第11話 致命的な欠点と、解決策
数日後、俺はイヴを連れて、エステルの北にあるラズビア領へ来ていた。
わざわざこんな場所に来たのは、イヴの噂の真相を確かめるためだ。
今いる場所はラズビア領でも北の方で、どちらかというとエステルの街が属するイセリア領よりもユトニア領に近い。
その分強力な魔物が出没するので、イヴと共に『パーティ』での討伐を行う。
「せ、先生とパーティを組むだなんて……」
「いつも通りで構わねえ。ただまあ、俺は少しだけ力を抑えるがな」
流石に一番手慣れた刀でやると戦力的に少し過剰だ。
なので今回は、殴打用のメイスを持ってきていた。
「じゃあ始めるぞ。基本的に適当に散策して、見つけた魔物を倒す。なるべく指示は出すようにはする」
「は、はいっ!」
緊張した面持ちのイヴを連れて深い密林を歩く。
少しすると、すぐに魔物が現れた。
黒い毛皮に白い模様が付いた獰猛な虎型の魔物『ブラックタイガー』だ。
「俺は左からやる。お前は右から挟め」
「はいっ!」
勢いの良い返事を聞いて、俺は地面を蹴って左に。
すぐにブラックタイガーはそれに気づいて爪を振り上げてくる。
振り下ろされた爪をメイスで受け止めればその隙にイヴが攻撃をしてくれると、そう思った。
「……は?」
いつまで経ってもブラックタイガーに動きがないのでイヴの方を窺うと、彼女は遅れていた。
いくらなんでも俺はそこまで速く移動したわけじゃないし、普段のイヴなら追いつける筈だ。
にもかかわらず、イヴは遅れている。
「はぁ!」
イヴが俺から少し遅れて直剣を鞘から抜き、それを振り上げる。
これまで指導したことのすべてがまるで最初からなかったかのようなめちゃくちゃな角度に、力の入れ方。そもそも構えが整っていない。
そして振り下ろした剣の一撃が、あまりにも弱いことを俺は目で知った。
「……なにがどうなって」
「まだぁ!」
驚くものの、イヴはがむしゃらに剣を振ってブラックタイガーを攻撃する。
それはまるで、子供がチャンバラごっこをするかのような動きだった。
「お、おい、もういい、やめろ」
「っ!」
ひとまず落ち着いて状況を整理したいと思い、イヴに止めるように言ったものの、彼女は止まらない。
俺の言葉を無視してがむしゃらに剣を振っている。
その姿に、もはやふざけているのか、とさえ思い始めたとき。
「ぐっ!」
まるでうっとおしいかのようにブラックタイガーが腕でイヴを弾き飛ばす。
彼女は地面を転がり、終わったと思ったブラックタイガーは次に俺を見る。
押しつぶさんと右の前足を振り上げ、それを見て俺はメイスを構えた。
受け流してがら空きの胴体に殴打をしようと今後の動きを決めたところで。
「させないっ!」
急に入ってきたイヴにより、俺は衝撃を感じ、横に飛ばされそうになる。
それにはなんとか踏みとどまって耐えたものの、流石に我慢の限界だった。
「いいかげんに……しろ!」
これ以上はやってられるか、と思い、メイスを力任せに振ってブラックタイガーの切り裂きを弾く。
そしてそのまま流れるように鈍器の戦技『星砕き』を発動した。
正確無比にメイスを動かし、渾身の力でブラックタイガーの頭に振り下ろす。
頭に当たった瞬間に、そこを中心にひび割れ状に光が走り、衝撃がブラックタイガーの上から下に突き抜けた。
流石にランクC相当の戦技をもってすればひとたまりもないようで、ブラックタイガーはその場に五体投地。
とどめとばかりに、もう一度『星砕き』を放ち、完全にその息の根を止めた。
灰になって消えていくブラックタイガー。
待っていれば、少しした後には普段見ているものよりもやや大きな魔石が地面に落ちるだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。今の問題は、すまなそうに俺を見ているイヴだ。
「ご、ごめんなさい……私、全然ダメで……」
「……説明しろ。一体何がどうなってる? どうして動きが遅い? どうして教えた動きと全く違う動きをする? なんで指示を聞かなかった?」
「あっ……ご、ごめん――」
「謝ってほしいわけじゃねえ、理由が聞きてえんだが」
「…………」
イヴは、何も言わずに俯く。
「もう一度言う、説明しろ。俺は怒ってるんじゃねえ、理解が出来ねえんだ。お前、これまで俺の持ってる土地の周りの魔物を一人で狩ることだってあっただろうが。なのになんで、さっきはあんな感じになった?」
「……私も、分からないんです」
「分からない?」
やがてイヴは頭を上げる。表情は、今にも泣きそうだった。
「さっきはなんだか頭が真っ白になって……思ったように身体も全然動かなくて……私が私じゃないみたいで……」
「……なに?」
「やりたくてやってるんじゃないんです……本当は先生から教わったことを……その成果を見せたかったのに……なのに私……やっぱりダメで……」
「…………」
悔しそうに奥歯を噛みしめ、涙をこらえるイヴを見て俺は考える。
イヴの言っていることはさっぱり意味が分からない。分からないけれど。
「お」
再度、ブラックタイガーがおあつらえ向きに再び現れた。
先ほどの大きな音で気づいてこちらに足を運んだんだろう。
獰猛な牙を震わせながら、俺たちのことを獲物を見る目で見ている。
「……イヴ、次はあれ、一人で倒してみろ」
「……え?」
「いいから、やってみろ。もし危なくなったら助けてやる。いいか? お前は今から一人であれを倒すんだ。一人でな」
一人で、という言葉を強調して、イヴにブラックタイガーの相手をさせる。
