第48話 ルイという名の教え子
「まあ、そこに座れよ」
椅子の一つを示し、ルイをそこに座らせる。
俺も彼女の向かい側の席に腰を下ろした。
「まずは自己紹介からだな。俺はエンディ・スカイグラス。冒険者の等級は二級だ。よく使う武器は刀……まあ、こんなところか」
「は、はい。僕はルイ・クロードと申します。冒険者階級は五級で、武器は剣です……あの、よろしくお願いします」
「おう」
返事をしてじっとルイを観察する。
ベージュの髪に、全体的に線の細さが分かる筋肉量。
さっき戦っていたアンナはバリバリの前衛という感じだったが、ルイは一見して剣士とは思えない。
ただテーブルの上に置かれた手のひらは細かい傷やタコができていて、彼女の努力が窺えた。
「出身はシエルエイラだったか?」
「は、はい、アンナと同郷です。彼女が冒険者になるということで、それで……」
「まあよくある話だな。で、ユウリィとミルキーを入れてパーティとして活動していたと」
聞けば聞くほどに典型的なパーティだ。
ただ一つ違う点といえば。
「イヴとはどこで出会った?」
「た、助けてもらったんです。依頼をこなしているとき、強力な魔物に出くわしまして……もう駄目だと思ったときに、イヴさんに命を救ってもらいました」
「そこからずっと一緒なのか?」
「い、いえ、アンナやミルキーがイヴさんのファンなので、それについていっている感じです。僕はもちろん感謝していますし、イヴさんは凄い人だとは思いますが……彼女たちほどでは」
「なるほどなぁ」
命の危機を颯爽と現れて救ってくれた、綺麗でカッコいい同性の冒険者。
そりゃあ憧れを抱いても仕方ないだろう。
ただ一方で、ルイはそこまでイヴに入れ込んでいるわけじゃなさそうだ。
ひょっとしたらイヴはそれを見抜いていたからルイを俺に預けたのかもしれない。
「で、これからお前を指導していくわけだが、何か疑問点はあるか?」
「あ、あの……イヴさんにはお金を渡したのですが、それで足りるでしょうか?」
「あ? まあ足りるだろ。そこに関しては気にしなくていいぞ」
「ほっ……良かったです」
イヴがアンナ達からいくら受け取っているのかは知らないが、俺とイヴの間での金銭のやり取りはもう終わっている。
俺はルイを指導するだけでイヴからかなりの金額が入る。というよりも、もう入っている。
そりゃあやる気も出るというものだ。
「僕は……強くなれるでしょうか?」
ルイが、静かに聞いてきた。
「手ずから指導するんだから、強くなってもらわなきゃ困るんだが」
「そ、そうですよね……でもアンナと同じことができるか、不安で」
「あ?」
出てきた言葉を俺は不思議に思い、続きを促した。
視線を向けるだけでそのことが伝わったのか、ルイは目じりを下げたままで続きを口にする。
「アンナと同じになりたいんです。ずっと憧れだったんです。同じ場所で育ったのに、アンナは僕よりいつもすごくて……だからアンナみたいになりたいって、ずっと思っていました。エンディさん……僕はアンナになれますか?」
「そういうことかよ……」
ルイの言葉に俺は頭を掻いた。
イヴに憧れない筈だ。既に憧れている相手が別にいるんだから。
「あー……ちっ、言い繕うのは性に合わねえ。はっきり言うが、分からん」
「分から……ない?」
「さっきの模擬戦を見ての感想だが、アンナはお前と同じ女性でも筋肉のつき方が違うし、なによりも身長差があった。お前は小柄だが、アンナは女性の中でも身体がデカいほうだ。体格差があると同じことはできねえ。……そもそもアンナと同じになりたいっていうのもちょい違うと思うがな」
最後は小声で呟いたが、これでルイに難しいというのは伝わっただろう。
そう思って彼女の方を見ると、ルイは俯いていた。
「あの……」
「なんだ?」
アンナと同じになれないと聞いてショックを受けたか。
そう思っていたが、ルイから出てきた言葉は予想外のものだった。
「その……僕、男なんですけど……」
