第39話 ムゥは魔塔試験に挑む
決闘をした翌日から、私は学校で一人になった。
クローディアが近づいてくることはなくなり、陰口や面と向かっての罵倒もなくなった。
ひそひそと話はされるけど、悪口を言われているわけではないようだ。
どちらかというと学校で批判の的になったのはクローディアの方で、模擬戦で私に負けたことで、これまでの彼女の傍若無人なやり方が非難されるようになっていた。
また、生徒たちの間では魔塔の推薦をクローディアが勝ち取るだろうと思われていたし、彼女も疑っていなかった。
それを私が横からかっさらってしまったことも拍車をかけているようだ。
彼女はこれまで威張り散らしていたのに、今では見る影もなく教室の中央で縮こまっている。
時折私の方を睨んでくるものの、ちらりと視線を向ければすぐに反らされる。
クローディアに対して特に思うところはない。正直、自業自得だ。
そしてもう一つ変わったのは両親のこと。
あれだけ私に興味がなかったのに、魔塔の推薦者に選ばれたと学校から家に通知があった途端、手のひらを返した。
今ではお父様とお母様から頻繁に手紙が届く。内容は私を褒めたたえるものが大半だ。
要は、昔に戻ったわけである。
今更態度を変えられても、長い間無視をされていたことはよく覚えているので、喜んだりはしない。
昔はお父様やお母様からの愛が欲しいなと思っていたのに、いざ貰うと要らないなんて。
この一年で私も変わったということだろう。
そしてそんな変化の日々を過ごしていたある日のこと。
私は事前に指定されていた通り、魔塔へと足を運んでいた。
今日は魔塔への推薦の日だ。
今は控室で待っているところ。
私の他にも推薦を受けている人が、少ないものの何人かいる。
一人、また一人と呼ばれるが、彼らが帰ってくることはない。
「続いてムゥ・アスガルドさん、いらっしゃいますか?」
「はい」
呼ばれたので返事をして立ち上がる。
それと同時に待っていた人達が私の方を見てきたけど、家名がちょっと有名だからだろう。
呼びに来た人に続いて廊下を歩く。しばらくして、大きな扉の前へ。
「こちらの中で試験官の方たちがお待ちです。頑張ってください」
「はい」
案内してくれた人にお礼を言い、扉を開けて中へ足を踏み入れる。
外に続いていたらしく、目の前には大きな広場、遠くには巨大な的。
そして横に、数人の試験官が並んでいた。
「名前を」
「ムゥ・アスガルド」
「うむ……それでは試験を開始する。魔法の実力を見たいので、あの的に自身の最高の魔法を放つように」
試験官達の真ん中に立っていた一人の言葉を聞いて頷き、白線が引かれているのでそちらへ向かう。
エンデーの教室にも白線が引かれていたな、と思い出して、少しだけ口角が上がった。
白線の上に立ち、考える。
校長やクロエ先生はフレイムラインを使えば絶対に合格と言われた。
しかし、エンデーと一緒に考えた魔法はあんなものではない。
ここで見せるなら、私たちの集大成。
大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせ、魔法式の詠唱を開始する。
もう何度も唱えているのに、一語一語しっかりと発声して気合を入れていく。
そして右手を前に突き出し。
「『トールハンマー』」
魔法を発動。的中心として、地面に円を描くような電流が走る。
それが範囲を決めると同時に、縁から伸びた電撃が的を拘束するように絡みついた。
天空が、落ちる。 自然落下よりも速く、振り下ろすように空が落ちてくる。
否、雷が点ではなく面で落ちる。
まっすぐに空から落ちた雷の面は、まるで天からの槌の如く的を轟音と共に飲み込んだ。吹き荒れる風を感じながら、私は目を輝かせる。
エンデーの教室でやった時よりも威力が高くなっている。
やっぱり私はまだまだ強くなれる。
もっともっと、強い魔法が使える。
どんどん、戻れ――。
「な、なんという……」
聞こえた呟きで、私ははっとした。
『トールハンマー』の威力に見惚れていたようだ。
けれど試験官達の方を見てみれば、それは彼らも同じだったらしい。
全員が全員、唖然としている。
その中で一番先に我に返ったのは、真ん中に立っていた試験官のお爺ちゃんだった。
