第13話 その才は、魔法にまで及ぶ
日は流れていく。
午前中は魔物を狩り、午後は教室の裏庭で戦技の改善に取り組むのがイヴの日常だ。
魔物を狩ることを日課にしてから彼女の剣の熟練度はさらに伸び、つい先日Dに届いた。
この熟練度は、イヴの2段階上の四級冒険者になれるか否かくらいに当たる。
戦技の再現を重点的に行っているイヴならば、今すぐギルドに顔を出して依頼を受ければ、四級とは行かなくても、すぐに一つ上の五級冒険者にはなれるだろう。
また、剣の熟練度がDに上がったことで、イヴはさらに追加で戦技を習得した。
扱える戦技の数が増えたものの、イヴは飲み込みが早いのみならず、一度習得したことが抜けにくい性質でもあるらしい。
日が経っても、これまで最適化した戦技が使えなくなる、といったことは無かった。
天才というものの凄さを、改めて目にした。
イヴに対する強さの指導は、これ以上ないほど順調だと言えるだろう。
ある日の夕方、俺はイヴと共に教室の外のテーブル付きベンチに腰かけていた。
「イヴ、戦技の習得は順調だ。魔物を狩り続けることで、熟練度も上がったしな」
「はい、先生のおかげです。ありがとうございます」
「だが、戦う際にはもう一つ、身につけておいた方が良い技能がある。分かるか?」
「……魔法、ですか?」
イヴの言葉を、俺は頷いて肯定した。
「ああ、そうだ。魔法は使ったことあるか?」
「……火属性の初歩魔法であるファイアボールだけなら」
俺は持ってきていた一冊の本を開いてテーブルの上に置き、イヴの方に差し出す。
教室の本棚に置いてある初歩的な魔導書で、開いたのはファイアボールに関するページだ。
「そこに書いてあるのは、ファイアボールの魔法に関する内容だ」
「知っています。ここにあるように、魔法式を唱えることで魔法を発動できる……。凄腕の魔法使いだとその詠唱すら唱えなくていい、と聞いたことがあります」
「詠唱破棄と言われるものだな。だがそんな凄腕の魔法使いだって、以前は魔法式を唱えていた。だから最初に魔法を教わるときは魔法式を覚えさせられる。そこに書いてある複雑な式を一言一句違わず覚えて、特殊な発音も覚えて、それで実際に使用する」
「ファイアボールに関してなら、私もそらんじることができます」
流石は優秀なイヴ、覚えている魔法は一つだけだったが、それを自由に使えるくらいには習得していたようだ。
いや、この場合は学んだというよりも、自然と知識として蓄えたという方が正しいかもしれない。
イヴの吸収力をもってすれば、どうということは無いのだろう。
「よし、ならあそこにある的めがけて、ファイアボールを放て」
「……あれに……ですか?」
指さした先にある的を見て、イヴはやや訝しげな声を出した。
ただの石でできた白と赤の的に魔法を打ち込めば、壊してしまうと考えたのだろう。
「大丈夫だ。あれは特別製で、魔法に耐えられる構造だ。作った人が言うには、上位の魔法でも壊れないらしい」
「そんなすごいものだったんですね……」
その分めちゃくちゃ高かったけどな、という言葉は飲み込んだ。
言うと少し悲しくなりそうだったから。
イヴはそれならば、と早速ベンチから立ち上がり、少し歩く。
線が引いてあるので自然とそこに立ち、的と向き合う形に。
右手を前に出して、的に狙いを定めて詠唱を開始。
俺たちが普段話す言葉とは違う言語が、耳を右から左に流れていく。
「ファイアボール」
そして彼女が呟けば、イヴの手のひらが赤く輝き、灼熱の球体が射出される。
火球はまっすぐに大きな的へ向かい、その中心に命中した。
イッテツさんお手製の魔法用の的は命中すると一定時間だけ黒く変色するが、今回は中央が黒くなっている。
「威力も精度も問題ない……いや、十分合格点だな」
六級冒険者という肩書から考えるとかなり筋が良い。
彼女は剣士だが、ファイアボールの魔法に関してはそこら辺の魔法使いと同じくらいには使いこなせるようだ。
天才は何をやっても上手くいくというのを聞いたことがある。
イヴの才は、剣だけでなく魔法にも及ぶのかもしれない。
(こりゃあ……魔法に関しても伸びるぞ……パーティでの戦闘に致命的に向いてなかったのが分かった今、このまま成長すりゃ一流冒険者になるのだって不可能じゃねえ)
才能があるだけじゃない。
勤勉で、吸収力があり、かつ定着したら抜け落ちにくいのもかなりの長所だ。
化ける可能性は、かなり高いと感じていた。
(ひょっとしたら槍や弓に対しても?)
