第50話 授業初日の夜、二人で会話
イヴとムゥの時も思ったが、初日の授業を終えた後は少し不思議な気分になる。
今後の指導について考えなければと思う一方で、初回の授業を越えたことによる妙な達成感があるから。
だがイヴはそうではなかったらしく、夕食時からずっと難しそうな顔をしていた。
「で、今日はどうだった?」
食後に食器を洗い、居間に戻ってくるとイヴはまだ椅子に座っていたから声をかける。
ここからはイヴの指導について聞く時間だ。
「……難しかったです。なかなか言葉にできなくて、先生が以前言って頂いたことを使わせてもらった場合でしか満足に伝えられませんでした」
「別にそれが悪いことじゃねえがな。何でもかんでも自分の言葉で伝えなきゃいけないわけじゃねえだろ」
「そう……なんですか? ……あとはやっぱり自分の時と勝手が違うと言いますか」
「具体的には?」
椅子に座りながら尋ねると、イヴはテーブルの上に両手を置いて、指を弄り始める。
「例えば、戦技の再現をアンナに教えたのですが、『強斬』の再現で苦戦しています。私は『強斬』を特に苦も無く再現できたのですが、アンナはそれができないみたいで」
「あー……確かになぁ。正直俺もお前が一回見ただけで『強斬』を再現したときは驚いたからな。自分ができるが、相手はできないことってのは結構ある。だから強い冒険者がそのまま優れた教師って訳でもねえ」
「実力と指導は一致しないのですね」
才能がある人間は才能のない人間を理解できない。
こと指導に関しては才能が無くて頑張ってきた人間の方が向いているというのはよく聞く話だ。
それをイヴも理解したようで、難しい顔をしていたが納得したように頷いていた。
「ただそこまで悲観的になることはねえ。最初だから難しく感じるかもしれねえが、何度も教えていれば段々と慣れてくる。要は熟練度と同じだ。経験値を溜めて、「指導」っていう技能の熟練度を上げるんだよ。まあ、目に見えないから今の指導力がどれくらいかは分からねえがな」
「なるほど……やっぱり先生の教え方は分かりやすいです。それでその……アンナの戦技についてなのですが、先生ならどうしますか?」
「俺だったらアンナの『強斬』を記憶水晶に納めて、それをアンナと確認しつつ、再現に取り組ませるな。案外自分の戦っている姿ってのは外から見たことがねえんだ。最初は見よう見真似でも参考になるもんだぞ」
俺が自力で戦技の再現をしたときのことを話すと、イヴはそれを復唱する。
二度ほど復唱した後で、こちらも納得したようで、はっきりと頷いた。
「確かにそれがいいかもしれません」
「これだと元の戦技を再現しているだけだから、そこから修正していく必要はあるがな。とはいえ初歩としては良いはずだ。どっちにせよ一度でも再現ができたっていう成功体験はさせてやるべきだろ」
「……そうなると、アンナの『強斬』の動きと、アンナの『強斬』を再現しようとする動きの両方を記憶水晶に納めて、それらを比較してみるのもいいかもしれませんね」
「おお……それいいんじゃねえか?」
指導の経験がないのでまだ不慣れだが、着眼点はかなり良い。
時間をかけて数人の生徒を教えれば指導力も上がるはずだから、人気教師になれるだろう。
(こっち方面でも才能があるのか……やっぱりイヴは天才だな)
内心でほくそ笑んだ。イヴが有名になれば生徒が増える。
そしてそれは教室に生徒が増えて、生徒からの金が入るということだからだ。
「先生、他にもユウリィとミルキーの件なのですが、二人には魔法式の改良を教えていまして……」
イヴから今度は残った二人の指導経過についても聞く。
こっちはこっちで、魔法式の改良に使う個人と環境の変数の把握についての問題だった。
イヴは苦もなくできた部分であり、こちらに関してもおススメの方法を伝える。
いつの間に持ってきていたのか、イヴはノートに内容を記載している。
覗き込んでみると三人についての情報や指導内容をまとめているようだった。
「殊勝な心掛けだな。そういう風にまとめるのはいいと思うぞ」
「先生も以前私にやっていただきましたよね? それを私もやりたいなって」
「そうか」
教え子が俺の姿を見て、それを取り入れてくれるのは素直に嬉しい。
小さく答えた後、イヴがペンを走らせる音だけが居間に響く。
ノートに書き終えた後に、イヴは口を開いた。
「そういえば、ルイに関してはいかがですか?」
「これまでかなり努力はしてきたみたいだな。今日は一日かけて何度も打ち合ったが、慣れている感じはあった。ただ、筋は良くはねえ」
「そう……ですよね」
「気づいていたか」
俺が初日で気づいたことだ。
イヴだって「星の牙」が戦っているところを見たことはあるだろうし、気づいていただろう。
「アンナに比べるとかなり差があるように思えましたから。四人の中で一番努力しているのがルイだそうです。ですが中々芽が出なくて、焦っていると」
「そりゃあ焦るだろうよ。周りはどんどん成長して、自分だけ取り残されているようなもんだからな」
その結果出来上がったのが自信のない性格なのも頷ける。
俺は腕を組んで、背もたれに背中を預けた。
「何とかしてやりてえとは思うが、今はまだだ……もう少し様子を見てえしな」
感じている嫌な予感が真実かどうかをまずは確認したい。
そう言いそうになって、けれどイヴには分からない感覚だろうと思い、話題を変えた。
「それにしても、ルイを俺に預けたのは英断だったな。確かにルイに関してはイヴじゃ手に余る。問題児とは言わねえが、中々に難しい生徒だ」
「あ、はい……えっと……ありがとうございます」
「?」
褒めたつもりだったが、イヴはそれに喜ぶことはせずに、歯切れが悪い返事をした。
「……四人の中で唯一男性だったからですけど」
「なんだって?」
「いえ、なんでもないです」
全く聞こえない声量で何かを呟くものだから聞いてみたものの、はぐらかされた。
「なんだよ?」
「いえ、本当になんでも……あ、先生、明日からですがアンナ達に魔物狩りを経験させたいと思っています。この敷地の西側をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないぞ。こっちは東側を担当するわ」
「ありがとうございます。じゃあ部屋に戻りますね」
「おう」
居間から去っていくイヴ。
きっと部屋に戻ってアンナ達への明日以降の指導について考えるんだろう。
俺も椅子から立ち上がり、伸びをする。
「……さて、俺もやりますかね」
イヴに触発され、ルイの情報を記録に残す作業のために、自室へと戻った。




