も実は可能性があるかもしれねえ」
そう言いつつも、俺はルイがどう答えるのか、もう分かっていた。
「……いえ、僕は弓で行きます。先生と一緒に見つけた弓を……まずは信じてみます」
「そうか」
「……はい。もしダメならまた別の道を探ればいいだけです。先生と同じように、色々な道を」
笑ってそう言うルイに、苦笑いで返す。
「俺と同じだと地獄だからそうなって欲しくはねえがな。……ただまあ、例えそうなっても道は示してやる」
「はい、よろしくお願いします、先生」
武器として、弓を選ぶ。
この選択が正しいものなのかどうかは俺にもルイにも分からない。
けれど俺達の中には、とにかく突き進むしかないし、それでいいんだという共通認識が確かにあった。




