第14話 響く場所のない言葉
とある日、俺とイヴは珍しく教室の中に居た。
今はまさに座学の最中。内容は今回も冒険者についてだ。
基礎的な部分の他、魔物と戦うときに覚えておくと良いことを指導している。
「とまあ、そんな感じで、冒険者の心得のようなものについて説明してきたわけだが、ここでソロ冒険者について話をしておきたい。お前はソロの冒険者についてどこまで知っている?」
問いかければ、真剣な表情でじっくりと聞いていたイヴは、自分の知っている限りを話す。
「……少なくとも、私がこれまで見てきた中では先生以外は知りません。実力が高く、一人でも問題なく依頼をこなせるほどの強い冒険者……という感じでしょうか?」
「そいつは過大評価だがな。まあ確かに強い冒険者がソロになる例もある。きっと自分の実力が周りに合わない、とかなんだろうな。だが、多くは強さ以外の理由がある。そもそも冒険者稼業をするうえで、パーティを組んだ方が良いのは間違いない」
人数が増えることで、力も数倍になる。
それは間違いないことだし、俺はソロ冒険者だが、パーティを組むことを悪いとは全然思わない。
「ソロ冒険者ってのは、それが出来ない何らかの理由を抱えているやつだ。例えば、どうしても集団とそりが合わない。一人の方がパーティよりも力が発揮できる何らかの理由がある、あるいは他人に知られたくない秘密がある、みたいなな」
「……先生も、ですか?」
「まあ俺のことは良いじゃねえか。で、以前ラズビア領でも言ったように、お前もこれに当てはまる」
ちょっと話がまずい方向に行きそうだったので、無理やり修正した。
雰囲気から藪蛇だと感じ取ってくれたようで、イヴはそれ以上は言及しなかった。
「……私はパーティでの戦闘には向いていませんからね。それに加えて、先生が指導してくださったこともあるので、それらを周りに気づかれないためもありますよね?」
「俺の指導内容がそこまで重要だとは思わねえが、まあ言いふらされたり探られて見つけられるよりはマシだわな」
「そんなことありません、先生の教えは素晴らしいものだと思います」
食い気味に否定するイヴの言葉を聞くに、随分と尊敬されるようになったもんだ。
「ソロ活動をする場合、大事なのは周りを信じすぎないことだ。ソロは全ての責任を自分一人で負う。環境、魔物、他の冒険者、たまたま現地で会った人……そういった脅威や脅威になりうることに対処しなくちゃならねえんだ。
特に他の冒険者と関わるときは絶対に信じすぎるな。必ずどこか疑ってかかれ。いいな?」
「…………」
イヴは、今回は答えなかった。
「おい、聞いてんのか?」
「……それは、先生もでしょうか?」
返ってきたのは、少しだけ弱々しい声と、伺うような視線だった。
「戦場ではそうだな……ただ、指導をする以上、教室では俺の言うことを信じてもらわないと困る」
「! そ、そうですよね」
返事を聞いて、少しだけ口角を吊り上げるイヴ。
安堵したように胸を撫でおろす彼女を見つつ、俺は少しの不安を感じていた。
そんな俺の気持ちなど気づくはずもなく、イヴは今度は険しい視線を俺に向ける。
「先生、一つだけ不満があります」
「……なんだ」
「先生は先ほど、自分に対して過大評価という言葉をお使いになりましたが、私はそうは思いません。先生こそ、私の知る中で一番の冒険者です」
「やめろ。俺はそんな器じゃねえし、指導しているから分かるが、お前の方が遥かに才能がある」
つい最近感じていることを正直にそのまま伝えた。
それで納得してくれると、そう思ったのだが。
「そんなことはありません!」
これまでにない声量で、イヴは俺に食って掛かる。
強い瞳を見て、面倒なことになったと思った。
身体を反らし、まだ何かを言おうとするイヴの言葉を遮って、話を終わらせる。
「分かった。分かった。もう過大評価とは言わない。だからこの話は終わりだ。それでいいな?」
