第29話 天才魔法少女は料理ができない
結論から述べると、ムゥは紛れもなく天才だった。
いや、イヴという先例を考えると、どちらかというとそれ以上の鬼才の域に達している。
俺の教室に来てからたった2ヶ月で、習得しているほとんどの属性の魔法を改良してしまったくらいだ。
また、熟練度の伸びも普通じゃなかった。
今は全ての属性の魔法がEランクまで使えるようになり、比較的得意な火、雷、闇はDランクまで届いている。
ただ一方で才能があったのは魔法のみで、他はさっぱりだった。
剣を試しに持たせてみたものの、そもそも満足に振ることすらできない。
最後には「飽きた」と言って手を離してしまったくらいだった。
魔法式を改良する時の驚異的な集中力や、魔法を放つときの凛々しい雰囲気は皆無。
ぼけーっとした表情や目は、一切変わらなかった。
武器を扱うことに関しての才能は間違いなく無い、と言いきれる。
むしろ他の才能を捨ててその分を全て魔法に回して特化している、とも言えるだろう。
「そういや、マルク・マギカの授業ってどんな感じなんだ?」
ある日の夕方、居間で寛いでいた俺は、目の前の席でぼーっとしているムゥに問いかけた。
虚空を見つめていたムゥは無表情のまま俺に視線だけを寄越す。
「教師一人、生徒大勢」
「やっぱり一般的な教室と同じってことなんだな」
「一般的?」
「いや、こっちの話だ。以前マルク・マギカ出身の魔法使いから話を聞いたことがあったが、変わってねえのな」
思い出しながらぼやくと、ムゥはピクリと反応した。
「マルク・マギカ、ある?」
「あ? 行ったことがあるかってことか?」
ムゥは口下手というか、基本的に単語のみで話すことが多い。
数か月の付き合いを経てそれなりに言いたいことを読み取れるようにはなったが、それでもこうしてたまに聞き返すことがあった。
「そう」
こくり、とムゥは頷く。
言葉は足りない印象があり、表情の変化は少ないものの、身振り手振りは多い印象だ。
「あるぞ。依頼で何度かな。ただまあ……あそこは結構内向的な奴が多くてあまり合わねえというか……」
「そう……授業、魔塔、同じ」
「ああ、そうなのか。そいつは魔塔には行ってなかったから、そっちは初めて聞いたな……お前は魔塔に行きたいとか、ないのか?」
魔法に関して研究をし、自らの魔法力を高める施設『魔塔』。
マルク・マギカにある高くそびえる塔は、地球で言うところの大学のような場所らしい。
俺が話を聞いた冒険者はそっちの道を選ばなかったそうだが、優れた実力を持つ魔法使いは進むこともあるとか。
問いかけに対して、ムゥは首を横に振った。
「興味ない」
「そうなのか? 今のお前の魔法の伸びを見るに、入れそうだがな……」
「エンデー、魔塔、入って欲しい?」
「んー」
考えてみる。
魔塔に入ればさらにムゥの実力を伸ばせるだろう。
いやむしろ、あまりにも才能あふれる彼女は逆に教える立場にすらなれるかもしれない。
この世界の魔法の頂きを追求する魔塔の教育者。
それはさぞかし、良い給料がもらえる仕事だろう。
「……金づる」
邪な考えが顔に出ていたのか、ジト目でムゥに睨みつけられてしまった。
一つ、ムゥの指導に関して失敗したことを挙げるとすれば、最初に俺は金にしか興味がない、ということを伝えてしまったことである。
事実ではあるものの、隠しておけばよかったと思うことは多々あった。
「あー、そろそろ夕食の時間か。そろそろお前にも食事を作ってもらおうかな」
「むりやり、話題変更」
「ほら、やるぞ。さっさと来い」
まだ少しうるさかったが、無視してこっちに来るように言えば、ムゥは渋々椅子から立ち上がって俺の後についてくる。
すぐ傍の厨房に移動して、並んだ。