六級冒険者のイヴからすれば、ブラックタイガーは格上の相手。
「……分かりました、やってみます」
緊張しているが、それでも俺に言われたからということで剣を手に前に出るイヴ。
その途中で、一歩一歩進むたびに、イヴの纏う雰囲気が少しずつ変わっていく。
後ろ向きに下がって距離を置きつつ観察。
ブラックタイガーと対峙する頃には、いつものイヴに戻っていた。
「…………」
じっと見つめ合うイヴとブラックタイガー。
先に地面を蹴ったのは、イヴの方だった。
彼女は先ほどとはまるで別人のような軽やかな動きで前へ。
それを見て反応し、前足で切り裂こうとしたブラックタイガーの左側へ、急スピードで回り込んだ。
剣士のランクE戦技、『旋風』。
体を回転させて相手の側面へと回り込みつつ、剣で斬りつける戦技だ。
綺麗に決まったイヴの戦技により、ブラックタイガーの黒い毛皮に赤い線が走り、そこから血が流れ、表情が歪む。
「ふっ!」
「GyaooooOO!!」
短い呼吸で剣を振り上げ、続けて『強斬』を放とうとするイヴ。
それに対して、ブラックタイガーは体の向きを変えつつ、飛びつくように突っ込んだ。
「ぐっ!」
巨体の突進に合わせて、イヴは後ろに飛ぶ。
そしてブラックタイガーの頭が自身の胸の軽装鎧に当たって衝撃が身体を貫く寸前に、イヴは淡く輝く剣を振り下ろした。
残念ながら吹き飛ばされたために直撃はしなかったが、輝く切っ先はブラックタイガーの頭部を掠る。
イヴは吹き飛ばされて木に激突。
一方でブラックタイガーはイヴの強さを感じたのか、追撃を仕掛けなかった。
(十分だな)
結果に納得した俺は腰から刀を引き抜き、大地を蹴る。
イヴの方を警戒していたブラックタイガーは足音に気づくものの、遅い。
下段に構え、斬り上げ。すぐに構えを突きのものに戻して、生じた斬撃をすり抜ける。
鋭い一突きが前足を振りかぶったブラックタイガーの胴体に突き刺さり、間髪を入れずに幾重もの斬撃が襲い掛かる。
刀の戦技『豪雨一閃』。
己の実力よりも数段上の戦技により、ブラックタイガーの身体は傾き、地面へと倒れた。
「おいイヴ、大丈夫か?」
倒したブラックタイガーから目を離し、俺は飛ばされたイヴに声をかける。
見てみると、彼女は膝をついた状態で目を瞑っていた。
それは気絶しているのではなく、何かを待っているようだった。
右手は確かに剣の柄をしっかりと握りしめていることから、ブラックタイガーが追撃を仕掛けてきたらカウンターを決めるつもりだったんだろう。
「……先生、ありがとうございます」
「いや、邪魔したな。手を出さなくても倒せるかと思ったが……まあいい、イヴ、一つ分かったことがある」
「分かったこと……ですか?」
首を傾げるイヴ。
どうやらまだ自分のことに気づいていないらしい。呆れたやつだ。
「おそらくだが、お前にはパーティは向いていない。だが逆にソロに異常なほどに向いている。今の一戦、いつも通りに身体が動いていたんじゃないか?」
「は、はい、動いていました! そ、それに先生に教わったことも!」
「最初から見ていたが、確かにいつも通りのお前の動きだった。だからこれは確定だろう」
これでサトリアや他の冒険者がイヴに対して使えない、という評価を下した理由は分かった。
イヴは一人で戦うことに関して、他の人よりもはるかに才能がある。
むしろ才能がありすぎて、集団で戦うことは苦手なのだろう。
なぜそんなチグハグな性質を持っているのかは分からないが、解決策はもう見えている。
向いている方でやっていけばいいだけだ。
「お前、これからはずっとソロで活動しろ。パーティを組むとまるで力を発揮できないが、ソロならこれから先どんどん強くなるし、強い魔物だって倒せるようになる」
「ソロ……で、ですがパーティを組まなくても、良いのでしょうか?」
「ああ……そうか、ギルドは基本的にパーティを組むことを推奨するから気づかなかったのか。世の中には一定数ソロの冒険者はいるぞ。俺もその一人だしな。必ずしも冒険者としてやっていく中で、パーティを組む必要はねえよ」
ソロ冒険者は少数派ではあるが、禁止されている、というわけではない。
そのことをイヴに伝えると、目を瞬かせた。
「……そうだったんですね。私……他の方とどうして合わせられないんだろう、どうして私は弱いんだろうって、ずっと思っていました」
「合わせられないんじゃねえ、合わせる必要がなかったってことだな。あとお前は弱くねえよ」
イヴが弱かったら、世の中のほとんどの冒険者は弱くなるだろう。
そう伝えると、イヴは自らの拳を胸の前に持っていき、力を入れた。
「そっか……ソロでやれば……私は……」
呟いていたイヴは顔を上げ、俺に笑顔を向けた。
「ありがとうございます、先生。先生のおかげで、また一歩先に進めました。」
「ああ、もっと感謝しろ」
「……ふふっ」
適当に返すものの、何が面白いのかイヴは満面の笑みを返してきた。
そしてイヴは手に持った剣に目を向け、状態の確認を始める。
格上のブラックタイガーと戦ったので、刃こぼれがないかどうかなどを確認しているのだろう。
「…………」
イヴの強さと周りの評価との乖離具合について、理由は分かった。
けれど、まだ根本的なところが解決していない。
『人を信じすぎること』。それを何とかしないと、イヴにいつか痛い目を見る日が来る。
満足そうに口角を上げているイヴの一方で、俺は腕を組んだ。
何とかするための案は、思いついていなかった。




