第36話 魔法少女の卒業
「な、なんだこれは……」
数日後、俺の家へ来てくれたイッテツさんは無惨に破壊された玄関の扉を見て呟いた。
まるで悪夢でも見たかのように目を見開いて玄関を見ていたイッテツさんは、俺の方へ向き直ると胸倉を掴んでくる。
「お前さん、俺の作った家になにしてやがる?」
血走った目で俺を揺らしてくるイッテツ様、怖い。
「ち、違……これには訳が……」
「魔法の実験台にでもしやがったか? おお? 正直に言え」
「……俺じゃねえ、そこのクソガキがやった」
あまりの恐ろしさに、白状。
あっさりと味方を売ると、横で俺とイッテツ様のやり取りを震えながら見ていたムゥが目を見開く。
「エ、エンデー!? なぜ!?」
「いや、事実だし」
「鬼!」
よくよく考えると俺は家を壊され、これから金を出す被害者である。
なぜムゥを庇わなければならないのか。つーか鬼ってなんだ鬼って。
「小娘ぇ!!」
「ひぅっ!!」
イッテツ様に胸倉を掴まれたムゥは情けない悲鳴を上げて震え上がる。
「お前さんが……お前さんが俺の作った家をこんな風に……」
「あうぅ……ごめんなさい……」
身体をガクガク揺らされ、反省して謝罪するクソガキ。
ただイッテツ様も女で小柄のムゥ相手に本気では怒れないようで、少し力を抜いている。
少ししてムゥから手を離したイッテツは俺を睨みつけるように見た。
「そもそも、お前さんがちゃんと見ていれば俺の作った家の玄関がこんな姿にならなかったんじゃねえのか?」
「おっしゃる通りで、ぐうの音も出ねえ。イッテツさん、悪い」
実際ムゥの一件に関しては俺の監督責任もある。
素直に非を認めると、イッテツ様はイッテツさんに戻り、大きくため息を吐いた。
「……仕方ねえ、すぐに直してやる。次はねえぞ」
「イッテツさん、ありがとう!」
やっぱりイッテツさんは頼りになるぜ、と再認識した。
「イッテツ様……怖い……」
一方で、ムゥはイッテツさんに苦手意識ができたようだった。
ムゥが魔法を暴走させたあの日を境に、彼女の魔法力はさらに伸びた。
無理をしなくなったこともそうだが、共に魔法式を改良するようになったのも大きい。
今となっては一日のほとんどの時間を一緒に過ごすし、夜は俺の部屋でムゥが寝ることすら多かった。
これまでは役割分担だったが、今では全ての作業を共同でやっているようなもの。
そしてこれが、ムゥの成長にこれ以上はないほど貢献した。
ある日、俺とムゥは教室の裏手にある広場に来ていた。
俺たちの他に、今日はイッテツさんもいる。
「『ホール』」
白線に立ち、右手を前に出したムゥが魔法を唱える。
使用したのはAランクの闇魔法『ホール』。
闇で空間を捻じ曲げ、そこにいる存在を消失させる超位魔法だ。もちろん俺は使えない。
ただ魔法式の改良には協力したために、見るのは初めてではない。
ムゥの呼びかけに応じて闇が的の近くへと集まる。
やがてその場に真っ黒な球体が出現し、周りを吸い込むようにして大きくなっていく。
ムゥが制御しているために的程度の大きさで成長は止まったが、実際にはもっと巨大化させることも可能だ。
「…………」
ゆっくりと、ムゥが広げた手のひらを閉じる。
闇の球体はそれに呼応してふっ、とかき消え、後には何も残らなかった。
もとからあった的は、棒だけを残して消失してしまっている。
「とまあこんな感じで、的が無くなっちまうんだよ……」
イッテツさんに魔法の的を直して欲しいと頼んだ時、また怒られた。
ただこれは耐久度の方に問題があると告げると、イッテツさんは「なら見せてみろ」と激怒。
なのでムゥに魔法を使ってもらったわけだ。
ちなみに破壊された的の一つ奥の的も、えぐれたように削れている。
「なっ……なっ……」
半信半疑だったイッテツさんはムゥの魔法を見て、わなわなと震えていた。
「お、お前さん……そんなすごい魔法使いだったのか……」
「?」
ムゥは首を傾げるだけで、答えようとしない。
というよりも、少し瞳に脅えが混じっている。イッテツさんのことは変わらず苦手なようだ。
「だがまあ、これでは的が壊れるのも無理はない……よし、今回はサービスで直してやろう。しかももっと耐久度を上げてやる」
「え? いいのか?」