彼は慌てて私の元へと近寄ってくる。その姿に、以前の校長先生の影を見た。
「き、君……い、今の魔法はなんだ?」
「? トールハンマー……」
「そうではない、魔法式が違うではないか!」
学校での模擬戦の時は誰も私のフレイムラインの魔法式に気づかなかったが、ここは魔法使いの総本山、魔塔。
そこの試験官ともなれば気づかれて当然だろう。
「改良した、魔法式」
「魔法式の改良……だがあそこまで変えてしまっては……」
「私しか、使えない」
「な、なるほど……だがあの威力……」
正直に答えると、目の前のお爺ちゃんは的の方を凝視した。
そこには根元から折れてしまった魔法の的が地面に無惨に転がっている。
今更だが、壊してしまって怒られないだろうか。
エンデーの教室の魔法の的を直すときも、イッテツ様でないとダメだと言われていた。
それこそ莫大な金額を請求されたり……。
少し不安になっていると、お爺ちゃんは私の方に向き直り、そして真剣な目で見てきた。
「どこでその力を得た? 誰から教わった? 親か? 確かに君の家名のアスガルドは今も助教授の補佐だが……」
「誰から……違う」
得たわけでも、教わったわけでもない。
一緒に、作り上げたんだ。
ねえエンデー? エンデーは自身のことを凡人だって言っていたよね。
でもね。
私にとっては、もう先がない地獄のような時に助けてくれて、そして一緒に階段を上がってくれた、大切な人だよ。
だから。
「英雄と、一緒に」
エンデーは、私の英雄だ。
そんな思いと一緒に、お爺ちゃんの質問に答えた。
「……ふむ、よく分からんがまあいい。ムゥ・アスガルド……君を合格とする。異論のあるものは?」
お爺ちゃんには伝わらなかったみたいだけど、彼はまあいいと言わんばかりに振り返って後ろの試験官達に問いかける。
誰も否定的な意見を言う人はいなくて、全員が全員頷いた。
とりあえずこれで魔塔の生徒になることはできたらしい。
冒険者になるための第一歩どころか、二三歩前に進めた。
「よし……同時に、この者を魔塔の助教授候補に任じたい。これに異論のあるものは?」
……は?
お爺ちゃんの言葉に、私は絶句する。
「待ってくださいライオット教授……確かに彼女の魔法は凄まじい威力でした。ですが急に助教授候補だなんて……」
「ほう? ナインズ教授は反対かね? ならば君は、この子以上の魔法が放てると? しかも息切れ一つ起こさずに、だ」
「それは……」
目の前で話を繰り広げるお爺ちゃんと試験官のお姉さん。
その会話を聞きつつも、私は別のことが気になっていた。
今、この二人はライオット教授、ナインズ教授と呼び合っただろうか。
(勇者と……準勇者……)
世界でも指折りの実力を持つ者の称号、勇者。
そしてそこには及ばなくても、それに準ずる者の称号、準勇者。
その称号を持つ人達が目の前にいる。
勇者にして魔塔の長、ヴァンディ・ライオット。
準勇者にして魔塔の水の学科教授、ティア・ナインズ。
勇者や準勇者の登場には驚いたが、それ以上にまさか今まで話していたお爺ちゃんが魔塔の長だとは思ってもいなかった。
「……私は賛成です。今の魔法を見て、魔法式が全く理解できなかった。……言い方は悪いが、彼女は真っ先に囲うべきです」
「……クロムキャスト教授まで」
「まあ良いではないか、後見としてしばらくは儂が面倒を見よう。ただこの様子ならば、彼女は本当にすぐに助教授へなるだろうがの」
どうやら、よく分からないものの、私は魔塔の助教授候補にまでなってしまったらしい。
最初は冒険者になるはずだったのに、大きな路線変更。
とはいえ、それ自体は悪いことじゃない。
(……ひょっとしたら冒険者よりも魔塔の助教授の方が給料が高かったりしないかな)
それならそれで構わない。エンデーの教室にお金を送れれば、それでいいから。
それにイヴという人が冒険者で名を上げるなら、私は魔塔の助教授としてあげるのも悪くない。
「良いかね? ムゥくん」
お爺ちゃん……いや、ライオット教授の問いかけに、私は頷いた。
この後、私はすぐに魔塔の助教授に任じられることになる。
エンデーと一緒に開発した魔法たちは私を地獄から助け出すどころか、新しい世界へと連れて行ってくれたのである。




