第51話 ルイの中に生じ、残り続ける不安
「ねえルイ! ルイも一緒に冒険者になろうよ!」
同じ故郷で育ったアンナにそう言われ、僕は冒険者になった。
小さい頃から一緒に居て、姉のように思っていたアンナとパーティを組めるなら、弱気な僕でもやっていけると思ったから。
アンナはそんな僕の性格を気にかけてか、パーティメンバーも女性にしてくれた。
親切で心優しいユウリィに、たまに口が悪いけど皆をよく見てくれるミルキー。
そんな三人と冒険ができて、最初は嬉しかった。
「見て見て! ついにEランク!」
けれどそれはすぐに焦りへと変わった。
アンナには、僕よりも才能があった。アンナだけじゃない。
ユウリィは魔法が強くて、僕たちのパーティの攻撃の要だ。
ミルキーは回復魔法や支援魔法での援護のみならず、周りを見てサブリーダーとしての役割を果たしてくれる。
僕だけが足を引っ張っているのは明確だった。
でも彼女たちは僕を責めることをしなかった。一度だってしなかった。
むしろ全然気にしてないと、彼女たちは僕に笑いかけてくれたんだ。
それが余計に僕の胸を締め付けた。
僕は、彼女たちに比べてまだまだ足りないと、そうずっと思ってた。
何とかしたいって、ずっと思ってたんだ。
だからこれはチャンスだと思った。
たまたま出くわした強力な魔物に、窮地に陥った僕たち。
そんな時に颯爽と現れて救ってくれたのが、特級冒険者のイヴさんだった。
彼女に憧れるようになったアンナやミルキーについていくと、イヴさんは冒険者を辞めるところで。
彼女にとっての先生、と呼ばれる人の元に戻るらしい。
そこでイヴさんも教育者になろうとしているらしく、生徒にならないかと僕たちに打診が来た。
アンナ達は大喜びで受け入れていたし、僕は僕でイヴさんの先生に担当してもらえないか聞いてみる、とイヴさんが言ってくれた。
すごくいい風が、吹いているような気がした。
「エンディだ。エンディ・スカイグラス」
イヴさんの先生であるエンディさんは、怖そうな人だった。
言葉遣いも乱暴で目つきも悪い。怒られているのかなって思うときもあった。
でも僕のことを真剣に考えてくれているのは伝わった。
これから僕は変われるのかもしれないと思うけれど、同時に不安だってある。
僕は……変われるだろうか。アンナ達の隣に立てるだろうか。
最近はそんなことを、よく考えている。
夜の宿屋。アンナ達三人が使っている部屋に僕はいた。
少し時間が空いたから、たまには話をしようとアンナに呼ばれたためだ。
「アンナはいい感じよね? 強くなったのを感じる?」
「そうね。魔物狩りも最初は危うさを感じていたけど、今はちょっと余裕があるくらい」
「前衛は自分の動きから強くなったことが分かるからいいわよね」
「そう言うミルキーだって、魔法の威力が上がってきたって言ってたじゃないですか」
「イヴ様の言う、個人の情報と環境の情報の読み取りだけど、最近ようやくコツを掴んできたのよね。だからだと思うわ」
アンナ、ミルキー、ユウリィの三人が主に会話をする中で、僕はそれを聞いているだけ。
「ルイはどうなの?」
「……まあまあかな」
たまに皆とその時の状況について話したりするけれど、その時と同じ答えを返した。
いつもは時間がないこともあってそれだけで済むんだけど、今回はアンナが許さなかった。
「ルイってばいつもそれじゃない。もうちょっと詳しく教えてよ。どんなことをエンディさんとしているの?」
「どんなって……エンディさんと打ち合ったり、魔物を倒したりとかだよ」
「それだけ?」
首を傾げるアンナに、僕は頷いた。
「うん。そうだよ」
「他に何かないの?」
「他? うーん、特にないけど……」
ミルキーに言われて考えるものの、何か特別なことをしているとは思えなかった。
「それで、ルイさんは強くなっていると感じていますか?」
「うん、実力はついてると思ってる。エンディさんのような強い人と戦えるのも、魔物と一人で戦うのも良い経験だよ……ただ、剣の腕に関しては全然成長しないけど」
最後は聞こえないように小さな声で呟いたけど、それをミルキーに耳聡く聞かれた。
「剣の腕は上がってないの? ……剣で打ち合って、魔物を退治するだけって、それ、本当に真面目に教える気あるの?」
「ちょっとミルキー、エンディさんに失礼よ」
