第40話 ムゥと魔塔での日々
『お主の魔法式改良技術を講義してほしい。もちろん……あー、お主にとっての初歩中の初歩で構わぬ。助教授となってしばらく経つが、一度くらいはやらんとな。今回、特別授業という形で手配しておいた』
とヴァンディお爺ちゃんに言われたときには面食らった。
魔塔に所属した私はお爺ちゃんの発言力もあってか、あっという間に助教授になったけど、それは私の魔法の実力によるものだった。
お爺ちゃんが言うに、講義を行う正式な教授というよりも、名誉教授みたいなものらしい。
加えて口下手な私は教育には向いていないと思われていたようで、授業をしたことは一度もなかった。
ここに来ての方向転換には驚いたけど、授業自体は前からしてみたかった。
エンデーが教えてくれたように、誰かに教えてみたい、という気持ちが私の胸の奥底にはあったから。
『……あの人が、ライオット教授と同じ魔法式の改良論を説明するの?』
『ライオット教授が専門としている理論を、あの人が?』
『そんなにすごい人には見えないけど』
とはいえ、最初から受け入れられるわけじゃない。
私に対して訝しんだり、疑ったりする視線や、ひそひそした会話が見受けられる。
「授業、始める」
声を増幅する魔法を使い、私の声を皆に届ける。
「講義、魔法式改良」
『やっぱり魔法式の改良をやるんだ……できるの?』
『えー? ライオット教授って魔塔の長でしょ? そんなすごい人が研究している内容をあの人が教えるって……どういうこと?』
この講義では私の独自の魔法式……ではなくエンデーが最初に教えてくれた魔法式改良と、その際に使う環境情報、その人の情報について伝える予定だ。
一人一人が魔法式を改良することで、威力が増すことが狙い。
エンデーに教わったことをそのまま使いまわしているようで気は進まないけれど、ランクの低い魔法のみを扱うので許して欲しい。
というか、そうじゃないと教えられることがほとんどない。
私専用の魔法式は、私も感覚でやっているから言葉にできないし。
『魔法式を変えるってすごく難しいらしいけど……大丈夫かな?』
『つーか独特なしゃべり方過ぎて、聴き取りにくいな……』
「まず、ファイアボール」
「すみませーん!」
黒板を使って説明をしようとしたところで、大きな声が教室に響いた。
声の方を見てみると、窓際の席で髪の長い女子生徒が薄く笑って手を挙げている。
一旦黒板に書こうとするのを辞めて、彼女に声をかけた。
「なに?」
「魔法式の改良はライオット教授の専門分野だった筈です。あなたはそれが出来るんですか?」
「できる」
答えて、私は黒板に書きこんでいく。
ファイアボールの一般的な魔法式を書き終えて振り返り、口を開いた。
「魔法式、場所、誰、ない。不完全。増やす」
「はぁ? 何を言っているのか分からないんですけどー?」
「静かに」
注意をすると、生徒はイラっとした顔をした。
エンデーがよくしてた顔に似ているけど、それよりも嫌な顔だった。
それを無視して私はファイアボールの改良魔法式を黒板に書いていく。
久しぶりに書く魔法式だったものの、きちんと覚えられているようだった。
「ここ、人情報。ここ、環境情報」
『うーん? 前にライオット教授が書いた式と似てるような?』
『つーか人情報や環境情報ってなんだよ?』
黒板に書いた式のうち、二ヶ所を示して説明を続ける。
すると先ほど質問を投げかけてきた女子生徒が大きな声で言った。
「よく分からないんですけどー。じゃあその魔法式で魔法使ってみてくださいよ」
「できない」
私はエンデーの教えてくれた改良魔法式が使えない。
なので正直に返すと、女子生徒は鼻で笑った
「はぁ!? できないってなんですか。じゃあなんで教えているんですか!」
「…………」
「できないのにそんな話しているんですか? 特別授業って言うからどんなものかと思ったら、出てきたのは魔法が使えない人だなんて。ありえなーい!」
「静かに」
注意をするも、女子生徒はケラケラ笑うばかり。
そんな女子生徒の態度に、教室の他の生徒も不信感を露にし始めた。
『いきなり知らない魔法式を書かれてもなぁ……』
『つーかあの人が魔法打てないんだろ? それおかしくね?』
『なんであそこで教えてるの? 適当なこと言うなら私にも出来るけど』
「っていうかー……あなたって少し前までご病気だったんですよね? なのに急に魔塔の教授って……少しおかしくないですか? まるで裏入学みたい。いくら積んだんです? そんな人から教わることなんてありませんよ」
クスクスと笑う女学生に、かつての学友のクローディアを見た気がした。
とはいえ私は今、この魔塔の助教授。
こんな生徒の挑発になんて、乗るはずがない。
