第21話 卒業の時
結局あの日、態度デカ男七人を回復魔法で癒した俺はそいつら七人を縄で縛り、その場を後にした。
イヴと共にエステルの街へと戻り、サトリアに事の顛末を報告。
テイガーが七人でイヴを襲おうとしたこと、そして彼らを俺が制圧し、森に放置していることを共有すると、サトリアはすぐに動いてくれた。
別の冒険者が依頼として森へ向かい、テイガー達を確保。
色々と事情を聞いたり奴らについて調べているうちに、胸糞悪い事実も明らかになった。
奴らはこれが初犯ではなく、他にも何人かが犠牲になっていた。
男の冒険者で殺された者や、女の冒険者で慰み者になったことのある者もいたらしい。
ギルド側はこれを重く受け止め、テイガー達から冒険者資格を剥奪し、罪人として国に引き渡すことにしたらしい。
この世界は魔物が多くなかなかに厳しい世界だが、こういった事件が身近に起こると、人間も魔物と同じくらい脅威だということがよく分かる。
サトリアはテイガーをイヴに紹介したことを深く後悔し、謝罪していたが、まあこれであの口うるさい性格が少し矯正されればと思う。
そしてあの事件から少し経った晴れ渡るある日、木々が風に揺られる中で、俺とイヴは向かい合っていた。
場所は教室の前、今日は卒業の日だ。
「短い間だったが、よくやった。お前は人一倍頑張ったし、当然結果もそれに見合う、いやそれ以上のものを見せてくれた。これからは冒険者に戻ってソロでやっていけ。お前なら戦技の奥深くも、魔法の神髄だっていつか見れるかもしれねえな」
餞別の言葉を送ってやれば、イヴは少しだけ瞳を潤ませながらも、まっすぐに俺を見て頷いた。
俺はイヴに頷き返し、持ってきていた金貨袋を、まずは手渡した。
「これを持っていけ。本来は一年の予定だったが、その前に終わっちまったからな」
「で、ですが先生……これは……」
返されるとは思っていなかったのか、渋るイヴ。
けれど俺は彼女の軽装鎧に金貨袋を押し付けた。
「いいから取っておけ。お前が優秀だったから早く終わったんだ。その分の報酬とでも思っておけ。色々とこれから先、入用にもなるだろうしな」
「……先生が、まさかお金を私にくれるなんて」
驚きつつも、イヴは金貨袋を手に取った。
その際の言葉は失礼だなと思ったものの、今日は卒業の日なので水に流してやろう。
ここで少し恩を作っておけば、後にさらに大きく返ってくるかもしれない、という打算がないわけでもないし。
「俺だって教師の端くれ。生徒のために身銭を切ることもあるさ……あと、こいつも持っていけ」
こちらが本題と言わんばかりに、紙袋を手渡す。
それを受け取り、イヴは中を覗き込んだ。
「こ、これは……?」
「俺が作成した魔法式の改良ノートの写しだ。全属性分作ってある。今後、役に立つだろうよ」
イヴが火の魔法の習得を始めて以来、俺はノートの写しを作っていた。
彼女の戦技の訓練や魔物狩りに参加しなかったのはそのためだ。
時間は厳しかったが、必要な部分を写すだけだったこともあり、何とか今日に間に合った。
「これ……先生が夜に作成していた。分かりにくいからまとめていると言っていましたが……私のため、だったんですか?」
イヴも俺が写しを作っているのは知っていたが、自分用とは思っていなかったようで、唖然とした表情を浮かべている。
「まあな」
「……私があのままエステルを離れたらどうするつもりだったんですか?」
「……実は考えていなくてな。渡しそびれたと家に戻ってから気づいた」
「なんですか……それ」
くすくすと口に拳を当てて笑うイヴ。
彼女はひとしきり笑った後、俺を笑顔で見た。
「先生に斬られて魔法のノートも頂けないんじゃ大損でしたよ。本当、また先生の生徒に戻れてよかったです」
「……そう……だな」
つい歯切れが悪い返事をしてしまうものの、イヴはそれを見逃さずに微笑みかけてくる。
「本当に痛かったんですからね?」
「……すまない」
「いえ、大丈夫です」
流石に後ろめたいと思っているので、斬ったことをイヴに言われると弱い。
まあ、楽しそうに笑っているので当のイヴは全く気にしていないようだが。
気を取り直して、イヴと向き合う。
以前の火属性の魔法式をまとめたノートと同じように、紙袋を胸に抱えるイヴ。
大切に扱ってくれるのは嬉しいものの、少し照れくさいところもある。
「あまり過信するなよ。俺が使えるCランクまでの魔法式しか載ってないからな?」
「はい、必ず全て習得して見せます」
「全て……か。いいなそれ、やってくれや」
俺のこれまでの努力も、イヴにはあっさりと習得されてしまうのだろう。
そこに対して少し寂しさはあるけれど、彼女の成長の糧になれるなら、それも悪くない。
「先生」
イヴは再度俺をまっすぐに見つめる。
「ご指導ご鞭撻、ありがとうございました!」
そして深く、深く頭を下げた。
「ああ、よくやった。おめでとうイヴ。行け。行って、お前の強さを世に知らしめて来い」
「はい、行ってきます!」
そう言ってイヴは振り返り、少しだけ立ち止まる。
彼女は何度か俺の方を振り向こうとしたものの、結局は一度も振り向かず、歩き出した。
俺はその場に立って、去り行く彼女の背中を眺め続ける。
結局その姿が見えなくなるまで、イヴは振り返ることは無かった。
「……終わったか」
大きく息を吸って、そして吐く。
短いようで長く、そして濃い日々だったと、これまでを思い返した。
見上げてみれば、雲一つない青空が広がっていた。
イヴ、卒業。




