第34話 ムゥの大失敗
目を覚ます。
視界に見慣れた天井が入ってきて、そういえば倒れたんだった、と思い出した。
「エンデー?」
返事はない。
上半身を起こすと、少しだけ視界がぼやけるものの、頭痛や熱っぽい感じはなかった。
自分で額に手を当てるも、熱いとは思えない。
「ん」
普段使っているベッドから降りると、ひんやりとした感触が足の裏に伝わる。
立ち上がってみると、いつものようになんの問題もなく立てた。
「エンデー」
名前を呼び、同居人を探しに部屋から出る。
すぐ向かいにあるエンデーの私室をノックするも、返事はない。
扉をゆっくりと開けたが、中には誰も居なかった。
「?」
扉を閉めて、今度は居間への扉を開ける。
けれどこっちにもエンデーの姿はなかった。
「外出?」
念のために外も確認してみようと思ったところで、私の椅子の背もたれにかけられた外套に目がいく。
そういえば、昨日帰ってきてかけたままだった。
少し寒さを感じたのでそれを羽織り、玄関へ。
扉を開けて外に出るも、やっぱり同居人の姿はない。
念のため裏にも回ったけれど、こちらも人影はなかった。
「街?」
どうやら寝ている間に、エンデーは私一人を置いていってしまったらしい。
なんて奴だ。と、心の中で悪態をついた。
「……うーん」
それならエンデーを探すのは諦めて、私は自分のことをしよう。
昨日徹夜で考えていた風の魔法を、丁度試したいと思っていたところだ。
「~~~~」
考えた魔法式を唱え、魔法を発動。
発動したのは風の魔法『トルネード』、竜巻を起こし、内部の敵を切り刻むものだ。
ランクはBで、エンデーが改良してくれた式を私が微調整したものになる。
魔法は発動し、教室の裏にやや大きな竜巻が巻き起こる。
威力的には悪くないけれど、何か足りない気がする。
もっと良くできそうな、そんな気がする。
私は魔法を止め、懐から紙とペンを取り出す。
書かれた『トルネード』の魔法式を確認して、その一部を修正。
直した魔法式を唱えて、再び魔法を放った。
「うーん」
今回も魔法は発動したものの、やっぱりどこか不足を感じる。
魔法を消して、再び修正。そして魔法式を唱えてまた発動。
「……弱く、なった」
残念ながら失敗したらしく、規模が小さくなった竜巻を見て落胆した。
魔法を止めて、また紙にペン入れ。
魔法式をさっきのものに戻して、確認のために発動すれば、規模も元に戻った。
その後も、修正を重ねる。
「……ダメ」
修正。
「ダメ」
修正。
「また、ダメ」
修正に修正を重ねるものの、中々成功しない。
ため息を吐き、再度の修正。大幅に変更し、魔法式を唱える。
「これで」
少し気合を入れたため、やや大きな竜巻が展開した。
一部成功だけど、それでもあと少し、何かが足りない。
何が足りないんだろう。そう思ったとき。
「っ!?」
視界が歪み、頭に鋭い痛みが走った。
突然の激痛に頭を抑えたのは無意識。
もちろん、発動している魔法に魔力を必要以上に注いでしまったのも無意識だった。
「あっ……」
気づいたときには、竜巻はさらに大きさを増していた。
巨大な竜巻が、側にいた私をも飲み込もうと迫る。
何とかしなきゃと思うけど、制御のために手のひらを向ける猶予もなかった。
もう、風の刃の集合体は眼前に迫っていて、すぐに私を斬り刻むだろう。
まずい。本当にまずい。そう思い、ぎゅっと目を瞑った。
この後来る衝撃から、目を背けたかった。
「馬鹿野郎!!」
聞こえたのは同居人の怒鳴り声。
身体に走ったのは、温かさと後ろに押される感覚。
そして背中に走った衝撃で地面に突き飛ばされたことを知った私は、目を開いた。
「馬鹿野郎が……あんだけ休んでろって……言っただろうが……」
「エン……デー?」
私を守ってくれたのは、エンデーだった。
「クソガキが……大人しく……寝てろ……」
そう言ったエンデーはうつ伏せのままで私の上に倒れる。
思わず手で彼の背中に触れて、生暖かい感触を覚えた。
手を放してもその感触は消えなくて。ゆっくりとそれをこちらに向けて。
手のひらは、彼の背中から流れた血で、真っ赤だった。
「あ……ああ……」
私が……私がエンデーの言うことを守らなかったから。
「いや……いやっ!」
エンデーの下から抜け出し、彼の背中を見る。
傷だらけで血まみれの背中が飛び込んできて、血の気が引いた。
全身の血が凍ったみたいになった。
「ダメ……ダメッ!」
必死に回復魔法をエンデーにかける。かけ続ける。
背中の傷はすぐに塞がるけれど、血は流れたままで、エンデーは目覚めない。
このままじゃマズイかもしれない、最悪の展開すら頭を過った。
「絶対……そんなのダメっ!」
叫び、私はエンデーの腕を掴むけれど、私の力では両腕で持ち上げることなんてできない。
だから私はエンデーの下に入り込んで彼の腕を自分の肩に回し、全身に力を入れた。
「お願い……お願い持ち上がって……お願いっ」
歯を食いしばり、足腰に力を入れる。
身体が重さに悲鳴を上げるも、無視した。
うるさい、うるさい、無理でもやるんだ。やるんだ。
「うああああああっ!」
叫び声をあげ、膝が少し伸びる。視界が、高くなる。
やった、持ち上がった。あとはこのまま、家の中へ。
一歩、また一歩を進む。
早く、早く家の中へ。
裏手の扉を目指し、私は一歩、また一歩進む。
でもその途中に、裏手の勝手口は頑丈に鍵がかかっていることを思い出した。
エンデーを助けるためには、表に回らないといけない。
「だからなんだ……少しくらい……頑張れるっ!」
一歩、一歩、進む。
さっきも歩いたほんのわずかな距離が、今は果てしない長さに感じられた。
進め、進め。自分に何度も命令し、家の壁を回る。
足に疲労がたまり、熱くなる。腰もひりひりする。
でも止まることなく、家の壁に沿って進み続ける。
早く、早く……。頭の中でそれだけを考え、奥歯を食いしばり、ただ足を動かすだけの存在と化す。
また角を曲がり、ようやく家の入口が見えてくる。
諦めることなく歩を進め、玄関へ。
「あっ……」
そこで気づく。この玄関は、外側に開く形だと。
両手が塞がっている今、開けられないと。
でも、それなら。
「い……って」
無詠唱で魔法を発動。風の玉にて、玄関の扉ごと吹き飛ばす。
音を立てて、道を妨げるものはなくなった。
もう、あと少し。
家に上がり、廊下を進む。
エンデーの部屋はすぐそこ。だから扉を体当たりで開いて、中へ入る。
そしてベッドの側まで歩いて、倒れ込んだ。
「うぐっ……」
重い。エンデーに潰されて、私はカエルのような声を出してしまう。
それでも何とか彼の下から抜け出し、ベッドに登って彼をベッドの上に引っ張り上げた。
時間はかかったけれど、なんとか成し遂げた。
「……やった」
ベッドに横向きで横になるエンデーを見て、私の中には今までにはない達成感があった。
どんな魔法を成功させた時よりも嬉しかった。
ふらふらする足取りで部屋の扉を閉めて、エンデーの元へと戻る。
ベッドに登り、彼の身体に手で触れた。
温かさを、感じた。
「よかった……よかった……」
そう思い、私は効果があるか分からないけれど回復魔法を発動した。
ただずっと、意識を失うまでかけ続けた。




