第53話 幼馴染は協力し、見守り続ける
木刀が俺の鞘に入った刀にぶつかる音が響く。
最初に比べるとルイの動きは良くなっていて、特に目や身のこなしはかなり改善されている。
一方で、やはり剣の腕に関しては上達は見られなかった。
それに気になるのはそれだけじゃない。
今のルイは、どこか疲労しているように思える。
「……そこまでだ」
「エンディ……さん?」
「お前……まさかとは思うが、宿に戻った後に剣を振るっているんじゃないだろうな? 目の下のクマも酷いし、動きのいたるところが鈍いぞ」
じっとルイの目を見て、尋ねる。
こいつの一挙手一投足も見逃さぬように。
「すみません……実はこれまでの事とか、少し上の戦技のことを考えちゃって、よく眠れないんです。興奮しているといいますか……それで疲れが残っているみたいです」
その言葉が嘘かどうかは、分からなかった。
「そうか……今日は控えめにするぞ。それで早く帰ってゆっくり休め。最近は戦技の再現にかける時間も遅くまでやっているからな」
「はい、ありがとうございます!」
返事が良いことは好ましいことではある。
けれどルイに対して思うところが全くないわけではない。
「少し早いが、戦技の再現をするか」
「は、はいっ! ありがとうございますっ!」
例えば今なんかがそうだ。
「……嬉しいのかもしれねえが、魔物の討伐や模擬試合だって大事な訓練や修行の一環だ。どっちにも同じくらい精を出せ」
ルイの中では戦技の再現の方が重要度が高いのだろう。
あるいはアンナ達がやっているということで、精を出しやすいのかもしれない。
けれど今のルイの実力から総合的に考えると魔物狩りや模擬試合だって同じくらい、いやそれ以上に重要だ。
何度か言っているが、それが改善する兆しは見られなかった。
「す、すみません……」
「いや、いい。じゃあ戦技の再現を始めるぞ」
こちらの言うことはしっかりと聞いてくれるし、反発をするわけじゃない。
だからあまり強く言うつもりはなかった。
頭ごなしに叱ってしまうと、ルイのモチベーションにも関わるからだ。
戦技『強斬』の再現を始めるルイを見つつ、俺はこの後イヴにあることを頼もうと考えていた。
「イヴ、ちょっといいか?」
「はい、どうかしましたか?」
授業後、家へと帰った俺は居間で夕食の支度をしているイヴに話しかけた。
「悪いんだが明日、アンナ辺りにそれとなくルイが宿に戻ってから訓練していないか聞いてくれないか?」
「ルイが、ですか? 分かりました」
イヴは特に疑いもなく頷き、料理へと戻る。
それを見届けて俺は椅子に座り、腕を組んで考えた。
ルイはああ言っていたが、ここ最近はずっと疲労している様子だ。
それも戦技の再現を日々の授業に組み込んでから始まっている。
本当にルイの言う通り考え事をしていて眠れてないだけならまだいいが、もしも宿に帰ってからも訓練しているならろくなことにならない。
「先生、できましたよ」
「おお、ありがとうな」
考え事をしていると、イヴが作った料理をテーブルの上に置いてくれた。
「今回もまた、旨そうな……」
「そう言って頂けて嬉しいです。冒険者として独り立ちしてから、料理を頑張った甲斐があります♪」
「そ、そうか……」
なんだろうか、そう言ってくれるのは嬉しいのだが、少し背筋が冷たくなるのは。
その感覚が錯覚だと信じ、俺はイヴが作ってくれた料理に手を付ける。
自分で作るものはもちろん、エステルの街で外食したときよりも旨い味が、口の中に広がった。
◆◆◆
「じゃあ今日の授業はこれで終わり。……ああ、アンナ、ちょっといい?」
教室でのハードな授業がようやく終わり、肩で息をしているとイヴさんから声をかけられた。
呼吸を整えて、顔を上げる。
「? はい、なんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、あなたたちは宿に戻ったときにすぐに休んでいるの?」
