第20話 あの時の真実と「先生」
「俺が教えたってだけだぞ、雑魚」
声を聞いた。
今までテイガーの方しか見ていなかったけれど、視界の先、森の方から誰かが近づいてくる。
近づくたびに、その姿が鮮明になっていく。
長身に黒髪、腰には刀。
「……てめぇ」
「よう……なんだっけテイ……テイ……まあいいや態度デカ男。久しぶりだな」
「……なんでこんなところに居やがる」
現れたのは、忌々しいあの男――エンディ・スカイグラス。
「あ? そんなこと言っている場合か? 六級冒険者を七人でリンチってだけでも資格剥奪ものだが、それに加えて女性冒険者を手籠めにしたとありゃ、豚箱行きは避けられないわな……まあ、他にも色々やってそうではあるが、それはサトリアにでも許してくれって懇願してくれや」
「……てめぇ、状況見えてねえのか? 七人いるんだぞ?」
「てめぇこそ目ついてんのか? 四級冒険者だか何だか知らねえが、階級の差も分かんねえのか? ああいや、もう強がるしかねえのか。終わりだもんなー。あー、かわいそ」
心底おかしそうにテイガーを馬鹿にして笑うエンディ。
怒りを抱いたのはテイガーだけではなく、他の男たちも同じようです。
彼らは完全に私ではなく、エンディに血走った目を向けています。
テイガーの手が、私の髪から離れました。
「はんっ、何が二級冒険者だ。どうせギルドに媚びでも売ったか、なにかセコイ方法で手に入れた階級だろうが!」
「まあ、俺は確かに準二級くらいの力しかねえが、温情を受けはしたものの、媚びを売ったりしたわけじゃねえんだがな」
「うるせえ! やっちまえ!」
テイガーは男たちに声をかけて、全員が一斉に襲い掛かります。
ですがこの後どうなるのかを、私は知っています。
油断したからこそ最初こそ先手を取られましたが、彼らは四級冒険者。
二級のエンディとは、動きや技量の質がそもそもが違う。
エンディは振りかぶられるメイスを避けると同時に男の顎に拳を放ち、その手からメイスを強奪。
そして向かってきた槍を持つ男の振り下ろし攻撃を避け、がら空きの後頭部に戦技を放つ。
メイスから手を離し、次は男の槍へと持ち替え、迫ってくる剣を持つ男たち二人の胴を素早く突き射しました。
「くっ! ふざけんなっ!」
声を荒げることが悪手であることを、私はよく知っています。
エンディは槍で飛来した短剣を打ち落とし、その一つを空いている手で掴んで投げ返しました。
反対方向に飛んだ短剣は途中で姿が見えなくなったかのように消失した後に、時間差で男の胸に。
「なん……なんだよ……お前……」
最後に襲い掛かった戦斧を持つ男の胸を寸分の狂いもなく穿ち、落とした戦斧へ持ち替え。
それを、テイガーへと投げました。
「がっ……」
それが、テイガーの最後の一言。
胸に突き刺さった戦斧に手で触れ、目を見開いたテイガーは、仰向けに地面に倒れます。
ほんのわずかな時間で、エンディは男達七人を無傷で制圧して見せました。
「…………」
そのあまりの強さに、目を離せなくなっていましたが、エンディが私の方を見ます。
「……大丈夫か?」
そう声をかけてきたので腕と足に力を入れて立ち上がり、剣を構えます。
こいつは、私を斬った敵。油断などしてはいけない。
そう思って、強く強く睨みつけました。なのに。
(……どうして……どうしてそんな顔をするのですか……)
エンディが見せたのは、バツが悪そうで、そして何か痛みに顰めた表情でした。
どうして彼がそんな表情を見せるのかが分からなくて。
でもそれが、その表情が、一つの疑問を私に生じさせました。
「あなたは……あなたはっ! ……私に、人を疑うことを……教えたかったんじゃないですか? ……私が、いつまで経ってもそれを受け入れられないから……だから」
「……いや、言っただろ。もう用済みだ――」
「だったらっ!!」
心のままに叫び声をあげ、目の前の男に、エンディに問いかける。
「なら、何が出来たんですか!? 新しい教え子ですか!? あるいは新しくお金を稼ぐ手段ですか!?」
「それは……」
「あるなら答えてください! あるなら……答えてよ!!」
「…………」
私とエンディ、二人しかいない森に、沈黙が流れる。
風で木々が揺れる音、草木の発する緑の匂い、真っ赤な夕焼けと、迫る夜の気配。
「……俺は、お前に人を疑うことを知ってほしかった」
その中で、彼の声が静かに響きました。
「お前は人を信じすぎている。それはきっと、カーネリア領で目覚めたときに、人の好意に触れたからだ。……お前はこれから先、強くなるだろう。だがソロで活動をしていても、いつかその甘さに付け込まれる日が来る。その時、お前は命を落とすかもしれない。
……なら、先に教えようと思ったんだ。お前に、人を信じすぎた場合の代償を」
「…………」
「だが、それはお前を傷つけることだった。すまない……俺には、他に手がなかった。思いつかなかった」
ああ、この人は……本当に……どこまでも。
「……私が、用済みではないのですか? 他に良い生徒が居たとかは?」
「ない。お前以上の逸材なんて、そうそういるわけないだろ」
「……他の……お金を稼ぐ手段……は?」
「それもねえよ。思いついてすらいねえ」
どこまでも、私のことを思っていてくれたんですね。
「……よかった」
胸に手を押し当て、息を大きく吐きました。
それだけで、今まで心につっかえていた何かが、すーっと消えていくようでした。
「本当に……良かったっ……」
「……本当にすまなかった。お前のためになるかもしれないと思ったとはいえ、あんな手段を取って」
「いいん……っ……です……ぐすっ……私がっ……私が期待に応えられなかったからっ……かなってっ……思っててっ」
私の心はずっと泣いていたんです。
彼の期待に応えられなかったことを、またダメだったことを、ずっと悲しんでいた。
「だからっ……だからっ……先生に失望されてなくてっ……うぅっ……良かったっ」
先生の期待を裏切ったわけじゃなかった。
それを知れたことが、何よりも嬉しかったんです。
「イヴ……本当に悪いことをしたな。まさかここまでなんて……」
「いえ……いいんですっ……でも……ぐすっ……先生のおかげで、私は人を疑うことを覚えられました。世の中にはここにいる男たちのような人もいる。そしてそれに心を許しすぎたらどうなるのか……先生が教えてくれました」
先生は謝っていますが、私は彼を責めるつもりは毛頭ありません。
彼の選択がいかに愛に満ちているかを、私は知っているから。
だってそうでしょう?
このままいけば、私は先生の元を去りました。
その場合、先生はお金を手にすることができないんです。
それが分かっていたはずなのに、その可能性を投げ捨てて、私に教えることを選んでくれた。
彼があそこまで愛しているお金以上に、私を思ってくれた。
それが嬉しくて嬉しくて、涙が止まりません。
「先生」
涙を指で拭って、私は先生をまっすぐに見つめます。
笑顔を浮かべ、そして尋ねました。
「私は先生の……自慢の生徒になれましたか?」
「お前……そんなの、ずっと前からそうだろうが」
「……ふふっ、誇らしいです」
ようやく私は先生の真意を知り、また先生の生徒に戻ることができました。
この日のことを、私は一生忘れないと思います。
私の中にまた一つ、先生との大切な思い出という宝物ができたのですから。