「良いもんを見せてもらったからなぁ……それにしてもまさかお前さんに、こんな逸材を生み出すほどの教師の才能があったとはなぁ」
「こいつに関しては、完全にこいつ自身の才能だがな」
実際、ムゥに対して教師らしいことはあまりしていない。
一緒になって魔法式を弄繰り回していただけだ。だから教師として褒められると少し微妙ではある。
「……それじゃ、俺は一旦工房に戻る。材料やらなんやら取りに行かんといかんからな」
「ああ、頼むよイッテツさん」
「おうよ」
イッテツさんは用事が終わったとばかりに踵を返して戻っていく。
その背中が相変わらずカッコよくて、職人ってのはいいなぁ、と思ったくらいだ。
「さて」
気を取り直して振り返れば、ムゥはすぐ近くまで来ていた。
「お前は本当にすごいな。もうAランクの魔法まで使えるようになって……本当に、すげえよ」
「ありがとう、エンデー、お陰」
「そう言ってくれるのはありがたいがな、お前の頑張りの成果だ。この調子ならA+とか、ひょっとしたらあるのか分からねえその上とかも習得できるのかもな」
今後の明るい展望を考えて言ってみると、ムゥは頷いた。
「うん、できる。あるの、分かる」
「あ? ……さすがはムゥだな、もう見えてるってことか」
魔法に関して天才のムゥだからこそ、その未来も捉えているということだろう。
本当、羨ましいを通り越して恐ろしい才能だ。
ふっと笑って、ムゥをまっすぐに見る。
ここに来てからまだ半年程度の短い期間しか経っていない。
それなのに、ムゥは見違えるほどになった。
さまざまな魔法が使えるようになり、俺以上の高みにあっさりと足を踏み入れた。
その鬼才ともいえる才覚を、存分に見せてくれた。
「ムゥ、お前、マルク・マギカに帰れ」
だからもう、俺が教えられることは無い。卒業の時だ。
「……でも」
「お前自身分かってんだろ。もうどこにいてもこれから先成長できるって。だったらお前がいるべきはここじゃねえ。どうせなら、魔法の実力で今まで馬鹿にしてきた連中でも見返してやれ。それこそ学校を首席で卒業して、一流の冒険者や魔塔の教授にでもなってくれや。応援してる」
「……うん……そう、だね」
予想していたのか、ムゥはあっさりと受け入れてくれた。
ただその表情には、少しの寂しさが見てとれた。
「……今回は魔法ばっかりだったからな。もし学校を卒業後に冒険者になるなら、また来い。その時は今度こそ教師として色々冒険者のイロハを教えてやるよ。魔法で有名になるなら教えられることはもうないが、冒険者ならまだ少しはあるからな」
笑ってそう告げると、ムゥはフルフルと首を横に振った。
「エンデー、先生」
「……そうか」
ムゥがそう思ってくれているなら、それでいい。
彼女のような天才に先生と呼ばれるのは気分がいいしな。
ムゥは目を瞑った後に俺の元へ寄ってきて、自らの手を胸の前へもっていく。
そこで少し逡巡した後で、俺に抱きついてきた。
「っ、お、おい?」
「私、マルク・マギカで有名になる。名前を轟かせる」
聞こえたのは、いつもとは違う彼女の話し方。そして、少し涙ぐんだ声。
「エンデーの教え子が誰よりも魔法に秀でていることを証明する。エンデーは自分が凡人だって言ってたけど、私を天才にしてくれたのはエンデーなんだよ。だから証明するの。エンデーは凡人じゃない、私を天才にしてくれた最高の先生だって」
「……そっか」
最初に会ったときはパンを強請ってきたあのムゥが言ってくれた言葉に、胸が熱くなった。
「期待しているぞ、ムゥ。あ、忘れずに教室に金を入れてくれよな」
「……台無し」
「今更取り繕うこともねえだろ」
俺から離れたムゥはジト目で睨みつけるようにそう言ったが、少ししてから微笑んだ。
それにつられて、俺もまた笑った。
二人そろってひとしきり笑った後で、俺は最後と言わんばかりにムゥを見つめる。
「ムゥ・アスガルド、行ってこい。元気でな」
「うん、エンデーも、元気で」
お互いに頷き合い、ムゥは教室から去っていく。
その小さな、けれどしっかりとした背中を見ながら俺は頷いた。
木々の間からこぼれる日の光がムゥを照らしていて、それが彼女の未来を暗示しているようだった。
ムゥ・アスガルド、卒業。




