第52話 焦り、藻掻く者
「くっ……はぁ!」
ここら辺では比較的手ごろな強さの二足歩行の獣型の魔物。
そんな魔物の爪の一撃を剣で防ぎ、返すように剣を振るうルイ。
敵の身体には剣での傷が多く、おびただしい量の血が大地を染めている。
一方で、ルイも長時間の戦闘で疲労の色が見えている。
戦況はルイの方が有利だが、一発でも良いのをもらえば一気に逆転する状況。
「っ……」
その緊張感の中で、ルイは魔物の動きを見続け、大きく振り上げた腕を一瞥。
振り下ろされる凶悪な爪での切り裂きを、横に跳んで回避。
「そこぉ!」
剣を水平に構え、素早く敵の胴体に突き刺す。
身体全部を使い、勢いに任せて繰り出した渾身の突きは黒い体毛に覆われた魔物の肌を裂き、肉を、内臓を捉えた。
うめき声をあげ、地面にゆっくりと倒れていく大きな影。
大きな音を立ててうつ伏せで倒れた魔物を見て、俺は刀の鞘を持っていた手から力を抜いた。
「……よくやった。かなり苦戦したが、ようやく倒せたな」
「はぁ……はぁ……くっ……はぁ……はい、なん……とか……」
「疲れただろ。少し休め」
膝をつき、肩で呼吸するルイに少し休憩するように促す。
そして灰になり始めている死体に目を向け、さっきの戦闘からルイのこれまでの成長について考えた。
俺との戦いや魔物との戦いを通すことで、地力は上がってきている。
敵の動きを捕らえる目も良くなったし、身体の動かし方も余計な力が省かれ始めた。
(……剣の扱いについては、あまりか)
ただ一方で、剣技そのものに関しては飛躍的な向上は見られない。
ほとんど……いやまったく成長していないと言ってもいい。
成長限界。
俺を苦しめた言葉が、頭を過る。
(……いや、まだだ。剣のランクがEからDに上がる直前ということかもしれねえ)
ランクが上がる直前は成長が緩やかになる。
詳細な数値では出ないし、個人の感覚でそれを見抜くのは難しいほどになる場合だってある。
そしてもし今のルイがそれだとしたら、他人である俺が見抜くのはさらに困難だ。
剣の腕を伸ばせる可能性があるなら、その可能性に縋りつくべき。
その考えを変えるつもりは毛頭なかった。
「あの……エンディさん」
「お、回復したか。大丈夫か?」
ルイは疲労から少し回復したようで、今は普段通りに立っていた。
確認すると問題ないらしく、頷いて返してくれる。
ただどこか浮かない表情をしていた。
「その……お聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「エンディさんとの模擬戦や魔物の討伐以外に、やらなくていいのでしょうか?」
「あ? とりあえずは大丈夫だが……」
答えると、ルイは一瞬苦い顔をした後に、首を横に振る。
「その……アンナ達から聞いたんです。彼女たちはイヴさんから戦技の再現を習っているって。僕にもそれを教えてくれませんか?」
「……いいぞ。ただそれは、もう少し後だ」
ルイの能力の見極めがまだ終わっていない今の段階でやるには早すぎる。
こいつの剣の成長がまだ限界を迎えていないなら熟練度を上げてからでいい。
そして最悪の場合、もしも成長限界を迎えていれば考えなければならない。
このまま剣でやっていくのか、否かを。
「……なあルイ、剣は好きか? どうして剣を武器に選んだ?」
「……好きですよ。剣を選んだのはアンナと一緒に育ってきたから、自然と選んだ形です。アンナと打ち合って、苦楽を共にして、協力し合って、そんな大切な時間を一緒に過ごしてきたからです」
「そうか」
最初に選んだ理由は大したものじゃなかったんだろう。
けれど長い時間をかければ、それはその人にとって大事なものになる。
剣は、いまやルイにとって大事なものの一つということだ。
なんとなく分かっていた答えを再確認した。
「エンディさん、戦技の再現の件ですが、今からじゃだめですか? 僕、もっと頑張ります。頑張ってアンナ達に追いつきたいんです」
ルイには今、それなりに負担をかけている。
冒険者活動に、毎日の魔物狩り、俺との模擬戦闘、Dランク相当の戦技についてや戦い方の座学。
それらに加えて戦技の再現まで含めると、負担はさらに増える。
潰れるほどじゃないにせよ、やりすぎだと言えるほどには、だ。
「……分かった。初歩的な『強斬』から、教室に戻ったら始めるぞ」
だがルイがやりたいと言った以上、ある程度は叶えてやるつもりだった。
毎日少しずつならギリギリ許容できるだろう。