女生徒から目を離し、黒板へ。
「環境情報、その場。これ、場所で変わる。人情――」
再び説明をし始めたところで、女子生徒のより一層大きな声が響いた。
「なに無視してるんですかー? 教わることなんかないって言ってるじゃないですか。魔法も使えない人が偉そうに授業なんて……帰りなさいよ!」
「そこ、うるさい」
背中越しに注意。
「はぁ!? 魔法も使えないやつが、何言ってんのよ!」
「!?」
びっくりした。横の黒板に着弾したけど、水の魔法を放たれたらしい。
振り返ると、どや顔を浮かべる女子生徒と、流石にやりすぎだと止めるその隣の生徒が目に入った。
最初から外すつもりだったとはいえ、魔法を放った。
薄く防御魔法を常に展開しているから万が一当たっても痛くもかゆくもないけど、これは立派な授業妨害だ。
つまり私は、喧嘩を売られているらしい。
「悔しかったらやり返して見なさいよ! あんたの言う改良した魔法式で!」
「…………」
流石にこれは生徒側の素行不良。こんなとき、どうすればいいのか。
エンデーなら、どうしたか。
思い出す。そしてそれをなぞる。彼ならこう言う。いや、こう言った。
「クソガキ、調子、乗るな」
そして拳を、容赦なく私の頭に振り下ろしたのだ。
やっぱりエンデーは鬼。鬼エンデーだ。
とはいえ私は非力だし、そもそも今の私と女子生徒の間には距離がある。だから。
人差し指で女子生徒を指さし、詠唱を開始。
選んだのは火魔法『サンライト』。
全力で放てばA+ランクの魔法だが、その一部のみを使用する。
詠唱を終え、訝し気に眉を顰める女子生徒から少しだけ指を左に動かして窓の方へ。
指先からほんの一瞬だけ、飛ばした。
火の光線はものすごいスピードで飛び、女生徒の顔の真横を通り抜ける。
そして轟音をもって教室の窓をぶち破り、穴をあけた。
女子生徒は冷や汗をかきながら目を見開く。その左では、窓ガラスが割れて欠片が崩れていた。
こうして私は最初の講義で最上位魔法を容赦なくぶっ放し、生徒から「アスガルド教授」と呼ばれることになるのである。
「お前は何をやっておるんじゃ!!」
講義で火魔法をぶっ放した私は騒ぎを聞きつけてやってきたヴァンディお爺ちゃんに捕まり、彼の教授室まで連行されていた。
少し待っているように言われたので、その間に何があったのかを色んな生徒から聞いたのだろう。
結果、私が生徒の挑発に乗って魔法を放ったことを知られ、こうして叱られている。
「クソガキに、力」
エンデーの言葉を再現すると、ヴァンディお爺ちゃんは頭を抱える。
「……話は生徒から聞いた。オーランド女生徒が水魔法を放ったのもやりすぎじゃ。本来なら退学案件でもおかしくはない」
「あれくらい、余裕。私、許す」
「お主がその後にぶっ放した方が問題じゃ馬鹿者。……まあオーランド女生徒も反省しておるし、二人の魔法使用に関しては魔塔としてはこれ以上追及せん。その件に関してはじゃがな。……教室の窓の修繕費はお主の給料から引いておく」
「……ぐぬう」
呻くと、ジト目で私を見ていたヴァンディお爺ちゃんは大きくため息を吐く。
「これを良い薬にして、落ち着いた立ち振る舞いを意識するんじゃな。今回の一件で生徒の間にもお主が恐ろしいという噂が広がっておるし、今後はこういったこともなくなるじゃろう。じゃが、教室で魔法をぶっ放すようなことはもうないように。次にやったら状況にもよるが助教授資格剥奪とする」
「結果、おーらい」
「……なにを言っておる?」
エンデーが昔言っていた言葉を呟くと、聞き覚えがないのかヴァンディお爺ちゃんが聞き返してきた。
魔塔の長でもあるヴァンディお爺ちゃんが知らない言葉を知っているなんて、エンデーはやっぱり何者なんだろうか。
いや、勝手に作った言葉なのかもしれないけど。
「?」
ふと視界に紙が目に入り、それを手に取る。
じっと書かれた魔法式を眺めていると、ヴァンディお爺ちゃんが気づいて説明してくれた。
「ああ、それはとある勇者が置いていったメモ書きじゃよ。なにやら考えついた魔法式の一部らしくてな。結構長いこと見ているんじゃが、正直全然思いつかん。一から考えるのは難しいのう」
「……貰っても?」
「それをか? 構わんが……行けるのか?」
「多分?」
首を傾げると、ヴァンディお爺ちゃんは転げるような反応をした。
勇者クラスの人物なのに、なんともお茶目なお爺ちゃんだとつくづく思う。
それにしても、と手に取った紙に視線を落とす。
エンデーとの魔法式改良の時には全く出てこなかった式。
それを見ていると、少しだけ心が躍る気がした。
私の一部が喜んでいるような、そんな気が。
少しだけ口角を上げて、私はその紙をポケットにしまった。




