第28話 ムゥとの日々
数時間後、エステルの街で夕飯を食い、食材を買った俺とムゥは帰路についていた。
イヴからもらった金を使ってムゥに飯を振舞うのは気が進まなかったが、ムゥは将来の金脈。
将来への投資だと割り切って、気前よく振舞うことにした。
「エンデー、重い」
「そんな大した量じゃねえだろ。俺のと交換するか?」
「撤回。大丈夫」
とはいえ甘やかすつもりはない。
ムゥには食材を持たせている。
少し不満げではあるものの、与えられた仕事はきちんとするようだった。
「……お前、なんで家出してきたんだ?」
今のうちに聞いておくかと思って尋ねると、ムゥは無表情のままで口を開く。
「魔法、使えない。馬鹿にされた」
「親にもか?」
「親、興味なし」
「……言ってたな、そういや」
ため息をついて前を向く。どうやらムゥは精神的になかなか辛い環境に居たようだ。
魔法使いを多く輩出するマルク・マギカで、魔法が使えないムゥの立ち位置は想像に難くない。
もしかしたら、嫌がらせやいじめを受けていた可能性だってあるだろう。
とはいえそれも今日までだ。
これからムゥは魔法の腕をどんどん伸ばしていける。
未来は、明るい。
森を歩き、家へとたどり着く。
玄関の扉を開けてムゥと一緒に入り、居間へ。
買ってきた食材を仕舞い終えて、手伝っていたムゥの方を見た。
「……ついて来い、部屋を案内する」
「ん」
廊下に出て、奥へ。
使っていない部屋の扉を開ければ、家具や寝具が出迎えてくれた。
「この客間を適当に使え」
「……いいの?」
「ああ、他に使う奴もいねえしな」
イヴは客室として部屋を増やせと手紙で言っていた。
今まで使う機会はなかったが、ついに日の目を浴びたわけだ。
部屋を見渡していたムゥは、俺の方を振り返り、口角を上げる。
「ありがとう」
「気にするな、その分家事は全部やれよ?」
「…………」
「おい」
「分かった」
明後日の方向を一瞬見たムゥに釘を刺せば、ようやく頷いた。
出会ったときはなんでもすると言っていたが、一度関係を結べば少し態度が変わったようだ。
こいつの性格は、元々はめんどくさがり屋なのかもしれない。まったく、不真面目な奴だ。
「そもそも掃除や洗濯は出来んのか?」
「……?」
「行き当たりばったりで家事全部やるって言ったのかよ……このクソガキ……」
首を傾げるムゥに、頭をおさえる。
「まあいい、一応教えてやるから、やりながら覚えろ」
家事を教えるのはこれが初めてではない。
イヴに教えていたこともあり、スムーズに指導できるだろう。
「分かった」
こくりと頷いたムゥに、この後時間をかけて掃除、洗濯などを教えた。
そこまで致命的に出来なさそうなものはなかったので、明日以降に任せることにする。
一通り家事について説明し終えた後で、俺はムゥと廊下で別れ、自室へと戻る。
机に向かい、彼女が書いたファイアボールの魔法式とアクアボールの魔法式を広げた。
翌日、いつも通り早く起きた俺は朝の支度をした後に厨房に向かい、朝食の準備を始める。
まずは、と思って手に取ったパンの数は二つ。
焼き機に入れたところで、久しぶりに二人で食べるな、と思ったりした。
フライパンを準備して、冷蔵庫から食材を取り出す。
今回はベーコンではなくソーセージにした。
「……スクランブルエッグでも作るか」
目玉焼きの方が楽ではあるが、たまには違うものを作るのも良いだろう。
そう思い、卵を容器に二つ割ってかき混ぜ、フライパンへ投入。
ささっと卵料理を完成させた後で、同じフライパンを使用してソーセージも焼き始める。
卵の香ばしい香りに、肉が焼ける食欲をそそる香りが混ざる。
熱で肉汁が弾ける音を聞きながら、冷蔵庫から山菜を取り出し、さらに盛り付け。
見てみれば、パンは既に焼き終わっていた。
比較的大きなプレート二つに、それぞれ盛り付ければ簡易朝食が完成。
二つ並んでいるのを見て、イヴが来た時もこんな風に作ったりしたな、と思い出した。
皿を持ち居間へ移動。テーブルの上に置いた後に、廊下の方に目を向けた。
「……あのガキ、起きる時間は昨日のうちに言っておいただろうが」
ため息をつき、めんどくせえなと思いながらもせっかく作った朝食が冷める方が癪に障る。
というか、朝食を作っているときに目覚まし代わりに音を出す魔法が作動しているのを聞いていたが、それで起きなかったのか。
顔を顰めながら、客室の扉をノックする。
念のために名前を呼んで呼びかけたが、反応はなかった。
「……ちっ」
舌打ちをして扉を開く。
ガキは、相変わらずベッドの中だ。
「おいガキ! 起きろっ!」
頭まで布団をかぶっているようで、それを掴んで一気にめくり上げる。
朝の冷たい外気に触れれば目も覚めるだろう、そう思ったのだが。
「……んう? エンデー?」
「起きろ、朝だぞ。……つーかお前、なんで裸なんだよ」
ベッドで体を丸めて目を指で擦っていたムゥは、衣服を身に着けていなかった。
