第44話 最初の教え子との再会
「イヴ……久しぶりじゃねえか」
突然の再会に俺も嬉しくなり、口角が上がっているのが自分でも分かる。
そろそろ手紙が届くタイミングかと思っていたが、まさか直接出向いてくれるとは思わなかった。
「休暇でも取ったのか? それでエステルの街に帰ってきた、みたいな感じか。どうだ、冒険者等級は何級になった?」
手紙では一級冒険者になった、というところまでは聞いている。
イヴは、満面の笑みで答えた。
「特級にはなりました」
「おお、すげえじゃねえか。……教えているときからすげえとは思っていたが、ここまでとはなぁ。で、勇者になったのか?」
「いえ、勇者の件は断りました。あまり興味がなかったので」
「お、おぉん? そ、そうか。まあそういうこともあるか。特級なら十分ってのもあるかもしれないしな」
世界的にもっとも価値があるとされる称号「勇者」。
それを興味がないの一言で片づけるイヴの感性は全く理解できないが、イヴはイヴでなにか考えがあるんだろう。
そう思ったものの、俺の中にはなにか嫌な予感があった。
それを後押しするかのように、イヴは満面の笑みのままで口を開こうとする。
なんでだろうか、今はイヴの笑顔を見ていると嫌な予感が大きくなっていく。
「いえ、もう冒険者も辞めました」
「あー、なるほどね。冒険者も辞めたのか……んん?」
「…………」
「…………あー、イヴ?」
「はい」
「冒険者、辞めた?」
「はい」
「…………」
嫌な予感が、現実のものとなった。
「はぁ!?」
俺は思わず叫び、椅子から立ち上がってイヴに近づく。
問いただそうとしたところでギルドにいる冒険者達からの視線を感じ、イヴを空いている席に座らせた。
なるべく声を荒げないように注意しつつ、話し始めたとき。
「あっ、音を遮断しますね」
すっと、イヴは指を動かして魔法をかけた。
俺たちの話し声が外部に漏れないようにしてくれたんだろうが、それは今はいい。
「おいイヴ……冒険者辞めたのか?」
「はい」
「いや、なんでだ? なにかあったか?」
「いえ、そろそろいいかなと」
「そろそろ……いいかな?」
なにが良いんだろうか。なにも良くないと思うんだが。
と思って笑顔を引きつらせながらイヴを見ていると、彼女はまた満面の笑みを浮かべる。
今はその笑顔に、恐怖すら感じていた。
「私、先生の下で先生を支えます。先生と同じ指導者になって、先生の生活もお支えしたいんです」
「えー」
「先生、私、やりたいこと見つけたんです」
「お、おお……そ、そうか。ぼ、冒険者よりもか?」
「はい、先生をお助けするのが私の使命ですので」
やばい、イヴの瞳から強すぎる意思を感じる。
これはもう言っても聞かない感じだ、というのがはっきりと分かってしまい、俺は引きつった笑みを浮かべるしかできない。
勇者を蹴ったこととか、冒険者を辞めたこととか、俺の元に来たいこととか、正直全部を聞いてもイヴの頭がおかしくなったとしか思えない。
けれどそれ以上に問題なのは。
(いやいやいやいや! 金! 金どうすんだよ! 冒険者じゃなくなったら金入らねえじゃん!!)
金脈の一つが一瞬にして消えたことだ。
大問題を通り越して死活問題だ。マジでヤバい。
「エンディさん……良かったですね。イヴさんが戻って来てくれるなんて……ギルドとしては損害が大きいですが、私個人としては嬉しいです」
(うるせえぞ馬鹿サトリア! 何言ってやがる!)
「サトリアさん、お久しぶりです。これからは顔を出すこともあると思うので、よろしくお願いします」
「本当にお久しぶりです。噂は聞いていますよ。ぜひ、このエステルでご自由にお寛ぎくださいね」
絶望する俺を他所に、イヴとサトリアは仲良く話をしている。
(お、終わった……俺の完璧な計画が……ム、ムゥが金を送ってくれるから、それでなんとかなるか?)