アンナはミルキーを咎めるものの、彼女の声量があまり大きくなかったのも相まってミルキーは止まらなかった。
「そうは言うけど、私あの男の事あんまり信じてないのよね。だってイヴ様よりも実力がないじゃない。もちろん二級冒険者は凄いと思うけど、粗暴だし、言葉遣いも乱暴だし、この前なんてイヴ様にお金をせびってたのよ!? 信じられないわ!」
ミルキーはエンディさんのことがあまり好きじゃない。
いや、それどころか嫌っているとまで言っていい。
彼女は僕達の中でも一番イヴさんに入れ込んでいるから、そのイヴさんが好意を向けているエンディさんは受け入れがたいんだろう。
僕は足と腕を組んで不信感を露にするミルキーを見て「いや」と声を発した。
「エンディさんからは一個上のランクの戦技の情報も教えてもらってるし、今後のことを考えているんだと思うよ」
「上のランクですか? 今使えるEまでの戦技ではなく、ですか?」
ミルキーの不信を拭うための言葉だったけど、反応したのはユウリィだった。
「え? どういうこと? 使えるのに戦技を習うの?」
「は、はい。てっきり私はルイさんもアンナさんと同じように戦技の再現をしていると思っていたのですが……」
「そういえばさっきも言ってたよね。戦技の再現って、どういうこと?」
尋ねてみると、ユウリィは少し言いにくそうにする。
その代わりにアンナが答えてくれた。
「戦技って、動きを真似すれば出せるのよ。イヴさんが言ってたことだけど、例えば私たちは普段、『強斬』を頭で使う!、って決めてから放つけど、動きをすることで、『強斬』を放つこともできるの。これを戦技の再現っていうのよ」
「えっと……」
「ちょっとコツがいるけど、『強斬』の動きをすれば、『強斬』になるのよ」
「そ、そうなんだ……」
アンナの言葉を聞いて感心した。
そんなことができるなんて考えたことも無かった。
ただそれって何が良いんだろう、とも思った。
「この再現ってのが難しいらしいけどね。……っていうか、あの男から聞いてないの?」
けれど次のミルキーの言葉で、僕は頭を殴られたような衝撃を覚えた。
「え?」
つい、そう言い返してしまったくらいだ。
衝撃を受けていることが態度に出ているのか、皆もかける言葉を失っている。
(……そんなの……エンディさんは言ってなかった……)
膝の上にただ置いていただけの拳を、気づけば僕は強く握りしめていた。
「で、でね? その戦技の再現は、普通に戦技を使うよりもその人に合ったものになるらしいの。だから私が『強斬』を再現すれば、それは私の『強斬』になる。だから強くなるんだって。えっと……ごめん、伝わりにくいよね」
アンナが空気を読んでそう言ってくれたことを感じて、僕は笑みを浮かべて返す。
「ううん、分かりやすかったよ。そっか……イヴさんはすごいね。そんな方法を考えついちゃうなんて」
「あ、えっと……この方法はエンディさんから教わったものだって、イヴさんが……」
「そ、そうなんだ……そんな人に教われるなんて、僕は幸運だな」
上手く笑えているだろうか。あまり自信がなかった。
「やっぱり教える気ないんじゃないの? あるいは教える力なんてないか……どうも信用できないのよね」
「ミルキー、人の好き嫌いはあると思いますが、イヴさんに注意されたこともあるのですから、表に出すのはほどほどにすべきですよ」
「分かってるわよ。ここじゃなきゃ言わないわ。イヴ様の前ではあの男の話を出すつもりはないの」
ミルキーとユウリィの話を聞きつつ、僕は反論した。
「いや、そんなことないよ。エンディさんは、その……色々と相談にも乗ってくれるし……」
その声は思った以上に小さかったけど、ちゃんとミルキーの耳には届いたみたいだった。
「もし無理だなと思ったら遠慮せず言ってみたら? イヴ様に変えてくださいって」
「それはそれで失礼じゃない?」
「アンナも見たでしょ? 初めて会った時、ギルドであの男酒飲んでたのよ。逆に暇になって喜ぶんじゃないかしら」
「いや、そんなことは……ないでしょ……」
「あんたも不安になってるじゃない。まあそういうことだから。いい? ルイ」
「う、うん……そうだね……」
ミルキーにはそう返したものの、そんなことを言うような勇気は僕にはなかった。
でもだからといって不安が完全になくなるわけじゃなくて。
胸の中に、重く暗い何かが、ずっと残り続けていた。




