第26話 才能の原石、ムゥ・アスガルド
とりあえずムゥを家にあげ、居間に案内した。
厨房をじっと見るので、仕方なく飯を作ってやることにする。
元々少なくなっていた食材だが、これでさらに減った。クソガキのせいだ。
買いに行かないと明日の飯すら危ういので、この後買いに行かないといけないなと思いつつ、ムゥを連れて教室へ向かう。
こじんまりとした小屋を見て、ムゥは呟いた。
「……小さい」
「はったおすぞ」
心底失礼なクソガキを連れて教室の裏手へ。
遠くにある魔法用の的を手で示し、あそこに魔法を放つように指示する。
「打つのは……まあなんでもいいぞ。好きなのにしろ」
「……ファイアボール」
「まあ、それでいい」
ムゥが選んだのは初歩の火魔法、ファイアボール。
イヴへの魔法の授業でも使用したものだ。
ムゥは白線の上に立ち、右手を上げる。魔法使いだけあって、立ち姿はイヴよりも様になっていた。
話す時とは違う言葉で、小さな口が魔法式を紡ぐ。
「ファイアボール」
そしてムゥの無感情な呟きと共に、火球が射出された。
とても小さく、そしてのろのろとした遅い火球が。
「…………」
「…………」
俺たち二人が黙る中で小さな火の玉はゆっくりと飛び、的に時間差で着弾。
的の端をわずかに黒く染め、悲しく消えた。
「…………」
絶句していた。
ステータスプレートを見たことで、言うほど魔法が得意というわけではないだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。
イヴはもちろんのこと、駆け出しの冒険者にだって及ばないだろう。
正直、本当にマルク・マギカ出身なのかと思ったくらいだ。
「……ごめん」
それを感じ取ったのか、ムゥは珍しく眉を下げて呟く。
俺の方を向いて、首を横に振った。
「勉強、頑張った」
その目は、今にも泣きそうだった。
「でも無理……ごめん」
今まで、ただのクソガキだと思っていた。
だが今の俺の目には、ムゥが苦悩し、辛い思いを抱える生徒として映った。
「……ちょっと待ってろ」
しょうがねえ、と思い、俺は近くにある外付けのベンチへ。
懐からペンと紙を取り出し、紙にファイアボールの「改良した」魔法式を書き記す。
環境の部分にはこの場所の情報を書き込み、それをもってムゥの元へと戻った。
立ち尽くすムゥに、声をかける。
「教えるっていった以上、それは守る。だが、正直そこまで上達するかは分かんねえ」
「! いい、それでも」
「ならよく聞け、お前らが覚えている魔法式だが、それは最適化されていない」
「さいてきか?」
首を傾げるムゥに、頷いた。
「ああ、魔法式は誰でも使えるものだが、そこには誰が使うのか、どこで使うのかの情報が抜けている。だから不完全だ。ならその二つの情報を組み合わせれば、その瞬間、使う人物に合った魔法になると思わねえか? そこで魔法式を改良するってわけだ」
「魔法式……改良……」
イヴに戦技の仕組みを説明した時と同じように、驚いた表情を見せるムゥ。
しかし彼女はすぐに、迷いの表情を浮かべた。
「……学校、魔法式変える、ダメ」
「ああ、そうだろうな。魔法使いを多く輩出しているマルク・マギカでは、それは禁止されているだろうよ」
恐らくだが、マルク・マギカでも上位の魔法使いはこの仕組みに気づいている筈だ。
けれどそれを、学校での教育までには落とし込めていない。
マルク・マギカにある魔法使いの研究機関でもある魔塔なら話は違うかもしれないが。
「一人一人、そしてその場その場に対応した魔法式の改良なんて、大人数の生徒を抱える教師にできる訳がねえだろ。学校で習う期間なんてのはな、とにかく詰め込んで、すぐに戦闘を経験させるためでしかねえんだから」
増え続ける魔物に対応するために、この世界は質ではなく量を取った。
その一番の弊害を受けているのが教育で、とにかく一律な指導を行う。
少しでも早く戦場に出すために。慣れてもらうために。
けれどそうして出来上がったのが、教育ではなく実戦で人が勝手に育つということ。
教育による個人の質ではなく、武器や数で魔物を倒すということ。
「だがこの教室は違う。ここは少人数精鋭。今でいうところのお前に対して俺が教える個別指導だ。だから魔法式の改良ができる。お前の情報を、読み取れる」
そう言って俺はムゥの手を取り、彼女の情報を読み取る。
「……あ?」
読み取って思ったのは、思った以上に体内の魔力量が多いということ。
ファイアボールの魔法が貧弱だったから、体内の魔力も少ないと思ったのだが。
「おいおい……なんて魔力量だよ」
「魔力量だけ、ある」
「……ほう」
少し興味深いことを聞いたが、とりあえず読み取りが終わり、把握した式を紙に書きこむ。
イヴの時に比べて、随分と長い式になった。
原因はムゥに関する情報の部分である。
「こんなところだろう。この魔法式を唱えて、ファイアボールを撃ってみろ」
「分かった」
ムゥは頷き、じっと紙を見つめた後に歩き出してさっきと同じ白線の上へ。
そして今度はさっきより長めの魔法式の詠唱を行い、右手を前に出した。
これでムゥはおそらく、先ほどよりも強力なファイアボールが放てるはずだ。
小さな火球がムゥの手のひらより射出。
のろのろとしたスピードで的へ向かった火球は、的の中央に当たり、さっきよりはほんの少し大きな黒色を作り出した。
「…………」
嘘だろ、と思った。
魔法式の改良が有効なのは俺でも、イヴでも確認していることだ。
けれど今、ムゥの魔法は変わらなかった。
多少は良くなったものの、それは言ってしまえば誤差程度。
余りにも弱々しく、一般的なファイアボールには届かない。
「え……っと……いや……その……」
予想外の出来事に、俺はなんて言っていいか分からなくなった。
近いうちにムゥの指導を辞めようと計画さえしていたのに、そのことを忘れてしまうくらいの衝撃。
(なんだ? 何がいけない? 環境を間違えたか? あるいはムゥの情報の読み取りに失敗した?)