将来の金の勘定をしていると、俺の手をイヴの手が掴んだ。
驚いてそっちを見ると、イヴは真剣な目で俺を見つめている。
「先生、先生が今不安に思っていることは分かります。ですが大丈夫です」
「……そう……なのか?」
聞き返すと、イヴは頷いた。
大丈夫な根拠は言ってくれないものの、自信はありそうだ。
イヴは俺から手を離し、席から立ち上がった。
「少しだけお待ちください。すぐに戻ります」
「お? あ、ああ……」
イヴは素早い動きでギルドから出ていく。
するとすぐに再度扉が開き、彼女は四人の少女を引き連れて戻ってきた。
あまりにも早いので、ギルドの外で待たせていたのだろう。
イヴを含む五人は、彼女が張った音を遮断する魔法の領域の中に足を踏み入れる。
イヴだけが席に着き、残りの四人は後ろに緊張した面持ちで立った。
「先生、こちらの四人は冒険者パーティ『星の牙』です」
「……お前、あれだけソロでやれと言ったのにパーティを組んだのか?」
睨みつけつつ言うと、イヴは強く首を横に振り、胸に拳を当てた。
「ありえません。先生の言うことは絶対順守。もちろん彼らの誰とも組んでいません。彼らは以前助けただけです」
「……そうか」
少し引っかかる物言いだったが、パーティを組んでいないなら良い。
イヴの力を発揮するにあたって、パーティを組むというのは悪手中の悪手だからだ。
「私が先生の下で指導者になるにあたり、大事なのは教え子です。そこで連れてきたのが彼ら、というわけです」
「マジか」
「生徒は自分の目で見つける。これも先生から学んだことです」
「……教えてねえけどな」
イヴに教えたのは冒険者としての心得や戦技、魔法であって、指導に関しては何一つ指導していない。
けれど自分の経験を元に、俺から盗んだということだろう。
俺はイヴの後ろに立つ四人を順に見る。
それなりに経験をしていそうではあるが、まだ伸びしろはありそうな、そんな気がした。
「彼らのうち二人が四級になったばかりで、残りの二人は五級です。指導という意味では丁度よいかと考えました」
「……まあ、実力的にはそうかもしれないが」
もう一度後ろの四人を見るものの、いまいちピンとこない。
もしもこのギルドにこの四人だけで訪れていたら声をかけはしないだろう。
(……いや、流石にイヴとムゥに毒されすぎか)
あの二人ほどの逸材がそうポンポン出てくるはずがない。
そう思い直していると、彼女達の中で一番右に立っている少女が口を開いた。
「あ、あの……イヴさんの先生さん」
「エンディだ。エンディ・スカイグラス」
「エンディさん、初めまして、アンナ・フランソワです。イヴさんからエンディさんの素晴らしさは聞いています。ぜ、ぜひご指導頂ければと思います」
ばっ、と頭を下げるアンナと名乗った少女を見て、俺は不思議に思って思わず声に出した。
「え? 俺が教えんの?」
イヴが目を瞑り、首を横に振った。
「いえ、彼女は私の担当です」
「え? そ、そうなんですか?」
「以前も言ったでしょ。何を聞いていたの」
「そ、それはイヴさんとエンディさんに共同で教えてもらえるのかと……」
「そんなわけないでしょ。先生のお手を煩わせることになるわ」
二人で会話をするイヴとアンナ。
俺と話すときは丁寧語がデフォルトだったので、今のイヴの口調は新鮮に感じた。
「生徒の件については分かった……つーかお前、さっきからなんで睨んでくるんだ」
さっきから気になっていたことではあるが、四人の少女たちの内一番左に立つ少女がずっと俺のことを睨んでいる。
喧嘩か? 買うぞ? と思って聞いてみれば、俺から視線を外してイヴに声をかけやがった。
「イヴ様、やはり冒険者に戻るべきです。イヴ様は冒険者こそが輝けるかと」
「ミルキー、前も言ったけど私はもう冒険者には戻らないわ」
「私は、この人が偉大な先生だとは思えません」
ミルキーと呼ばれた少女は俺を睨み続ける。
「階級も二級で、イヴ様より低いじゃないですか。イヴ様が偉大な先生、と呼ぶ意味が分かりません」
「まあ実際俺の実力は準二級程度だがな」
言っていることはある程度正しいから答えると、ミルキーとかいうガキは拳を握りしめて何かを言おうとする。
「……っ、なら余計――」
「ミルキー」
しかしその声を、イヴの恐ろしく低い声が遮った。
「それ以上言うならその首、ここで落とすわ。先生を侮辱する発言は許さない」
視線と言葉でミルキーは青ざめた。
発せられる殺気がかなり濃くて、俺も少し寒さを感じたほどだった。
「……す、すみませんでした」
「分かればいいわ。……先生、申し訳ありません。彼女は指導の中できっちりと先生のすばらしさを擦り込みます。彼女らを育てて巣立ってもらい、教室をもっと有名にする。これで先生の不安も解決です」
「……まあ、そうだな」
返事をしつつも、俺は遠い目をしていた。
(お前が冒険者を続けてくれていれば生徒なんかいなくても良かったんだが……)
教室を始めたのは金のためで、最近はその目的も達成できていた。
けれど目を輝かせて教室を有名にする話をするイヴにそのことは話せない。
もうすでに生徒も連れてきていて、冒険者も辞めているし、なにより彼女はこれまでの俺のクソデカスポンサーだ。
正直、手紙で事前に言ってくれればいくらでも説得できたんだが。
なんでお前、報連相しないの? と少しだけ思ったりした。