「……は?」
衝撃の事実に、俺は聞き返してしまった。
けれどルイはじっと俺を見つめ返してきて、嘘ではないことが分かる。
真実だと悟り、頭をガシガシと掻いた。
「悪い……普通に勘違いしてた」
「い、いえ……よくあることなので……」
「……まさかと思うが、他の三人も?」
「あ、三人は女の子で、僕だけが男です」
「流石にそうだよな」
あのミルキーやユウリィが男だったら、俺はもうこの世界の人間を信じられなくなるところだった。
人知れず安堵したところで、もう一度考える。
ルイは自分が男だと言った。もしそうだとすると、少し疑問が残る。
「その割には線が細くねえか?」
「き、筋肉がつきにくい体質みたいです……よくアンナにも言われていました。男っぽくないって」
「あー……まあ、女の子から言われるのは傷つくよな」
なんて声をかけていいのか分からないから、とりあえずフォローをしておいた。
ルイは過去のことを思い出しているのか、ズーンと沈んでいて、暗い空気を出している。
「筋トレとかもしたんですけど……全然効果が無くて……だからエンディさんみたいな男らしい方、羨ましいです」
「ああ……ありがとう?」
なんというか、見ていてこっちが悲しくなってくる。
変な空気になりつつあるので、咳払いをして話題を元に戻した。
「だがそれはそれでさっきの話がより難しくなる。男性で筋肉が付きにくいなら、アンナと同じことをするのはほぼ不可能だ。身長もこれから先……伸び……るか?」
「ここのところ成長は止まってます」
「……つまりだ。なにもアンナと同じになる必要はねえ。お前の最終的な目標っていうのは、きっとアンナと並びたいってことじゃねえのか?」
「アンナというよりも、皆とです。アンナはもちろん、ユウリィは魔法が、ミルキーは治癒魔法が得意です。……僕は、そんな皆に恥ずかしくない男になりたいんです」
「ま、理由としてはそれで十分か」
途中まではなよなよしていて若干の面倒くささも感じ始めていたが、隣に立ちたい、恥ずかしくない男になりたいというルイの言葉には確かに意志が通っていた。
「だったら、それを達成するためにお前はお前として強くなるべきだ。アンナの真似をするんじゃねえ、ルイとして強くなる。それでいいし、それがいい」
「僕が……僕として強くなる……」
「ああ……どうだ?」
聞いてみれば、ルイは顔を上げて胸の前で両手で握りこぶしを作った。
「はいっ! 僕、頑張ります! ありがとうございます、エンディさん!」
「おお、やる気があることはいいことだ」
熱意に満ちたルイの姿に、俺は頷く。
それと同時、いちいち身振りが女子っぽくて、こういうところが勘違いされたりする原因なんじゃねえのかと思ったりした。
「っと。念のためにステータスプレートを見せてくれるか? これからの指導の参考にしてえ」
「あ……えっと……そう、ですよね。指導に必要ですよね」
少しだけ逡巡したものの、ルイは少ししてからステータスプレートを取り出してくれた。
これまでのイヴやムゥが異常なだけで、これが正常な反応だ。
差し出されたプレートを手に取って、確認。
予想通り、剣がEでいくつかの魔法がF、そしてその他がGだった。
五級冒険者としてはこんなものだろう。
「アンナはもうDなんですけど……僕は中々上がらなくて……」
「なるほどなぁ……」
ルイの言葉を聞きつつも、俺はステータスを見て嫌な予感を再び覚えていた。
こんなものはただのアルファベットに過ぎないのに、この「E」という文字が不吉にしか感じられない。
「……ルイ、外で剣を合わせるぞ。さっきはアンナとの模擬戦だったが、今回は直接戦ってお前の実力をより深くまで見たい」
悪い予感を無視し、ルイに今後の予定を伝える。
俺の言葉を受けて、ルイは背筋を伸ばした。
「は、はい! よろしくお願いします、エンディさん!」
ルイの姿はかつてのイヴの姿と被ったものの、それでも俺の中から嫌な予感が消えることは無かった。




