第56話 ルイは、共に歩んでくれる『先生』を知る
「アンナから聞いたんです! イヴさんはこの戦技を再現するやり方を教えてくれたって! その方法をイヴさんに教えたのはエンディさんでしょう!? じゃあなんで僕には教えてくれなかったんですか!?
僕にはもうこの方法しかないのに、それすら取り上げるんですか!?」
声を荒げるべきじゃないと頭では分かっているけれど、胸の奥から湧き上がってくる熱い衝動に耐えられなかった。
気づけば僕はまくし立てるようにエンディさんに怒鳴っていて。
そしてそれらを言い終えた後に、止まらない言葉があふれ出てしまった。
「これ以上剣の腕が上がらないなら……あなたから教わる必要なんてない!!」
叫んだ後でようやく僕は正気に戻った。
そして、なんてことを言ってしまったんだと、心の中に重い何かが現れた。
「い、いや……今のは……」
「ちっ」
響いた舌打ちに、怒られると思った。
だから今からでも謝罪をしようと思った時、エンディさんのまっすぐな目が僕を射抜いた。
「タイミングが悪かったが元々言うべきだったことだ。……いいか? 今から言うことをよく聞け」
「…………」
「お前には剣の才能がない。正確には、もうない」
「……は?」
頭が真っ赤になった。
僕は衝動に動かされるままに近づき、胸倉を掴む。
止まる気なんて、毛頭なかった。
「お前!!」
声の限りに叫び、睨みつける。
こいつは今、なんて言った? 僕に剣の才能がない?
その言葉が心の中の何かに触れて、視界が赤くなるほど堪えきれない感情が噴き出した。
「もう一度言ってみろ! 才能がないだと!?」
「ああ、ない。もうこれ以上使える戦技は増えねえ。だから再現できる戦技もEまでのもので……打ち止めだ。」
「っ! ふざけるなっ!!」
両手でこいつの胸倉を掴み、怒りの形相で睨みつける。
心の赴くままに、今思っていることを全部、ぶちまける。
「なんなんだお前! 言うまで教えてもくれなかったくせに、戦技の再現はするな!? 自主練もするな!? 挙句の果てには剣の才能がないだと!? ふざけるな! ふざけるなよ!!」
腕に力を入れて体を揺らし、僕は声の限りに叫んだ。
「何にも知らないくせに! 皆に置いて行かれる僕の気持ちが! いくら頑張っても成長できない僕の気持ちなんて分からないくせに! 勝手な事ばっかり言いやがって!」
「……言いたいことはそれで全部か?」
「っ!? 二級冒険者のお前には分からないんだ! 僕の気持ちなんて! 分かるもんか!」
「ちっ……」
舌打ちしたと思ったら、胸倉を掴んでいた手を握られ、上手い具合に力を入れられて外されてしまう。
こいつとの間にある圧倒的な差に奥歯を噛みしめた。
同時に思う。こんな恵まれた奴に僕の気持ちなんか分かるはずがないと。
「おい、これを見ろ」
「……?」
差し出されたのは、ステータスプレートだった。
僕はそれを一瞥して視線を外したものの、何度も催促され、仕方なく手に取った。
そこに書かれている情報に目を通す。
「……は?」
目を疑った。
真っ先に目が行ったのは熟練度の欄。
そこにはCと書かれている。
Cランクなら僕よりも上。
けれどこのステータスプレートはそれだけで片付けられない異常さがあった。
Cランクだ。
「……なんだ……これ……」
全部が、Cランク。
剣も槍も弓も斧も、魔法に関しては火も水も風も、全ての熟練度がCランク。
上から下まで余すことなくたった一つの文字が並んでいることが、強烈な違和感。
ステータスプレートが壊れていると言われた方がまだ納得できるくらい。
「俺はな、10年以上前、13歳で冒険者になった。そしてそれから半年後に、剣の熟練度がCになった。ああ、俺って天才なんだって、力があるんだって確信した。俺はこれから先、剣の腕を極めて誰よりも強くなり、この世界に名を馳せる英雄になる。そう思った」
「半……年……?」
それはあまりにも短い時間。僕にはおとぎ話のようにしか思えない期間。
そんなことができるのは間違いなく天才で、それこそイヴさんを越えるほどの才能の持ち主だ。
けれどたった半年でCランクに至ったこいつは、10年以上経った今もランクを上げていない。いや。
「上がんねえんだよ。どれだけ魔物を倒そうとも、どれだけ戦技を鍛えようともな。だから次に行った。剣がダメだから槍、それがダメなら弓、それもダメなら魔法だ。全部全部やり尽くして……その短い間、俺の成長率はよく働いてくれたよ。ああ本当にな」