「お前、料理はやったことあるのか?」
「ない」
「……掃除や洗濯教えるときもそうだったが、堂々と言うことじゃねえからな?」
数か月一緒に生活して分かったことだが、ムゥの実家であるアスガルド家はそれなりに裕福な家庭のようだ。
話を聞いてみると父親は魔塔の助教授の補佐をしているのだとか。
流石に領地を持つような貴族ほど良い生活ではないにせよ、執事やメイドが居たということは聞いている。
だから料理の経験もない、ということだろう。
とはいえ掃除、洗濯はできるようになったのだから、料理もできるようになるはず。
そう思ったのだが。
「おい待て、なんで測らずに目分量で入れようとしやがった!」
「? だいたい分かる」
「どう見ても多いだろうが!」
ここに来て、予想外の問題が発生した。
「てめぇ、何入れやがった! なんでシチュー作るのに赤くなってんだよ!」
「隠し味、レッドフルーツ」
「辛いやつ入れる馬鹿がいるか! つーかレシピが紙に書いてあるのに、なんでその通りに作らねえんだ!」
「? 改良、良い」
「良いわけあるか! クソガキ!」
悲報、ムゥ、壊滅的に料理ができない。
丁寧に書いたレシピがあるのに投入する食材は測らず、アレンジも加えようとする。
魔法式の改良が自分でできるからなのか、料理のレシピも変えてしまうらしい。
結果として出来上がったのは、真っ赤なシチューという矛盾の作品だった。
なんだこれ、見ているだけで目が痛くなるんだが。
「……お試だから小さい鍋で作ったが……少し前の俺に賞状を渡してえくらいだ」
「傑作、完成」
「なわけあるか、失敗作だわ!」
「心外、絶対美味しい」
矛盾シチューを作成したムゥは、少しも自らの料理が間違っていると思っていないようだ。
表情は真剣で、目はまっすぐ。
そんな彼女の様子に、俺の中で一つの可能性が浮かび上がった。
(……たまにあるよな? 見た目はヤバいけど実は味は美味しい、みたいな設定)
もはやアニメや漫画の中の話ではあるが、それが過ってしまうくらいムゥには自信があるようだった。
そうだ、こいつは魔法の天才だ、だから料理だって天才かもしれないと、そう思ってしまうくらいには。
恐る恐るスプーンで鍋の矛盾シチューを掬い、意を決して口へ運ぶ。
色合いやにおいが酷いシチューは、実は食べてみると大変美味で……。
「辛っ! クッソ辛っ! そして不味っ!」
あるわけがなかった。
カレーのような辛さならともかく、酸っぱさすら感じる辛さに、後味の悪さ。
一体何をどうすればこんな不味い食事が作れるのかと思うほどに美味しくない。
「ごほっ! ごほっ! 喉に残るんだが……うぇ……」
すぐに側にある水を流し込むものの、それでも中々後味が消えることはない。
余りの不味さに、すこし頭がクラクラしてくるほどだった。
「エンデー、失礼」
「馬鹿野郎っ! お前っ、食ってみろっ!」
思わずスプーンをムゥに突き出し、俺はさらに水を飲む。
それでもまだ後味が消えなくて、気分が悪くなりかけていた。
少しした後にムゥはスプーンを手に取り、鍋から矛盾シチューを掬う。
そしてほんの一瞬だけ動きを止めた後に、口に運んだ。
味わうように、咀嚼している。小さな喉が、動いた。
「美味しい」
「……嘘だろ」
悲報、ムゥさん、馬鹿舌だった。
俺が普段作っている料理も美味しそうに食べているので、大丈夫な範囲が広いのかもしれない。
少しムカついた。お前はそこら辺に生えてる草でも食ってろ。
「お前、厨房への出入りと料理禁止な」
「え」
「一生禁止だ。料理は俺が作る、いいな」
「いや……料理、したい」
「い、い、な?」
「……むぅ」
もう二度とムゥに料理を作らせないと誓った時だった。




