第37話 ムゥは母国へと戻る
魔馬車に乗り、ようやくマルク・マギカの実家へと帰ってきた。
約1年も家を空けてしまったけれど、もう居場所が無かったりしないだろうか。
まあ、無かったらなかったで適当にどこか行くからいいんだけど。
そう思いつつ、私は扉を開けて中へ入る。
するとたまたま近くを通りかかった執事さんが私に気づいた。
「お、お嬢様!? お、おかえりなさいませ」
「ただいま」
「旦那様が、お嬢様が帰ってきたら部屋に通すように、と仰せです」
「うん」
頭を下げて去っていく執事さん。
1年近くもいなかった人が急に帰ってきたらびっくりするか、と思いつつ、私はお父様の部屋へと向かう。
久しぶりに訪れた我が家だけど、特に変わったところはないなぁ、と思いながら歩いていると、いつの間にかお父様の部屋の前へ。
ノックをすると、中から声が聞こえたので名前を告げる。
すると入れと言われたので、扉を開けて中へと入った。
お父様は執務机に座って何やら仕事をしているようだった。
「帰ったか、まったく……だがこれで分かっただろう? 家出などしても意味がないと」
どうやら探さなかったのはそのうち音を上げて帰ってくるからだと思っていたらしい。
実際こうして帰ってきてはいるので、何も言わずにじっとお父様の言葉を待つ。
「これに懲りたら、しばらくは勝手なことはするな。少なくとも学校卒業までは面倒を見てやる……その後は知らんがな」
「……ありがとう、ございます」
学校にもまだ籍はあるようだ。
エンデーとの約束では学校を出るのは絶対条件だったから、助かった。
内心で、ほっと胸を撫でおろした。
お父様に頭を下げた後、部屋から退出して今度は自室へ向かう。
途中私の方を見てひそひそと話をするメイド達を無視して自室へ。
扉を開けば、家出前とまったく変わらない部屋が迎えてくれた。
どうやら不在の間、メイド達は掃除をしてくれていたらしい。
ただ部屋を見ても、どうも自分の部屋だとしっくりは来なかった。
「……うーん」
呻いた後に扉を閉じてベッドへ。
そこに腰かけて感触を確かめながら手のひらで撫でるものの、何かが違う。
「……エンデー……いい」
エンデーの家で使わせてもらった部屋のベッドや、エンデーの部屋のベッド。
それらはこのベッドに比べれば安物で、そこまで良い材質で作られていないと思う。
でも私にとっては、あっちの方が遥かに輝いて見えた。
「…………」
部屋を見渡す。幼い頃から与えられているやや広い部屋で、家具も多い。
でも、どうもしっくりこない。
私が半年以上過ごしたエンデーの家の方が、やっぱり色濃く見える。
「……暗い」
立ち上がって、灯りをつける。
明るくなった部屋は家具が多いけれど、少し冷たく思えた。
どれだけ良いものが置かれていても、ここには人の温かさがない。
だからエンデーの家の方が魅力的に感じるのかな、なんて思ったりした。
エンデーとの約束「マルク・マギカで名を轟かせる」を果たすために、どうしようかをずっと魔馬車の中で考えていた。
そして進路として考えたことは、学校を卒業した後に冒険者になるということだった。
エンデーも冒険者だったし、聞いた話では私の前の教え子も冒険者になったらしい。
『イヴはすげえからな。もう一級冒険者で、結構金入れてくれるんだぜ』
いつかエンデーが言っていた言葉を思い出して、少しだけムッとする。
私が寝泊まりした客室もイヴという人のお金で作ったものらしい。
思い出の場所である教室や家を、エンデーならともかく他の人のお金で変えられるのは少し嫌な気分だ。
だからイヴを越える冒険者になって、彼女以上のお金を教室に入れる。
私の思い出の場所として、もっと凄くする。そう決めた。
それに冒険者を志せば、エンデーにまた教えてもらえるのも志した理由だったりする。
冒険者になるなら、学校を卒業しているというのは大きなメリットだ。
マルク・マギカでは学校を卒業しているだけでそれなりに難しい依頼や、高い階級から始められるから。
そんなわけで私は約1年ぶりに学校を訪れたわけだけど。
「一年もいなかったくせに急に帰ってきて……あなたの居場所があると思っているんですの? ご病気さん」
登校してすぐにクローディアに絡まれた。
私の姿を見つけた彼女は、まるで弱い魔物が魔石を咥えてやってきたかの如く目を輝かせて寄ってきた。
そして開口一番に罵倒を浴びせてきたのである。
「…………」
「ちょっと、無視するとはいい度胸ではないですか!?」
うるさいから無視をしていると、バンッと机を叩かれた。
大きな音に少し驚くと、気を良くしたのかニヤニヤ笑いながら座っている私を見下ろしてくる。
「居場所ないって、そう言いましたわよね?」
なぜたかが一学友であるクローディアに居場所を決められなければならないのか。
本気で分からなくて、私は首を傾げて返した。
「先生、復学、認めた」
「ええ、先生は認めましたわ。ですが私は認めていません。というか迷惑ですの。どうせ長期間休むなら、そのまま消えれば良かったでしょう」
「必要」
「……はんっ、何が必要ですか。長い間逃げて、いまさら帰ってきて」
「強くなった」
「……はあ?」
私の言葉に、クローディアは心底人を馬鹿にする目で見てくる。
じっと私を睨みつけた彼女は、やがてぷっ、と吹き出した。
「あははははははっ、皆さん聞きまして? まさかあの……あの病人が……強くなったですって……ふふふふっ……あぁ、今年に入ってから一番笑いましたわ。あなた、魔法使いよりも芸者の方が向いているのではなくて?」
目じりを指で擦るクローディアをじっと見ていると、彼女は何かを閃いたように手のひらに拳を下ろした。
「そうですわ。それなら、強くなったというムゥさんを私が見てさしあげます。模擬戦をしましょう。病人がどれだけ強くなったのか、皆さんにも見てもらいましょうね」
クスクスと笑うクローディアに対して、私はため息を吐いた。
ただまあ、一度なら付き合ってもいいかと思い、頷く。
「了解」
「クスクス、楽しみですわね。では放課後、中央広場でやりましょうか」
嫌な笑みを浮かべたクローディアは上機嫌で自らの席へ帰っていった。
その日は放課後まで、授業をただ受けるだけの退屈な日々を過ごした。
授業の内容は既に知っていることで、以前は苦労していたのにあっさりと理解してしまった。
やっぱりエンデーの教室と家は私の中で色濃い場所だと、そう感じた。