忌々しそうに舌打ちをして、拳を強く握る姿が目に入った。
「そいつは、全部が全部をCで止めて、それ以上はねえ、っていう現実を突きつけてくれやがった。最悪だ。……ちっ、だから言いたくなかったんだ」
そう言ったエンディさんは僕の手からステータスプレートをひったくるように奪い、懐にしまう。
深く息を吸う姿から、目を離すことができなかった。
「お前が今いる場所は、既に俺が通った場所だ」
「…………」
僕は気づけば、エンディさんの言葉に聞き入っていた。
「戦技を再現できた俺が、お前がやろうとしたこと……自分が使えない上のランクの戦技を試さない訳がないだろ? やったさ。全部な。剣も槍も弓も魔法も、全部やった。やったさ。
……でもな、できねえんだよ。人は習得していない戦技の再現が絶対にできない。それがこの世界の決まりなんだ。それが膨大な時間をかけて……いや、浪費して分かった唯一の良いことだ」
その言葉が、本当なら。
「なら……なら僕はもう終わりなんですか!? エンディさんが言うように僕が成長限界を迎えているなら、僕はもう……もう」
ここから先がないと、エンディさんが既に示してくれている。
そのあまりの残酷な現実に、涙すら流しそうなほど心が張り裂けそうになったとき。
「そんなわけねえだろ!」
「っ!?」
エンディさんに、両肩を掴まれた。
顔を上げると、僕をまっすぐに見てくれるエンディさんと目が合った。
「終わりなわけねえだろ! 剣しかだめなのか!? ちげえだろ! 他にもまだあるだろ!!」
「っ……」
僕が息を呑むことを見て、エンディさんは手を離した。
そしてひどく寂しそうな表情で、静かに告げた。
「俺はもう先がねえが、お前にはあるかもしれねえだろうが」
その言葉が、すとん、と僕の胸の中に落ちてきた。
「今回ここに来た目的はお前に成長限界を言うためだけじゃねえ。その後を伝えたかったからだ。お前の剣の才能は枯れ切った。この先伸びることはきっとねえ。だがそれ以外は違う。槍、弓、短剣……その中の一つでも剣の成長限界を越えられるかもしれねえ。まだ先に行けるかもしれねえんだ」
「まだ……先に……」
剣の道は閉ざされた。
けれどそれ以外の道があると、エンディさんは言う。
そんなもの、あるのだろうかと思ってしまった。
「お前、アンナ達の隣に立ちたいんだろ? 強くなりたいんだろ? なら、別の手段で夢を叶えろ。結果が同じなら、過程が違ってもいいんじゃねえか?」
「僕が……アンナ達の隣に立つために……」
その不安を、エンディさんが和らげてくれる。
「ルイ、よく聞け。これから先、俺の授業はこれまでとは全く別のものになる。これまではお前の剣が本当に成長限界を迎えているかを確かめるための授業だった。だが今からはお前の新しい才能を見つけるものに切り替える」
エンディさんが、僕の道の先を照らしてくれる。
「何がお前に合っているのかはまだ分からねえ。ひょっとしたら俺みたいに何一つ合ってないかもしれねえ。……だがな、進んだ先が地獄なのかどうかを確かめる道を示すことはできる。剣がダメだから槍、槍がダメなら短剣、それでもだめなら弓……任せておけ、どんなものでも俺が教えてやる」
僕は勘違いをしていた。
この人は僕の事なんか見ていないと、そう思っていた。
「俺が人生で得たすべてを、お前に注いで見つけてやる。お前に合ったものを」
違う。この人は……エンディさんは見てくれている。考えてくれている。
それが分かったからこそ、目から涙が零れた。
僕の気持ちを本当に分かってくれる人なんていないと思ってた。でも、違ったんだ。
「エンディさん、ごめんなさい。僕は……僕は……」
「いや、俺も普段から言葉が足りてなかった……辛えよな、やってもやっても上がんねえってのはよ」
エンディさんは違う。違うんだ。
胸の奥からこみ上げる熱いものを感じて、僕は頭を下げた。
深く深く、下げた。
「……お願いします。僕に何が向いているのか、それを一緒に見つけてください」
「ああ、任せておけ。明日から早速始めるぞ。今日はゆっくり休め」
「はい、先生」
僕はエンディさんをこれから「先生」と呼ぼう。
先が分からない道を照らして、一緒に歩んでくれる人として、先生と。
月明りの下、僕は先生と一緒に新たな道を歩み始める決意を固めた。