考えを巡らせる中で、視界の隅のムゥが動く。
俺の右手からペンを奪い取り、去っていく。
「お、おい?」
突然の行動に声をかけたが、彼女は止まらずに外付けのベンチに座り、紙をテーブルに置いた。
慌てて追いかけると、彼女はペンを片手にじっと魔法式を見ている。
瞬きひとつせず、目を見開いた鬼気迫る表情に、つい心配になった。
「だ、大丈夫か?」
「…………」
あまりにショックだったのか、反応はない。
どうしようか、と思ったところで。
ムゥがまるで何かに取り憑かれたかのように、ペンを走らせ始めた。
少しも速度を緩めることなく、一定速度で紙を滑るペン。
書いてある内容が、次第に見えてくる。
(……なんだこれ……魔法式?)
ムゥが書いているのは魔法式のようだった。
だがそれは、俺の全く知らないもので、見たこともないものだ。
今書いているのがなんの魔法の魔法式なのかすらわからない。
適当に書いているといってもいいような、そんな。
やがてムゥの手は止まり、ペンがテーブルに置かれる。
「できた」
その一言が、やけに大きく聞こえた気がした。
「できたって、なにがだよ?」
「ファイアボールの魔法式」
「はぁ?」
ムゥの言葉に俺はもう一度紙を見る。
やはり何度見ても、それはファイアボールの魔法式には思えなかった。
一般的な魔法式とも、俺の考えた改良した魔法式とも違う。
書いてある量も、二倍近くある。
ムゥが書いた紙をとりあげ、それに目を通す。
見れば見るほど適当に書いた魔法式にしか見えない。
ただ一部見覚えもある。この場所に関する情報とムゥに関する情報の部分はそのままのようだ。
「……こんなん、起動すんのか?」
心底疑問に思いながら、その場で的に手を向けた。
長いものの、紙を見ながら唱えれば問題はない。
魔法式を読み上げつつ、ムゥの部分は俺の情報へと書き換え。
ファイアボールを、放った。
「…………」
何も起こらない。
あまりにも改造しすぎて原形をとどめていないので、魔法式として成立していないようだ。
ため息を吐き、それをムゥの元に返した。
「ダメだな。ここまで変えちまうと、効果がねえようだ」
俺の言葉を聞いていないのか、ムゥは立ち上がり、返された紙を手に取った。
そして彼女は無言でそのまま白線まで歩き、魔法式を唱え始める。
「おいおい、俺がさっきやっただろ。その魔法式は作動しな――」
爆音。
ムゥの手のひらから放たれた巨大な火球は、まるで弾が射出されるかのスピードで飛来。
轟音を立ててイッテツさんお手製の的へ当たり、その全てを黒く染めた。
「……は?」
意味が分からない光景に、唖然とするしかない。
吹き荒れる風の中で、ムゥは振り返る。
「すごい。エンデー、これすごい」
ガキらしく目を輝かせ、喜ぶムゥの姿が、そこにはあった。
(は、はは……)
無邪気に笑うムゥを見て、顔を引きつらせる。
(なんだよこれ……マジかよ……こいつ……)
目が、ムゥから離れない。
理解した。こいつはただ、魔法を使うプロセスが間違っていただけだ。
それ以外のプロセスを知らなかっただけだ。
魔法式を、改造してはいけない。
その学校での教えが、悪い方に作用していただけだ。
改造していいということを知り、俺が作った魔法式を見て、自己流に改良。
そしておそらく他の人には使えない魔法式を、今自力で開発したのだ。
一を知らなかったから、出来なかった。
けれど今、一を知ったから十を成し遂げた。
(このガキ……天才だ……イヴとはまた違うタイプの原石だ)
俺の中に、この頃忘れていた興奮が再び呼び起こされた。
すげえ、すげえ。こいつはすげえ。思わず語彙力がなくなってしまうほどの、感動と興奮。
ガキが……いや、ムゥが輝いて見えた。
逃してなるものか。
俺は喜ぶムゥの両手を取り、笑顔を向ける。
「すげえぞムゥ! 試用期間は終わりだ! お前は今日から、俺の生徒だ!」
「……???」
天才少女は、驚きに目を見開いてきょとんとした顔をしていた。




