第43話 ギルドでの暇な日常
「暇だ」
エステルの街のギルドで、俺はテーブルに突っ伏して呟いた。
「また前のグダグダなエンディさんに戻っちゃってるじゃないですか。教え子、見つからないんですか?」
「マジでピンとくる奴がいねえ」
隣に座るサトリアの言葉に答えると、大きなため息が耳に響く。
「ここのところ毎日ずっとそれじゃないですか。ムゥさん……でしたっけ? の時はギルドに全然来なかったのに」
「あのときは色々と忙しくて、ギルドに来ている場合じゃなかったからな。でもそのムゥも卒業しちまったし……やる気になんねえんだよなぁ」
「ここに来ないくらいそのときはやる気になってたってことですね。……今は見る影もありませんが」
「うるせえ。ほっとけ」
ムゥ卒業後、ギルドに足を運んで観察するもピンとくる奴はいない。
イリアスの街にも足を運んだりしたが、結果は同じだった。
「……それに、そんなに急ぎでもねえんだよな」
「え? なんて?」
「なんでもねえよ」
イヴからの仕送りのおかげで、かなり懐は潤っている。
教室設立時は急務だった生徒探しも急ぐ必要がなくなった。
加えてムゥは魔塔に推薦されたらしく、近いうちに助教授になるんだとか。
給料もかなり良いらしいから、そのうち送る、と手紙に書いてあった。
流石は俺が見出した金脈、分かっている。
「うーん……というか、かつての知り合いとかいないんですか?」
「あ?」
「いや、だってエンディさんは二級冒険者じゃないですか。それなら他の街に強い冒険者の知り合いとかいそうですし、そこ経由で教え子になれそうな人を紹介してもらう……とか?」
「……いねえよ」
「え? いないんですか?」
「……正確には、もういねえ。そりゃあ冒険者になりたての頃にパーティを組んだり話したりした奴はいたが、一度きりで疎遠になったり、魔物に殺されたりでいなくなった」
「あっ……すみません」
「ちっ」
サトリアは何を思ったのか謝ってきたが、少し勘違いをしている。
前半はチートによる早い成長速度で誰も付いてこれなかったし、後半は魔法や戦技の改良に熱心になっていてそれどころじゃなかったというだけだ。
別に親しいやつが死んだとか、そういったことはない。
面倒なので訂正をせずにいると、サトリアは話題を変えてきた。
「ところでエンディさん。以前も言いましたが、ギルドでお酒を飲むのは止めてください。ここは酒場じゃありません」
「前は食うなって言っただろ。それ以外は何してもいいって」
「そこまでは言ってません!」
「まあそういうなよ。お前も飲むか?」
「話聞いてましたか!? っていうか勤務中なので無理です!」
「王都から取り寄せた一級品だけど?」
「……き、勤務中なので無理です」
こいつ少し揺れたな、とジト目を向けると、サトリアはこほんっと咳ばらいをした。
「そ、そういえばアーセラスに魔災が降った話、聞きましたか?」
「話題の変え方下手すぎるだろ」
「き・き・ま・し・た・か?」
「……ああ、聞いた。エクサス領に落ちたやつだろ?」
耳元で大声で叫ぶのでうんざりしながら返すと、サトリアは興奮したように「はいっ」と言った。
「負傷者は多く出たそうですが、死者はいなかったそうですよ! すごいですよね、これで二連続で被害を最小限に抑えられています」
「まあ場所が場所だしな」
「予知能力に長けた四聖様がいらっしゃるんですよね? だからですか?」
「いや、あれは大型の魔物の出現予知だったはずだから関係ねえな。むしろマルク・マギカからの援軍がスムーズにアザゼラ領を通れたのが大きいだろ」
マルク・マギカ国からアーセラス聖国のエクサス領に向かうにはアザゼラ領を越える必要がある。
そしてそのアザゼラ領は、以前飛竜の群れに襲われていた地域だ。
「魔災が降る前に飛竜の群れを壊滅させたことでアザゼラ領が……まあもっと言うと道だな、それが損害を受けなかった。だからマルク・マギカの防衛隊が間に合ったんだろ。これがシエルエイラやセイランだったら上手く行ってねえよ」
「じゃあ前々回の魔災も、マルク・マギカに落ちたから防げたということですか?」
真剣な表情で尋ねてくるサトリアに、頷いて返した。
「アーセラス聖国の四聖達が魔災の降下場所を予知して、マルク・マギカの防衛部隊が空に何重もの結界を張ってようやく防げるんだ。素早い伝達や降下場所の住民の避難、そしてなにより防衛部隊がどれだけ早く降下場所にたどり着くかが重要だからな」
「……だからそれより前の魔災では被害が甚大なんですね」
「自然災害のようなもんだからな。急に空から強大な一撃が降ってくるんだから、それに対応できているだけでもよくやっているとは思うが」
素直に思っていることを述べると、サトリアは表情を暗くして呟いた。
「次の魔災は……防げるでしょうか?」
「さあな。落ちる場所次第だろ。それこそセイランの西の果てやシエルエイラの東の果てなら無理だし、アーセラスのプロミアとかなら防げるだろうしな」
「……エンディさんは、魔災はなんで起こるんだと思いますか? 神の裁きだとか、自然現象によるものだとか、廃領からの攻撃だとか色々と意見はあるようですが」
「知らねえよ。考えても仕方ないだろ」
心底興味がないのでそう答えると、サトリアはじっと俺を睨んでくる。
少しうるさくなりそうだなと思ったので、答えてやることにした。
「……まあ、落ちる場所に決まりがあったり集中的に落としているわけじゃねえから、攻撃じゃないんじゃねえか? もし俺だったらプロミアに100発集中的に落とした後に、ミストリアに100発落とすしな」
アーセラス聖国とマルク・マギカ魔法国の首都を壊滅させるという俺の言葉に、サトリアは顔を顰めた。
「よくもまあそんなこと思いつきますね……ただ納得はしましたけど」
そこまで話した後で、サトリアは急にニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべた。
「と・こ・ろ・でぇ……さっきの説明からすると今回の魔災を防げたのはアザゼラ領の飛竜の群れを壊滅させたお陰なんですよね? それってつまり、イヴさんのお陰ってこと。いやぁ、鼻が高いですよね、エンディ先生?」
「気持ち悪い、てめぇが先生とか呼ぶな。鳥肌が立つわ」
「酷くないですかね?」
しなだれかかってくるサトリアがうざったく感じたので肩を動かして追い払う。
ついでに思っていることを告げると、笑顔と青筋を浮かべられた。
「でも嬉しいんですよね? ね?」
「お前、以前から言っているがそのうざい所直さねえと不人気なままだぞ」
「不評なのは一部の人からなので大丈夫ですよ」
「ちなみにその筆頭は俺だ」
「本人を前にして言いますかね……」
「悪いが、俺は言いたいことは面と向かって言う派なんだ」
「エンディさんはそういうところ直した方がいいですよ、絶対」
「はいはい、分かりました――」
そんな風にサトリアと話していると、ギルドの扉が開いた。
何の気なしに視線を向けていると白い長髪が目に入る。
入ってきたのは女性で、横顔しか見えないものの、その姿に懐かしさを感じた。
彼女はギルドの隅から隅までを順に見て、その間に見える人には目もくれず、やがて俺と目を合わせる。
その瞬間、無表情だった顔はぱぁっ、と明るくなり、足早にこちらへと向かってきた。
「おお、マジか」
思わずつぶやいた後、視線を合わせた彼女はにっこりと微笑んで。
「先生っ! お久しぶりですっ!」
俺の最初の生徒、イヴはそう言った。