恐らくほとんどのことは上手くいくだろう。
だからこそ、その先を考えてしまう。
(成長限界さえなければ、それこそ本当に勇者クラスにだって――)
「先生っ!」
「っ! イ、イヴ?」
「先生? あの……ファイアボールの魔法、見ていてくれましたか?」
「あっ、ああ、見ていたぜ。悪い悪い、ちょっと考え事をしててな」
どうやらイヴが戻ってきたことにすら気づかないくらい考え込んでいたらしい。
イヴは元の席に再び座って、手で魔導書に触れた。
「それで……私はこの魔導書にある魔法式を全部覚えれば良いのでしょうか?」
聞きながらも、その目は何かを窺うように俺を見てくる。
どうやら戦技の一件で、イヴは何かに感づいているらしい。
そして、それは正しい。
「いや、お前が覚えるのはそれじゃねえ」
俺の言葉に、イヴの瞳に好奇の色が如実に表れた。
一冊のノートを取り出し、それをイヴに見せる。
「こいつだ」
「それは?」
「こいつは、俺が魔法式を改良したノートだ」
「……改良?」
何を言っているのかよく分からないという顔をするイヴ。
俺はとりあえずノートをテーブルにおいて、ファイアボールのページを開き、イヴに差し出した。
ノートに視線を落とし、彼女は首をかしげる。
「これは……ファイアボールの魔法式? ですが従来のものと違っているようですが……」
「ああ、それが改良した魔法式だ。さて、ここで一つ質問だ。魔法式っていうのは、唱えれば誰でも使える便利な代物だが――」
「戦技と同じように、一人一人に最適化していない! ということですね? 先生!」
説明を始めたところで、イヴは言葉を遮って大きな声で告げた。
子供のように目がキラキラとしている。
(……こいつ、こんな顔も出来たのか)
確かにそれなりに付き合いを重ねる中で態度が軟化してきたな、と思うことは今までもあった。
ただ、びくびくしてこっちの様子を窺っていた出会った当初のイヴと比べると、その変わりようは大きい。
まあ、感情豊かな方が良いだろうし、きっと本来の彼女はこっちなんだろうと思い、説明を続ける。
「まあそれに近い。魔法式は誰でも使えるという利点の代わりに、『誰が』『どんな環境で』使うのかの情報が抜けている。この二つを埋め込んで改良したのが、その式ってことだ」
「こことここに入れるのが、使用者と環境ということですか……」
「ああ。……イヴ、ちょっと俺の手を握れ」
自らの左手を差し出すと、イヴは一瞬目を見開いたが、やがておずおずと手を握り返した。
俺は目を瞑り、集中する。彼女の魔力を、読み取る。
「よし、大体わかった。この二つの式を当てはめて、魔法を使ってみろ」
懐から紙を取り出し、二つの式をそこに記入して、イヴの方へと押し出す。
記入したのは、イヴ個人の魔力と、この場の魔法情報。
それらに目を通し、イヴは再度ベンチから立ち上がって、的の前へと移動する。
ノートと紙はテーブルに置かれたままだが、きっと聡明な彼女のことなので頭の中にもう入っているのだろう。
改良した魔法式の詠唱を紡ぎ、右手を前へと突き出して、そして。
「ファイアボール」
火球が、射出された。
先ほどの物よりも一回り大きく、それでいて速い。
火炎の玉は一直線に的めがけて飛び、命中。
前回よりも二回りほど大きい黒色を的に残した。
(いいねぇ!)
分かってはいたことではあるが、実際に成果を目にして、俺は内心でほくそ笑んだ。
魔法式を最適化することで威力が上がるのは俺の実体験で既に証明しているが、ここまで向上するとは予想以上だ。
その理由がイヴ自身にあることを確信した。
(あぁ……いいなぁ。才能の塊だ。これは強い冒険者になる……ダイヤモンドの原石……いや、金を考えると金脈か)
くくくっ、と内心で笑いつつ、自らが放ったファイアボールの威力に驚いているイヴに声をかけた。
「どうだ? 改良したファイアボールは?」
唖然とした様子で的を見ていたイヴは俺の方を向いて、興奮冷めやらぬ様子で口を開いた。
「すごい……すごいです……まさかこんなにすぐ魔法が強化できるなんて……」
「とはいえ飛躍的に強くなるわけじゃねえがな。それに、お前に関する式は俺が読み取っただけだ。実際にお前が自力で式を読み取った方が効果は出るだろ。環境による式はその場その場で変わるから、そこは要注意だな」
この改良した魔法式のメリットとデメリットを詳細に説明する。
「こいつは色々と利点が多いが、その場その場で色々と考えないといけねえ。個人個人の魔力の調子はその都度変わるし、それは環境に関しても同様だからな」
「……ですがその分、強くなれる」
「ああ、強さを求めるお前にはぴったりな方法だろ?」
「はい」
イヴは口元を緩めて、はっきりと頷いた。
それに対して不敵に笑って、俺は持ってきていたノートを彼女に手渡す。
「ここに書いてあるのはあくまでも火系統の魔法だけだが、最初はそれから始めろ。これに関してはとくに教えることはねえが、課題として存分に取り組め。まあ、改良した魔法式でよく分からないところがあったりしたら聞いてくれや」
「分かりました、ありがとうございます、先生!」
ノートを受け取り、胸に大事そうに抱えてイヴは頭を下げた。
自分が今まで作ったものをそこまで大切にされて、俺も思わず嬉しくなる。
俺の教えた方法でイヴが強くなったとき、彼女はどこまでの強者になるだろうか。
そのために、出来ることはしたい。
(……とりあえず、写しを作るか)
以前作成した9冊のノートを思い出しながら、これからやるべきことを整理した時だった。
「……あっ」
イヴが不意に声を上げる。
目を向けてみると、難しそうな顔をして首を傾げている。
「どうした?」
「いえ……またあの変な感覚が……」
「変な感覚? ……ああ、以前言ってた切り替わる、みたいなやつか?」
「はい……」
以前イヴが覚えていた、切り替わり、光が灯るような感覚。
俺がスイッチと形容した出来事がまた起きたらしい。
心配に感じているのかイヴはおずおずと尋ねてくる。
「これ、なんなんでしょうか? 大丈夫……ですよね?」
「絶対とは言い切れねえが……まあ、大丈夫なんじゃねえか?」
「うー……先生でも分からないなんて……」
「別に悪いことが起こっているわけでもねえし、気にしなくていいだろ」
少なくとも俺に覚えはなく、イヴも分からないならお手上げなことに変わりはない。
それでもどこか気味が悪いのか、イヴは眉を下げて「うー」と唸り続けていた。




