第30話 間章:準一級冒険者イヴ
アーセラス聖国。
依頼を受けて訪れた国で、私は上空より飛来する黒い飛竜の群れと向かい合っていました。
アーセラスは北に世界の四つの危険地帯、『四大魔境』の一つ『超高山地帯』があり、そこから定期的に強力な魔物が下りてくるそうです。
普段はここ、アザゼラ領に在中している「勇者」の称号を持つ特務聖騎士、ガイア・フローという方が対処に当たっているそうなのですが、今回は数が多いということで冒険者にも声がかかっていました。
手っ取り早く冒険者階級を上げて先生の教室に戻りたい私からすれば、都合の良いことです。
直剣を握る右手に力を入れ、魔法の詠唱を開始。
素早く魔法式を唱えれば、風が私を包み、体を持ち上げてくれます。
そのまま空を飛ぶ飛竜に向けて、背中に風を当てることで急上昇。
「っ!」
すれ違いざまに一閃。飛竜の翼を落とした後に、剣を振りかぶり、力の限りに振り下ろします。
剣圧が空気を歪め、風の刃を形成して飛ばす戦技『嵐斬』。
まっすぐに飛んだ三日月状の斬撃は、一体のみならずその後ろを飛んでいた飛竜達を次々と切断。
体の一部を失った怪物達を、ただ落下するだけの存在へと変えました。
その斬撃の横に、急に沸き上がった火の柱。
数々の飛竜を巻き込み、燃やし尽くす火力に、思わず舌を巻くほどでした。
発動したのは「勇者」の称号を持つガイアさんでしょう。
盾のような魔法を展開して飛竜の攻撃から兵士たちを守りつつ、強大な魔法で魔物を倒す。
まさに世界の最上、六人しかいない英雄たる称号「勇者」の持ち主。
私からすれば、英雄たる人物は先生一人なのですが。
「……負けてはいられませんね」
私も直剣を握りしめ、魔法式を唱えて体を包む風を強化して、準備が完了。
黒い飛竜の群れに単騎で突っ込み、剣を振るい、一匹、また一匹と落としていきます。
結局、私はたった一人で飛竜の群れ全体の四割ほどを斬り殺し、依頼以上の成果を挙げたのでした。
「お待ちいただきたい!」
飛竜の群れを倒し、依頼が終わったということで次の依頼へ移ろうとしたところで、背後から声をかけられました。
振り返ると、白銀の重装鎧に身を包んだ一人の聖騎士が立っていました。
「先ほどは本当に助かりました。たった一人であそこまで多くの飛竜を……良ければお名前を伺っても?」
そう尋ねてきたのは、「勇者」の称号を持つ、ガイア・フロー。
先ほどの飛竜退治で、どうやら目立ちすぎたようです。
「……イヴと申します」
名を答えつつも、剣はいつでも抜けるように。
相手が勇者かつアーセラス随一の聖騎士であろうとも、警戒しない理由にはなりません。
「冒険者の方……ですよね? あそこまで強いだなんて……もしや近いうちに「勇者」に選定されるのでしょうか?」
「いえ、そのようなことは。私は階級も準一級ですし……」
「準一級? あれだけの力があれば一級はもちろんのこと、特級でもおかしくないのでは……」
中々嬉しいことを言ってくれます。
「勇者」の称号をもつガイアさんからそう評価してもらえるならば、近いうちに先生の言う一流冒険者になれるでしょう。
笑顔を浮かべると、ガイアさんは思い出したように佇まいを正し、頭を深く下げました。
「伝え遅れましたが、共にアザゼラ領を守っていただき、ありがとうございました。貴女のような方と共に戦えたこと、私の人生の中での大きな誉です」
「……ありがとうございます。それでは私は先を急ぐので」
「はい! お気をつけて!」
どうやら本当にただお礼を言いたいだけだったようで、ガイアさんはその後何かを言ってくるようなことはありませんでした。
近くのギルドに戻った後、マルク・マギカからの依頼を伝えられた私は魔馬車で隣の国へ移動しました。
依頼の手紙の最後には一級への昇格に関する内容も載っていて、これまでの戦績から昇級は確実だそうです。
先生は、一流の冒険者とは一級や特級を指すと手紙で言っていました。
一級は条件を満たす階級ですが、その上には特級があります。
どうせならそこまで到達し、胸を張って先生の元へ帰りたいところです。
もうひと頑張り、といったところでしょう。
ただ、先生の元に急に現れた、ムゥという名前のクソガキについては心配ではあります。
ですが先生からの手紙では、彼女に対して本当に手を焼いているようでした。
先生に迷惑をかけるクソガキに思うところはありますが、入れ込んでいるわけではないようで一安心。
ですが今後を考えると、なるべく早く戻りたいところではあります。
魔馬車に乗って、魔法国のマルク・マギカへ。
依頼内容は、とある山中にある廃墟となった遺跡の調査、および原因の排除です。
周囲の魔物が強くなり始めていたことから異変に気付き、調査したところ遺跡を発見。
偵察のために冒険者パーティが中へと入ったそうですが、帰ってくる人はいなかったとか。
そんな詳細をこちらのギルドの受付嬢から聞き、私は遺跡へと向かいました。
道路が舗装されているところまでは魔馬車で向かい、そこからは徒歩。