「すぐにというわけではないですよ。汗も流しますし、ご飯も食べますし、翌日の準備もあるので」
「じゃあ宿に戻ってから自主練ということはないのね?」
イヴさんの言葉に、私ははっきりと首を横に振った。
「午前の冒険者の依頼に午後からのイヴさんの授業でぎっちり予定が詰まってますから、してませんよ」
「それは、ルイも?」
「はい、そうだと思いますよ」
私が返事をすると、イヴさんは一瞬だけ何かを考えるそぶりをしたものの、「そう」とだけ言った。
「分かったわ、ありがとう。時間を奪って悪かったわね。じゃ、今日は宿でゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!!」
ユウリィ、ミルキーと一緒に頭を下げて、今日も時間を割いてくれたイヴさんに感謝の気持ちを伝える。
イヴさんは少しだけ微笑んで、そのまま背を向けて教室の中へと戻って行った。
その背中を見送ったところで私はミルキー、ユウリィと顔を見合わせる。
言葉を交わすことも無く、私達もまたエステルの街へと帰っていった。
ようやく宿に帰ってきた気配を感じ、私は彼の部屋の扉をノックする。
するとすぐに扉が開き、中から疲れた様子のルイが顔を出した。
「アンナ?」
「ルイ……また遅くまでやってもらってたの? 根を詰めすぎじゃない?」
「大丈夫だよ。なんの問題もないさ」
部屋の中に入れてくれるので、中に入って背中越しに扉を閉める。
私がそこに立っていることを悟ってか、ルイはどこかへ出かける準備をし始めていた。
「……これからまた自主練?」
「うん、もう少し頑張りたくてね」
ここのところ毎日、ルイは夜から深夜までどこかに出かけている。
それが自主練だというのはすぐに分かったし、ルイも教えてくれたことだ。
「今日、イヴさんに聞かれたわよ。私たちが宿に帰ってから自主練をしていないか。もちろん、あんたのこともね」
私の言葉に、ルイの動きが一瞬だけ止まる。
「……安心して。ちゃんと頼まれた通りに答えたから」
その言葉を聞いて、またすぐにルイの準備をする手が動き始めた。
私は事前にルイに、イヴさんから何かを聞かれたら自分のことは言わないで欲しいと言われていた。
それはきっと、ミルキーとユウリィもだろう。
「そっか……エンディさんからなのかな。……でもありがとう、助かるよ。イヴさんに対して嘘つかせてごめんね?」
「……いいわよ。イヴさんは確かに尊敬すべき人だけど、あんたはずっと一緒に育った弟のようなものだし」
「そっか……そう……ありがとう」
荷物をまとめ、ルイが部屋の外に出ようとする。
部屋主の彼が居なくなるので、私も一緒に廊下に出る。
「……あまり無理しないでね?」
「大丈夫だよ。ありがとう、アンナ」
そういって背中越しに手を振ってルイは廊下を歩き去っていく。
その後ろ姿を見送っていると、二階に上がってきたミルキーがルイと鉢合わせ、一言二言会話を交わす。
そして二人は分かれて、ルイは一階へ、そしてミルキーはこっちへ歩いてきた。
「ルイ……また自主練だって」
「聞いたわ……いくら何でもやりすぎじゃないかしら。今日イヴ様にも聞かれていたじゃない」
「だけど……ね?」
「……分かってるわよ」
小さく息を吐いたミルキーは、もう一度階段の方を見る。
そこにはもう、ルイの姿はない。
「また後で魔法をかけに行くわ。それで少しでも負担が軽くなればいいんだけど」
「ミルキー、ありがとう」
「こういうのは僧侶の仕事だからね。じゃあ私は部屋に戻るわ」
「うん」
ミルキーは私たちの使っている部屋へと入っていく。
私はもう一度だけ階段のところを見て、誰もいないその場所にルイの後姿を想像して。
そして、小さく呟いた。
「頑張れ……ルイ」
早くルイを悩ませる問題が解決して、昔のルイに戻ってくれたらなと、思った。




