第19話 絶体絶命の窮地
「しっ!」
剣を一振りして獣の首を撥ね飛ばし、返す刃でもう一匹の首も飛ばします。
依頼された数は10体、その数を満たす魔物の数を倒しきったところで、私は剣を振って血を飛ばし、鞘に納めました。
「……ふぅ」
ほっと一息吐きます。
何の問題もなく終わるだろうとは思っていましたが、依頼という形式でのソロ魔物討伐は初めてなので、少し緊張していたようです。
空を見ると、もう日が暮れかかっているところでした。
「時間がかかりましたね」
あっさり終わると思っていたのですが、なぜか魔物の数が少なく、アッシュウルフに出会うのに時間がかかってしまいました。
なぜこんなに魔物の数が少ないのか、ということを考えたところで、今いる場所に見覚えがあることに気づきます。
「あ……」
どうやら無意識に、あの男の元にいるときに魔物狩りをしていた場所に来てしまったようです。
魔物が少ないのも当然のことでしょう、なにせ事前に狩っているのですから。
ということは、下手したらあの男にまた会う可能性があります。
早くこの場を離れなくては。
そう思い、魔物が落とした小さな魔石を素早く回収。
その際にも周りの警戒を怠っていなかったからこそ、気配に気づきました。
ゆっくりと立ち上がり、腰から再度剣を抜いて警告。
「……このような場所まで何の用ですか?」
聞き返せば、茂みの奥から男たちが現れます。数は、七人。
その先頭は、先ほどエステルの街で出会ったテイガーという男でした。
彼らは私に気味の悪い視線を向けつつ、ヘラヘラ笑いながら近づいてきます。
「いやぁ、依頼が上手くいって良かったじゃねえか」
「…………」
「まあ、無事にギルドに帰れたら……だがな?」
剣を抜き放ち、構える男たち。
それを見て私は眉を顰め、彼らを睨みます。
「……なんのつもりですか」
「お前、何があったのか知らねえけど少しムカつくんだよ。弱いくせに調子に乗りやがって」
「……乗っているつもりなどないのですが」
「乗ってるだろ、勧誘断りやがって……」
どうやら街での一件を根に持っているようです。
彼は勧誘と言っていますが、それは戦力としてではないでしょう。
どうせ荷物持ちや、危機に陥ったときの囮……そんな勧誘、断るに決まっているではないですか。
(……ただ、相手は七人ですか)
以前サトリアさんとあの男がテイガーという男について話していたことを思い出します。
彼は四級冒険者で、エステルの街でもかなりの強者だとか。
おそらくは腰にさしている剣の熟練度がDで、他にもD相当の技能がある、ということでしょう。
他の男たちも同じ程度の実力と予想して良いかもしれません。
対して私の技能で一番高い剣もD。技能的には同じです。
ただこちらは一人で向こうは七人と、数の差は歴然。
「四級冒険者の方がこんな大人数で六級冒険者を取り囲む……ギルドに報告されたら、困るのではないですか?」
私が依頼の遂行中なのはサトリアさんが証人になってくれるはずです。
なので問題に出来るということをほのめかして、去って欲しいと思ったのですが。
「はぁ? なんだよ、お前が無様に負けたことを報告するのか? いいんじゃねえの? 自分は弱くて、先輩たちにボロボロにされましたー、助けてくださいサトリアさんー、って泣きつけば」
「キャハハハ、なにそれ面白すぎだろ」
どうやら目の前の男たちには通用しなかったようです。
仕方ありません、この場は逃げましょう。街に逃げ込めば、彼らも手出しはできないでしょうから。
「……なぜこんなことを?」
タイミングを窺おうと尋ねてみれば、テイガーという男はいやらしい目で私を見ました。
「あ? そんなもん、お前の身体が目的に決まってるだろ。お前の他に、どこに魅力があるって言うんだよ。前回だってそうだ。そろそろ食おうと思っていた矢先に、あの二級冒険者に邪魔されたんだからな。あいつにバレてなければ、手籠めに出来ていたってのによ」
「あー、あれな。惜しかったよなぁ……つーか、なんで二級冒険者がここにいるんだよ」
「どうせあれだろ? 別の街だと活躍できなかったから、とかじゃねえの?」
「ああ、それでここまで来て、俺ら相手に威張ってんの? まじ哀れじゃん」
話は完全にあの男に移りました。
集団で馬鹿にする目の前の男たち。
けれど私は、テイガーに言われていた言葉がずっと頭で回っていました。
『お前の身体が目的に決まってるだろ。お前の他に、どこに魅力があるって言うんだよ』
私は、強くありません。あの男にあっさりと斬られるくらいには。
私は賢くありません。あの男に教えられないとなにも分からないくらいには。
私の身体が魅力的だと、目の前の男たちは言います。ですが、あの男はそれに興味がなかった。
なら、なら……なぜあの男は裏切った?
