第55話 成長限界
「ユウリィは冒険者の昇格試験を受ければすぐに五級に昇格できると思います。また、アンナももう少し鍛えれば剣の熟練度がCに上がりそうです」
「確かにいい調子だな。特に引っ掛かりもねえ……まあミルキー辺りは性格に難ありだが、お前に対しては好意を抱いているし言うことは聞くだろ。冒険者同士で余計な諍いを起こさないように注意するようには言ってんだろ?」
「はい、ミルキーにはかなり強く言い聞かせてあります。アンナ、ユウリィは大丈夫だと思いますが、一応」
夕食後、私室で俺はイヴから毎日定例となった報告を受けていた。
手元にはアンナ、ミルキー、ユウリィの三人の指導内容をまとめた紙があって、順調なことが分かる。
たまに様子を遠くから見たりしたが、そのときも上手くいっているように感じられた。
「ユウリィは大丈夫なんじゃねえか? あの中だと一番大人しいだろ」
「いえ、実は意外と根に持つタイプで、結構過激なことを心の中で考えがちだそうです」
「……人は見かけによらねえな」
そう思っていると、俺はイヴの表情が少し晴れないことに気づいた。
「どうした? また上手く指導できなくて悩んでるのか?」
「いえ、そういうわけでは。先生に色々と教えていただいた指導方法でかなり改善しましたし、少しずつ慣れてきましたのもあります。……ただその、私の時と同じようにはいかないな、と」
「そりゃあそうだろ」
小さく笑って、俺はイヴを諭す。
「前も言ったが、お前は天才だ。間違いなくな。一般人はお前ほど成長が早くないし、アンナ達だって一般人と比べたら成長が早い方だぞ? あと、そのことは絶対に生徒には言うなよ。ショックを受けるやつだっているんだからな」
「そう……ですね。分かりました。ありがとうございます」
天才は凡人の気持ちを完全には理解できない。
けれどその気持ちを推し量ることはできるようになれる。
俺のようにきっかけがあるわけじゃないが、イヴなら大丈夫だろう。
「……ところで先生、ルイの方はどうですか?」
今度はこっちの番、とばかりにイヴはルイについて尋ねた。
「正直、良くねえ……ここ数か月間ずっと見てきたが、もう確定だと言っていい」
今まで俺が違うと、そうでなくてくれと願ったこと。
それが現実だと、突きつけられている。
目を背け続けるのは、もう限界だった。
「ルイの剣の技能は……既に成長限界を迎えている」
発した声は、意識せずかなり低いものになっていた。
「成長……限界……」
「イヴには無縁な話かもしれねえが、各熟練度は人によって成長できる限界がある。ルイの場合、剣の技能は今のEランクが成長限界だ。これ以上鍛えても剣の熟練度は上がらねえ。もちろん動きや駆け引きの勘、状況把握といった戦闘で培う技術は向上するがな」
「そんなのが……あるんですね……」
「まあ、ほとんどの冒険者はそれに行き当たる前に死ぬか冒険者人生を終えるだろうからな。むしろEランクで止まる方が珍しい」
忌々しい、と言わんばかりの口ぶりを察してか、イヴは何かを言おうとする。
それを目で制して、言葉を続けた。
「常々そうじゃなければいいと思ってきたが、もう認めるしかねえ段階まで来た。ルイに直接伝えなきゃいけねえ……それに少し気になることもあるしな」
「宿での自主練ですね?」
「気づいたか」
俺の言葉に、イヴははっきりと頷いた。
「今日、先生とルイの授業を遠くから見学させてもらいましたが、動きに違和感がありました。寝ていないのもありますが、筋肉を過度に動かしていることによる疲労で間違いないでしょう。それにあの『強斬』……」
「ああ……あいつら、結託して俺とイヴを騙してやがった」
「……私はともかく先生を騙るとは……少々痛い目を見てもらいますか?」
「やめろ」
急に過激な発言をするイヴを鋭く止める。
「アンナ達の気持ちも分かる。ルイの想いを汲んだんだろうさ。だからこの件に関しては不要だ」
「……先生がそう言うなら」
それに嫌われるような役回りは俺一人で十分だ。
イヴはどちらかというと好かれる側の方が性に合っている。
飴と鞭ではないものの、同じようにタイプの違う俺とイヴの役割を崩したくはなかった。
それでもなお不満そうに唇を尖らせるイヴにふっと笑い、立ち上がる。
「今から決着をつけてくる。お前はここでゆっくりしていろ」
「今から……ですか?」
「ああ、明日の授業にまで持ち込むわけにはいかねえだろ。授業時間は貴重だからな」
目を丸くしていたイヴはしばらくして穏やかな笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がる。
「行ってらっしゃい、先生」
「ああ、行ってくる」
イヴに見送られ、俺はエステルの街の宿屋へと向かった。
◆◆◆
「……ったく、あんだけ自主練するなって言っただろうが」
悪態をつきつつ、俺はエステルの街の大通りを歩く。
ルイ達が使っている宿屋に着いてアンナから話を聞けば、ルイは不在とのことだった。
まさか俺がわざわざここまで出向くと思っていなかったからか、彼女はひどく驚いていて、そして嘘をついてごめんなさい、と謝ってきたから、出し抜こうなんざ10年早え、と返し、やや強く額を小突いた。
アンナの気持ちも分からなくはない。
けれどそれが最悪な事件を引き起こすこともある。
実際に起こった事件やムゥの一件をぼかして伝えることで、強く言い聞かせた。
部屋の中に居たミルキーとユウリィにも強く言えば、二人も理解してくれた。
彼女達もルイの事を思ってそうしてしまったが、本当はまずいというのは薄々気づいていたようだ。
説明後、ルイのところに向かうと告げて部屋を出る前はミルキーの視線を感じた。
ただそれは今までの睨むような目つきではなくて、彼女は何かを言おうとしていたものの、結局近くに来ることはなかった。
なんだ? と思ったものの、わざわざ聞きに行く気もなかったので、そのまま宿を後にした。
そうしてアンナに言われた広場へとやって来てみれば、月明りの下で一心不乱に剣を振るルイの姿を見つけた。
「……おいおい、本当に自主練してるじゃ――」
これは拳骨だな。そう思って呆れたようにルイに対して文句を呟こうとしたとき、その動きを見て俺は動きを止めた。
ルイが今何をしているのかが、分かってしまった。
振り払われる剣筋。体の動かし方、翻し方。授業の時は一切見せない動き。
Dランクの戦技『風薙』。
頭の芯がすーっと冷えていく感覚。
今まで考えていたことが、全て吹き飛ぶ感覚。
「おい」
発した声は地を這うように低い。
声は風に乗ってルイの耳に届き、ルイは剣を振る動きを止めて振り返る。
俺を視界に捉え、バツの悪そうな顔をした。
「エ、エンディーさん……」
「何をしている?」
「こ、これはその……戦技の再現を……」
「俺はそんな事をしろと言った覚えはない」
そんなこと、言うわけがない。
ましてや自分の熟練度より上のランクの戦技の再現なんて絶対に。
睨みつけるように告げると、ルイは奥歯を噛みしめた。
「で、でも……僕はもっと努力しようと」
「言ったはずだ。自主練はするなと」
「で、でも……」
「……今後一切、自主練は禁止だ。今やっている戦技の再現は特に」
「っ!?」
ルイの身体が、震えた。
握る拳には強い力が入り、わなわなと震える。
俯いたルイの気持ちを表すようにその震えは数秒の間、彼の中に蓄積。
「ふざけないでください!!」
そしてついに、爆発した。