それを尋ねると、眠そうな眼で俺を見上げた。
「服、着ない……えっち」
「はっ倒すぞクソガキ……さっさと服着て居間に来い。朝飯は出来てんだ」
吐き捨て、乱暴に扉を開けて、そして閉める。
俺はもっとグラマラスな体つきの女の方が好みなんだ、出直してこい、クソガキ。
(……なんつーか、イヴとは真逆の性格だな)
半年以上前に一緒に住んでいた最初の教え子を思い出す。
当時は何とも思わなかったが、イヴは生活面でも優秀だったんだなぁ、とため息を吐いた。
朝食を平らげた後、俺とムゥは教室に移動した。
昨日と同じように外に設置された椅子に座り、それとセットのテーブルに紙を広げる。
「で、昨日使ってもらったアクアボールだがな……一応俺の方で魔法式を考えてはみた」
昨日の夜に時間をかけて作成した紙をムゥの方に差し出す。
それを見下ろして、ムゥは目を見開いた。
「これ……エンデーが?」
「ああ……とはいえ、お前のファイアボールの魔法式を見て作ってみたやつだから上手くいくか分からねえけどな。……どうだ? 新しくインスピレーション……ああいや、魔法式が思い浮かんだりするか?」
「…………」
俺の言葉に、ムゥは無言でじっと魔法式を見つめる。
昨日も見たから分かるが、これは集中している証だ。
まるでムゥの時が止まったかのように、彼女は微動だにしない。
呼吸も最低限、瞬きもほとんどしない。
それでも頭の中では、どれだけの魔法式が巡っているのか。
俺はただじっと、天才が作業を終えるのを待ち続けた。
やがてムゥの小さな手が、ペンを掴む。
恐ろしいスピードでペンが紙を走り、いくつもの魔法式を書きこんでいく。
何を書いているのか理解はできない。そんな彼女の所業を、見守り続けた。
俺が考えた魔法式のみが書かれていた紙は、八割ほどが黒く染まる。
そこまで書ききって、ムゥのペンはようやく動きを止めた。
最後には、一つの魔法式が〇で囲まれている。
弾かれるようにムゥは立ち上がり、白線に向かって駆ける。
立ち止まり、右手を突き出して魔法式を唱えた。
「アクアボール」
射出されたのは、巨大な水球。
超スピードで飛来したアクアボールは昨日と同じように的に命中。
そして大部分を黒く染めるという、成功の結果を残した。
「よしっ!」
思わずガッツポーズが出る。
わざわざ時間をかけて考えた甲斐があった。
俺の分析能力も、まだまだ捨てたものじゃないらしい。
「……まだ微妙」
だが振り返ったムゥの表情は晴れなかった。
彼女の中では、完成にあと一歩足りない、ということだろうか。
「威力的には十分だと思うけどな。もう普通の魔法使いの威力は越えてるだろ」
そう言いつつ、テーブルに残された紙を手に取る。
昨日はさっぱりだったが、一日かけてファイアボールの魔法式を解析したことで、うっすらとだが分かる部分がある。
もっと時間をかければ、殴り書きの部分も理解が出来るかもしれない。
「……じっくりと見れば、また改善案が思いつくかもな。俺、お前、俺、お前みたいな感じで交互に改善を重ねていけば、そのうち良い感じにはなるんじゃねえか?」
「うん、それがいい。お願い」
俺の元へと戻ってきたムゥは、大きく頷いた。
俺が元を作り、ムゥが改良し、俺が調整し、ムゥがさらにそこからさらに微調整する。
指導とは少し違うかもしれないと考えたものの、よくよく考えれば道を示すのも教師の役目。
まだ、俺はムゥに教えられることがあるようだ。
「よし、じゃあ方針が固まったところで魔物討伐をして熟練度を上げるか。今使える魔法をお前の魔法式に変える必要はあるが、同時に増やす必要もあるだろ?」
「ま、魔物……」
提案に対して、ムゥは少しだけ顔を顰めた。
「なんだ? 戦ったことないのか?」
「学校、ある……班の人、全部、倒した」
「……魔法をろくに使えなかったから、班の人に任せていたってことか」
学校の授業の一環で倒す魔物だから大した強さではなかったと思うが、それでも魔法が使えないかつてのムゥなら一苦労な相手だ。
班のクラスメイト辺りが、自分が倒したほうが早いということでやってしまったのだろう。
「真実、傷つく」
どうやら図星だったようだ。
「安心しろ、ここら辺一帯の魔物は毎日狩っているし、しばらくは俺が前衛で魔物を足止めして、お前が魔法で倒すってだけだ。そんなに難しくねえよ」
「……しばらく?」
「あ? そりゃそうだろ。慣れたら一人でやってもらうぞ」
イヴだって最初の方こそ見守っていたが、しばらくして一人で魔物を狩らせるようにした。
魔法使いは後衛だが、一人で戦えないというわけではないので、慣れれば可能なはずだ。
「……エンデー、鬼」
「なに言ってんだお前? ああそうだ、ファイアボールの魔法は今日はしばらくやめとけよ。コントロールできないのに使われて、周りを火の海にされたらたまんねえからな」
「そんなことしない」
不満げなムゥの言葉が、響いた。