そう考えて、指導計画に盛り込んだ。
「ありがとうございますっ! じゃあ魔物狩り、再開します!」
「喜ぶのはいいが、油断するなよ」
「はいっ!」
大きな声で返事をして、ルイは再び魔物狩りへと戻って行った。
◆◆◆
「ふっ! はっ! ……うーん、あまり上手くいきません……」
教室に戻って少しルイと打ち合った後、俺は戦技の再現を指導していた。
まず選んだのはイヴの時も最初に選んだ『強斬』。
ルイに『強斬』を使ってもらった後で、それを参考に『強斬』を再現して貰ったが、苦戦している。
普通の人が戦技を再現するにはそれなりに時間がかかる。
イヴが教えているアンナだってそうだったし、俺だって最初に成功させるのにはそれなりに時間をかけた。
むしろ一発で成功させたイヴが異常なだけだ。
ルイは記録水晶の映像を見つつ自分の動きを修正するものの、『強斬』が発動するどころか、剣が淡く輝くことすらない。
「くっ……なんで……なんでできないんだ……」
「焦るな。そんなに簡単に習得できるわけねえだろ。俺だって最初はそれなりに時間がかかったんだ」
剣を一旦下ろし、肩で息をするルイに励ましの言葉を送るが、ルイの顔は晴れない。
「ですがアンナはもうできていると聞きました。『強斬』だけでなく、『崩落』だって形になりつつあると……」
「向こうの方が始めたのが早いんだ。そりゃあ差は生まれるだろうよ」
「……アンナの方が、才能があるからですか?」
「話を聞け。始めるのが早いか遅いかの違いだ」
「で、でも仮に同じタイミングで始めていたとしても、きっとアンナの方が……」
「少し落ち着け。根を詰めすぎだ。そんなもん、どうなるかは分からねえし、確かめようもねえだろ。同じタイミングで始めることはもうできねえんだからよ」
「…………」
俺の言葉に、悔しそうにルイは歯噛みする。
(……ちっ、重症だな)
アンナという存在がルイの中で大きすぎる。
彼女との差がルイを焦らせ、更なる努力が必要だと思わせる。
理由が違うとはいえ、下手をすればムゥのようなオーバーワークになる可能性だってある。
「……今日はもう遅い。ここまでにして、後は明日に回せ」
日はすっかりと落ちていて、いつもの夕食の時間だって過ぎている。
イヴ達はもう授業をとっくに終わらせていて、ここには俺たちしかいない。
「で、ですが……」
「今日始めたばっかりだろ。そんなに焦るな、根を詰めすぎるな」
まだ納得していないルイに、釘を刺す。
「あと宿に戻ってから少し体を……いや、宿に戻ったら剣を振るのは禁止だ。戦技の再現をしようとするのも当然な」
最初は少しなら剣を振るっても良い、と許可を出そうと思ったが、鬼気迫るルイの様子を見て言葉を変えた。
もしも許可したら、オーバーワークしてしまうのが目に見えているから。
「ま、待ってください! 僕は他の人よりも遅れているんです、だからもっと努力しないと――」
「しつけえぞ」
「っっ!」
低い声で警告。睨みつけるように、ルイをじっと見つめた。
「もしも俺の言葉を守らなければ、ぶん殴るぞ」
「なっ……」
目を見開くルイ……それを見て、俺は肩をすくめた。
「……俺の以前の教え子は俺の言いつけを守らずに、時間と体力を全て魔法に使った。寝る時間も惜しんで、何日間も心血を注ぎ続けた。その結果、疲労で倒れて、挙句の果てには魔法の暴走だ。下手すればそいつは今、この世にいなかった」
「…………」
「だから、休むことも必要なんだ。焦る気持ちも分からなくはねえ。だがな、焦ってがむしゃらに取り組んで、それでいい結果は出ねえ。出ねえんだよ」
ムゥのことを頭に思い浮かべながら、俺は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
ムゥは言葉では止められなかった。だからこれから先は、最悪の場合、殴ってでも止める。
「……分かり……ました……」
そして俺の言葉は、ルイに届いたようだった。
「……安心したぜ。教え子を殴るなんていうのはしたくねえからな」
かつてはイヴを斬る、という今でも正解だったかどうか分からないことをしたわけだが、教え子を傷つけるというのは心に来る。
それが指導するためだったとしても。
「よし、今日は帰って休め。また明日から万全の状態で過ごせるようにな」
「……はい、ありがとうございました」
お辞儀をしてルイは宿へと戻っていく。
その背中をじっと見ながら、俺の中にはまだ『成長限界』という不安が胸の中に残っていた。