遺跡までは中々に距離があるようですが、だからこそ発見が遅れたのでしょう。
林立する木々を何の気はなく眺めながら奥へ。
時折魔物とも遭遇しますが、確かに少し強いような気はしました。
とはいえ、私の敵ではないため、サクサクと倒して奥へと進んでいきます。
「今日はどんな料理に挑戦しましょうか……」
直剣を振るって獣型の魔物の首を撥ね飛ばしながら、夕飯の献立を考えます。
独り立ちをしてからというもの、私は料理に興味を持つようになりました。
先生と一緒に暮らしているときも少しは料理をしましたが、独りになってから考えてしまったのです。
私が作った料理をこれから先もずっと先生に食べてもらえる、そんな未来を。
胸が弾むほどに嬉しいだろうと、そう確信できました。
「……ところで、まさかとは思いますがあのクソガキは料理なんて――」
もし出来たらどうしよう、ひょっとしたら得意でとても美味しい料理が作れたとしたら……いやいやでもそんなわけは……と一抹の不安を感じたとき。
『きゃあああ!!』
『うわぁあああ!』
悲鳴が、耳に届きました。
「!?」
私は弾かれるように叫び声の方へ、直剣を鞘から抜いて、木々の間を駆け抜けます。
全力で走れば、すぐに木々の向こうに光が見えました。
どうやら、少し開けた場所に出るようです。
飛び出すと同時に視界に入ったのは、二つの首を持った獰猛な黒い獣。
そして禍々しい気配を持つ化け物の前で腰を抜かした、四人の女性。
もう獣は前足を振り上げて、女性たちの内の一人を狙っていました。
「伏せなさい!!」
そう叫び、戦技『嵐斬』を発動。
飛ばした風の刃は少女の頭上すれすれを掠り、漆黒の化け物に直撃。
「GyAOOO!!」
苦痛の鳴き声と共に、吹き出した血が大地を赤く染めました。
突然現れた私に攻撃され、黒い獣にできたのは威嚇目的で歯を剥き出しにすることだけ。
けれどそんな威嚇では、少しも効きません。
私は勢いそのままに駆け抜け、直剣を構えて黒い獣の開いた口の中に突き刺しました。
「GuGYAAA!!」
「沈め」
左手を右手首に添え、そのまま剣を肩で持ち上げるようにして振り上げる。
咄嗟に繰り出した剣の振り方ではありましたが、獣の息の根を止めるには威力は十分だったようです。
背中から黒の毛皮を切り裂き、飛び出した剣。
その一撃をもってこの場に急に現れたであろう化け物の身体は傾き、地面に横向きに倒れました。
全く問題のない、無傷での討伐。
「うっ……」
しかし右手を見下ろして私はしまったと、思わず眉に力を入れました。
剣に血が付いたのもそうですが、手首の当たりが少し濡れています。
おそらく、いえ間違いなくさっきの獣の涎でしょう。
少しの気持ち悪さを感じつつ、とりあえず拭こうと、まずは剣を振って血を飛ばし、懐から空いている手で布を取り出しました。
「あ、あのっ! ありがとうございましたっ!」
「え? あ、ああ、いや……」
すっかり忘れていましたが、少し離れた位置で座り込んでいた四人の少女がお礼を言います。
布で剣や腕を拭きつつ振り返り、曖昧な返事を返しました。
流石に悲鳴が聞こえて見捨てるのは寝覚めが悪くなると思って助けましたが、面倒なのでこれ以上あまり関わりたくはなかったのですが。
そんな私の思いは届かず、少女たちは立ち上がって私の元へ駆けてきます。
四人とも全員が頭を下げ、感謝の言葉を述べました。
「本当にありがとうございました……もう、死んじゃうかと……」
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました!」
「すごい剣技でした……とてもお強いんですね」
「あ、あのあの……よ、良ければ少しお話でも……」
四人それぞれの言葉を聞いて、ああ、面倒なことになった、と見えないように遠い目をします。
これ以上話すつもりもなかったので、作り笑いを浮かべて、まだ何か言っている少女たちの声を遮りました。
「ごめんね、依頼で急いでいるの」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「「「ごめんなさい……」」」
「ううん、じゃあ」
そう言って、私は彼女たちの元を離れました。
途中で少女四人というのが勘違いだと気づきましたが、まあもう会わないと思うので別に良いでしょう。
「あ、あのっ! お名前、教えてくださいっ!」
少し離れたところで大声で呼びかけられ、まあ名前なら良いかと思い、振り返って叫ぶ。
「イヴっていうの!」
言った後で、後ろにスカイグラスと付ければ良かったと後悔。
ところで、家名がないから欲しかった、と先生に言えば、事後承諾でも名乗ったのを許してくれるのでは?
もう私の頭の中は先生に関することに切り替わり、片隅にほんの少しだけ依頼のことが残っているだけでした。
だから気づいてはいましたが、気にはしませんでした。
後ろで私のことをじっと見つめていた四人の中の三人の少女達が、熱を帯びた目で私の背中を見ていることには。




