第32話 難航し始めた魔法式改良
「……エンデー、熟練度、Bになった」
順調にムゥの魔法式の改良が進んでいたある日のこと、俺の部屋にやってきたムゥの言葉に、ついにこの日が来たか、と思った。
「火の魔法か?」
「うん」
「……そうか」
ムゥの得意な魔法は火、雷、闇。
それらは全て熟練度がCに達していて、さらに上がるのは時間の問題だとは思っていた。
Cの上はB、B+、Aといった具合に上がっていく。
そして俺の魔法の熟練度は、Cだ。
つまりここから先は、新たな段階へと足を踏み入れることになる。
「……中に入れ、少し話すぞ」
「うん?」
ムゥは首を傾げるが、扉を開けきれば中へ入ってきた。
さっきまで魔法式を確認していた作業机に俺は向かい、椅子の方向を変えて座る。
ムゥもそれを見て、近くのベッドに腰掛けた。
「いつかこの日が来ると思っていたが、早かったな。本当、魔法に関しては天才だな」
「ふふん」
「ただ……以前も言ったが、俺は魔法の熟練度がCで止まってる。だからその上のBやB+の魔法は使えねえんだ。当然使えない魔法式の改良だってしていねえ」
「ここで、終わり?」
ムゥの当然の質問に、俺は首を横に振った。
「いや、まだだ。出来ないならやりゃあいい。俺は使えなくてもお前は使える。だから、俺の方で引き続き魔法式の改良を行う。やることは変わんねえよ。ただまあ、俺の負担は大きくなるが、仕方ねえことだ」
諦めるつもりはなかった。
それにBランクの魔法は使えなくても、魔法式の改良までは考えたことがある。
それでも使えなくて、流石にその上のB+ランクやAランクの魔法は手つかずだが。
「……大丈夫?」
「問題ねえよ。とりあえず俺はBランクの火魔法を改良する。少し時間をくれ。その間、お前は別の……まだCランクの属性の魔法を改良したり、熟練度上げに勤しんでくれ」
「……私、やる」
「あ?」
「魔法改良、私も、やる」
「お前もか?」
尋ねると、ムゥは頷いた。
「一人より、二人」
「……まあそうだがよ。お前は色々とやることがあるだろ。大丈夫か?」
実際に魔法を習得しているわけじゃない俺に比べて、ムゥは既に多くの時間を魔法式の改良に使っている。
さっきはムゥに大丈夫と言われたが、それは俺も同じことを思っている。
今だって、ムゥの目の下にはクマがうっすらとできているくらいだ。
「問題ない」
「なら一緒に考えるか……そうだな」
机から魔導書を手に取り、ページをめくる。
そこから丁度いいと思ったBランクの火魔法『フレイムランス』を見つけ出した。
「こいつにするか。どうだ?」
本を差し出すと、それを手に取ってムゥは頷いた。
「ん、了解」
返されたので、フレイムランスの一般的な魔法式を紙に映す。
作業が終わった後に、本を閉じてムゥへ手渡した。
そういえばと思い出し、不意にムゥへ尋ねる。
「Bランクならともかく、B+やAを考えると、ここら辺の魔物じゃ中々上がんねえだろ。
ユトニアやロゼリアに少しだけ移動して魔物を狩ってもいいが、どうする?」
魔法も戦技と同じように、熟練度が上がるにつれて、弱い魔物だと上がりにくくなる。
だからここより強い魔物が出るユトニア領やロゼリア領を提案したが、ムゥは首を横に振った。
「いい、多分、大丈夫」
「あ? そうなのか?」
「うん、魔物、多分関係ない」
「……?」
言っている意味がよく分からないが、ムゥの目はそれを確信しているようにまっすぐだった。
魔法に関して天才的なムゥだからこそ、一般人の俺とは見えているものが違うのかもしれない。
「まあ、お前がそう言うなら……」