「……はい」
納得はしていなさそうだったが、俺が終わりと言ったことで、イヴは渋々受け入れた。
「話を戻すが、お前が思うほど良い人ばかりじゃねえんだ。騙されてからじゃ遅え。これはよく覚えておけよ」
「……分かりました」
イヴに人を信じるな、と教えたことはこれまでも何度かある。
そのたびにイヴは分かりました、と返事や態度を返すものの、本当にこいつの心に響いているとは俺には思えなかった。
聞いていないとか、分かっていないとかではなく、響く部分がそもそもないような、そんな気がした。
空間に亀裂が入る。
的を中心に、取り囲むように開いた亀裂の数は3。
それぞれから細い火柱が飛び、的をさまざまな方向から貫く。
火の光線により、イッテツさんお手製の魔法の的は黒い円状の染みを残した。
火の魔法『フレイムライン』、Eランクの熟練度で使える魔法としてはかなり高威力な魔法だ。
本来なら一本でも十分なところを、魔法式の最適化を行ったことで、イヴは三本射出できていた。
魔法式の改良に関するノートを渡してまだ数か月。
にも関わらず、イヴはEランクまでの魔法の最適化を終わらせていた。
正直、剣ほどの才能はないと思っていたものの、それは俺の甘い予測だったらしい。
イヴの才能は、魔法にまで及んでいる。
「どうですか? 先生」
的の様子を観察していたイヴは、背後に立つ俺に尋ねてくる。
最近は訓練に付き合えていなかったが、どうやら気配で気づかれたようだ。
「悪くねえ。こんだけできれば上出来だ」
褒めると、イヴは口角をほんの少しだけ上げる。
「ありがとうございます! あ、ですがこれで今使える火魔法は全部改良が終わってしまいました」
しかしすぐに思い出したように報告をしてきた。
もう火の魔法が終わったようだ。やはり習得が早い。
「……まあ、良い頃だな。剣に関しても成長が著しいし、火の魔法も覚えた。これなら他の魔法に関しても――」
「先生、次は水の魔法を覚えたいです。先生の秘蔵のノートを貸していただけませんか?」
十分すぎるほど実力が備わったと思ったものの、イヴからは新たに水の魔法を強請られてしまった。
「…………」
「先生?」
「いや、何でもない。水な……ちょっと待ってろ」
俺はイヴにそう言って教室へ戻る。
小屋の扉を開け、中に入り、本棚から自分で作った水の魔法式に関するノートを抜いた。
これで問題がないとノートの中身を確認したところで、俺はため息を吐いた。
「……潮時だな」
イヴはまだまだ俺から学びたいようだが、基礎的な部分に関しては十分に教えきった。
教えられることがもうないわけではないものの、これまでの教えを生かせば、これから先もやっていけるはずだ。
それにイヴには、それだけの素質がある。
彼女なら俺の習得しているCランクすら越え、Bや下手すればAにも届くはずだ。
これ以上、ここで燻ぶっているのは、時間の浪費になりかねない。
それにイヴは、今俺に対して心を開きすぎている。
正直、卵から孵った雛が初めて親鳥を見た時と同じような感じさえする。
このままでは、独り立ちできなくなる可能性すらある。
指導者である教師の言うことを聞くことは大事だ。
だが、そのままではいけない。自分の力で立ち、前に進むのは生徒自身だ。
教師である俺は、ずっとイヴの側にいるわけじゃないから。
「……それにまあ、いつまでもここにいてもらっても困る。とっとと冒険者に復帰して、強くなって、金を稼いで入れてもらわないとな。ここら辺じゃ、魔物のレベルも低いから成長には限度があるだろうし」
独り言をつぶやき、手元のノートに視線を落とす。
ノートは渡す、これは仕方のないことだ。
だが、近いうちに残ったイヴの最後の課題をなんとかしなければならない。
「仕方ねえか」
気は進まないが、イヴのためだと思い、俺は腹を括った。




