第23話 彼女は人(先生)を助けたい
卒業した数か月後、私は拠点をさまざまな場所に移しながら冒険者を続けていました。
先生が元々居たというユトニア領や、強い魔物が多いロゼリア領、王都であるアーネンベルク領にも足を運び、さまざまな依頼をこなしました。
先生の教えはすさまじく、強い魔物を集中的に倒すことで、冒険者階級もどんどん上がっていきます。
教室への仕送りは、五級冒険者に昇格してからすぐに行いました。
先生のためにお金を送るのも嬉しいですが、それを口実に先生と手紙で文通ができるからです。
ただ、先生の家に部屋を一部屋増やして欲しい、と手紙でお願いしたときには少しだけ苦労しました。
お金は出しますと書けば、それなら、と先生は受け入れてくれたのですが、一回のやり取りではやってくれない気がして、何度か手紙を送りました。
結局めんどくさがり屋の先生が動いてくれたのはそれから3回送った後で、相変わらずだなぁ、なんてことを思ったりもしましたね。
そのあと時間をかけて、私は二級冒険者へと昇級しました。
驚異的なスピードでの昇級にギルドの受付嬢さんは手放しに褒めてくれますが、私は別の理由で感慨深くなっていました。
もう先生と並んでしまったんだなぁ、という気持ちです。
もちろんこれはただの肩書きで、実際には先生のほうがずっと凄いのですが。
そんなある日、私はギルドに来ていました。
先生からの手紙が届いた、と報告があったからです。
扉を開けて中へと入れば、多くの視線が突き刺さります。
「お、おい……あれ……」
「ああ、『白金』だ」
「あの年で二級って……しかも二級でも上の方なんだろ?」
「下手したら一級相当だって噂もあるぞ……」
周りの雑音を聞き流しながら、受付へ。
そこでは待っていたかのように、受付嬢さんが笑顔で立っていました。
「イヴさん、お疲れ様です」
「こんにちは」
「以前は大型の魔物の討伐、ありがとうございました。とても助かりました」
「いえ」
挨拶をしつつも、この人の名前を知らないな、とふと思いました。
この人だけではありません、このギルドにいる冒険者も、これまでの街で知り合った人も、もう名前を憶えていません。
聞いた筈ですが、なんと言いますか……どうでもいい、と思ってしまったのかもしれません。
結局私が覚えているのは、サトリアさんを始めとするエステルの街の人たち。
そしてエンディ・スカイグラスという、私の敬愛する先生です。
フルネームで覚えているのは先生だけかもしれません。
「それにしてもイヴさんは本当にすごいです。……そういえば、イヴさんはどうして冒険者になったんですか?」
「私は、人を助けたかったんです」
「人をですか! さすがはイヴさんです、なんて高尚な方なんでしょうか……他の冒険者にも見習って欲しいくらいですよ」
そう、私は『人を助けたかった』。
なんでそう思ったのかはよく分かりませんが、今、この言葉の意味がよく分かります。
私の中で、この言葉の『人』とは、先生なのです。
きっと不特定多数の人ではなく、特定の人を助けたい。
その気持ちが私の中にはきっとあって、それは先生だったんです。
だからあの日、エステルのギルドで先生に出会ったのは運命だったと、そう考えています。
「すみません、手紙が来ていると聞いているのですが」
「あ、すみません私ったら……はい、こちらです」
「ありがとうございます」
受付嬢さんから手紙を受け取り、その場でそれを広げます。
敬愛する先生からの手紙が楽しみなのはいつものこと。
今回はどんな内容が書いてあるでしょうか?
また、ぐうたらな日々を過ごしているでしょうか?
私ほどの逸材にはなかなか出会えないと、嬉しいことを言ってくれるでしょうか?
それとも、他愛のない日常の話でしょうか?
どんなことでも、私は先生とこうして文通が出来るだけで幸せです。
『イヴへ
おつかれ。この前ガキを拾った。クソガキかと思ってたけど魔法の才能があって、お前と同じくらいの天才だと俺は思ってる。
久しぶりの指導に熱が入りそうだ(この部分は消されている)。
教室に貢献できそうなんで、生徒にした。そっちはどうだ? 依頼や階級上げは順調――』
「ひぃっ!?」
手紙を手でくしゃりと握りつぶし、受付に拳を振り下ろしました。
プルプルと怒りで震えながら、私は肩で息をして気持ちを落ち着かせ、もう一度手紙を広げます。
『早く一流の冒険者になれよ。
ああ、前に聞かれたけど一流ってのは一級や特級だ。
目標は高く、なんてな。
まあそれは冗談――』
途中で読むのをやめ、私は手紙を大事にしまいます。
そして目の前で恐怖で泣きそうな受付嬢さんに声をかけました。
「すみません」
「は、はひっ!」
「依頼をください……多く、たくさんの依頼を……一級や特級まで上がるつもりなので、それはもうたくさん回してください。たくさん、たくさん」
「わ、わかりましたぁ!!」
待っていてくださいね、先生。
必ず先生と約束した一流の冒険者になって、教室へと戻りますからね。
「ふふ……ふふふふ……あはははは……」
「あ、あうう……」
震える手で依頼を集める涙目の受付嬢の目の前で、私は怒りで血走った眼で笑っていたと、後から聞かされました。
流石に話に尾ひれがついているのでは、と返したのをよく覚えています。