『お前はもう用済みなんだ』
あの男の言葉が蘇ります。
用済みとは、いったいどういう意味なのか。
私はそれを、私の他に教える生徒ができたから、あるいは金銭に対する当てができたからだと思っていました。
ですが、ほぼ付きっきりで見てくれたのに他の生徒を探す余裕などあったのでしょうか?
他にお金を得る手段を得たとは、前日までは到底思えませんでした。
『だから言っただろ、戦場では誰も信じるなって』
あんな風に殺そうとする理由が、私よりも遥かに強いあの男にはないのではないか。
あの男ならばいつでも私のことを始末できたはず。
そんな考えが不意に浮かんできて、首を振りました。
そんなはずがありません。あの男は私を裏切り、殺そうとした。それは間違いない事実。
「ほらほら、よそ見してんなよ」
「!?」
気づいたときにはテイガーが目の前にいて、巨大な剣を振り上げているところでした。
私は咄嗟に剣を上段に水平に構えました。
淡く光り輝く剣が、私の剣にぶつかり鈍い音を立てます。
「ぐぅっ!?」
「おらっ! 胴体ががら空きだぜ!」
テイガーの右足が私の腹部を勢いよく踏みつけます。
腹部から背中まで衝撃が貫通し、吹き飛ばされました。
「くっ!」
地面を転がり、すぐに体勢を立て直しますが、俯いたときに見えた地面に影が差します。
数は、二つ。
「ほら、逃がすかよ!」
「少し大人しくしてろや!」
左右に展開した二人の男たちが、メイス型の鈍器を振るってきます。
ほぼ同時の攻撃に私は剣を水平に構え、刃と柄でその振りぬきを防ぎました。
しかし衝撃を殺すことは叶わず、さらに吹き飛ばされて木の幹に背中を強打。
息を吐けば、咳と共に淡い血も出ました。
(ま……ずいっ……)
最初の一手を間違えた。
そもそもこいつらがあの男について話しているときに逃げるべきだったし、そうでなくてもテイガーの一撃を防ぐのではなく避けるべきでした。
それをしなかった結果、私は腕や胴を痛めた圧倒的不利な状況に追い込まれています。
咄嗟に小声で魔法式を唱え始めます。
私の周りには七人の男たちがそれぞれの得物を手に、囲んできています。
「諦めろ。所詮六級冒険者のお前が俺たちに勝てるわけねえだろ」
「そうそう……何人いると思っているんだよ」
けらけら笑う男達。
時間がもうないことを感じて、左の手のひらを伸ばし、私から見てテイガーの左に居た冒険者に放ちます。
鋭く飛来する水弾を確認することも無く、地面を蹴ってテイガーに肉薄。
構える相手の姿を見て咄嗟に進行方向を変えて右へ。
そしてそのまま鋭い横なぎの戦技『風薙』を再現。テイガーの左に立っていた冒険者に直撃し、力任せに吹き飛ばす。
そしてそのまま強引に刃を戻しつつ、振り上げから振り下ろしへと移行。
強力な振り下ろし戦技『強斬』を、再現。
「ぐぅっ!?」
しようとしたところで、背中を勢いよく蹴られ、前のめりに。
咄嗟に反応したテイガーの剣の腹が脇腹に直撃し、地面を転がりました。
「このアマっ!」
「っ!……」
背中に乗られ、咄嗟に剣で反撃しようとしたときに、別の男に靴で踏みつけられます。
それでも何とかしようと思ったとき。
「お前、今のは『風薙』? お前のような雑魚が、Dランクの戦技を使えるたぁ、どういうことだ?」
「…………」
「おいおい、無視できるとでも思ってんのかよ」
テイガーは私の前髪を掴み、持ち上げます。
覗き込むように見てくるテイガーに、絶対に答えてやるかと歯を噛みしめて抵抗。
それが気に食わなかったのか、テイガーは私を踏みつける男に目線で合図をしました。
背中にかかる力が、大きくなります。
「ぐっ……ううぅっ……!」
「お前、どんな裏技を使った? 教えろよ?」
「だ……れが……」
絶対に教えるか、と思い、テイガーを睨みつけます。
しかしテイガーは笑って、自らの唇を舐めました。
「いいなぁ……気の強い女はいい……安心しろ、時間をかけてたっぷりと可愛がってやる。ちゃんと従順にして、その戦技の秘密だって喜んで自分から吐くようにしてや――」
「俺が教えたってだけだぞ、雑魚」