「うん、ありがとう。部屋、戻る」
「ああ、あんまりやりすぎんなよ」
「こっちの台詞」
ベッドを立ち上がるムゥにそう声をかければ、彼女はふっ、と口角を上げた。
そしてそのまま部屋を出ていく。
音を立てて閉じた扉を見ながら、思わずつぶやいた。
「なんつーか、生徒ってよりも悪友って感じだよなぁ」
ここ数か月で指導らしい指導をしていないから当然ではあるのだが、ムゥは教え子というよりも一緒に協力する仲間という感じが強かった。
それは悪いことではないが、少し新鮮に感じる。
大きく息を吐いて、机と向き合う。
今まで扱ってこなかった、俺も使えない上位の魔法。
その改良に、踏み出した。
上位魔法の改良は思った以上に難航した。
魔法が使える使えない、という違いはかなり大きく、特に考えた魔法式が本当に効率的かどうかを試せないのが痛かった。
数ある考えた改善案の中からこれじゃないかと思ったものをムゥに使ってもらったが、逆にこれじゃないと思ったものが本当に非効率的なのかどうか。
ムゥはムゥで独自に魔法式を考えているので、俺が考えた全ての案を確認する時間なんてものはなかった。
俺も魔法を使えればこんな悩みを持つ必要はないのだが、今ばかりは自分が凡人であることを恨んだ。
「……くそっ」
私室で俺は作業机に肘をつき、悪態をつく。時間帯はもう深夜。
最近はほぼ一日中取り組んでいるが、それでも魔法式の改良はあまり進んでいない。
Cランクまでは順調だったムゥの魔法式改良ペースが、Bランクに入ってからかなり落ちた。
しかも悩みの種はそれだけではない。
「あいつはもっと行けるはずなのによぉ……」
俺一人では手が回りきらないために、ムゥも協力して魔法式の改良を行ってくれている。
その分ムゥの負担は約二倍になり、その結果熟練度上げのペースを下げざるを得なかった。
ムゥは既にほとんどの魔法属性がBランクに到達しているが、得意な属性である火、雷、闇に関してもBのままだ。
それが、「本当はB+ランクに上げられるのに意図的にしていない」というのが分かるからこそ、歯がゆかった。
天才の足を引っ張っている凡人の自分という構図に、嫌気がさす。
「ふー」
大きく息を吐き、目を瞑って頭を横に振る。
そして真上に向かって伸びをすれば、背骨がぽきぽきと鳴った。
鈍い痛みも走り、どうやら長いこと下を向きすぎていたからか首も痛い。
あまり根を詰めすぎるのも問題だと思い、気分転換に水でも飲もうと立ち上がった。
廊下に出れば、夜の寒さでひんやりとした床の感触が足の裏に伝わる。
ふとムゥの部屋を見てみれば、扉から光が漏れ出ていた。
「まだ起きてんのか?」
導かれるように光に向かい、扉を軽くノック。
そして静かに扉を開ければ、ムゥが作業机に向かっていた。
「おいムゥ……もう夜も遅いぞ」
小さな背中に声をかけると、ピクリと反応してムゥが身体の向きを半分ほど変える。
「あ、エンデー」
「あんまり無理するなっていっただろ。もう寝ろ」
「……エンデーも」
「俺は良いんだよ。別に魔物を倒すわけでも、魔法を使うわけでもねえしな。でもお前は違う。酷い疲労は最悪の結果を招くこともあるんだから、しっかりと休め」
「……うん、終わったら、休む」
「ほどほどにしろよ」
そう告げて、俺はムゥの部屋の扉を閉めて居間へ向かう。
水を飲んで自室へ戻る途中に見たが、当然ムゥの部屋の灯りはまだついていて。
そしてその後、約一時間ほど作業をして、寝る前に部屋の扉を開けて廊下から確認をした。
それでもまだ、ムゥの部屋の灯りはついているようだった。




