第10話 指導に見え始めた翳り
ある日の夕方、俺は教室の中でイヴに授業を行っていた。
今回指導している内容は、冒険者についてだ。
「前回までの復習になるが、冒険者のパーティの一番多い形はどんな形だ?」
「前衛、後衛に分かれ、前衛には剣士など、後衛には魔法使いや僧侶が入ります」
「そうだ。それぞれの主な出身国は?」
「前衛はここシエルエイラと、西にあるセイランから。魔法使いはマルクマギカで、僧侶はアーセラスが主です」
「よし、いいな」
しっかりとイヴの頭に入っていることを確認し、俺は頷いた。
エステルの街で購入したノートにもしっかりと記入しているようだし、夜に復習をしているのも知っていたが、それが実を結んでいるようだ。
「じゃあ今回はその続きからだ。冒険者は魔物を狩るのが仕事だ。魔物避けはあるが、こいつは多数の魔物には効果がないことが判明している。増え続ける魔物は、各国が抱える兵士だけじゃ間引ききれねえ。国がしないといけないことは治安維持や魔災への対応、各国との共同戦線や、すぐに駆け付けるための道路の舗装のように色々あるしな。だからこそ、手が届かない部分を担当するのが冒険者ってわけだ」
「重要な役割ですね」
「そうだな。ただ冒険者達は基本的には金での繋がりだ。乱暴者や気性の荒い人間が多い。ギルドっていう管理団体はあるものの、完全に管理できるわけじゃねえ。……冒険者同士の諍いなんてのは日常茶飯事だし、下手すりゃ裏切りや殺しにも発展する」
冒険者に対する説明に、イヴは顔を顰めた。
「だからこそ、ステータスプレートのような情報はなるべく隠せ。一定の距離を保ってパーティを組んで、そして依頼をこなす。まあ、依頼成功のついでで酒飲むくらいはいいかもしれないが、それ以外は基本関わらないってのが、一般的だ」
「なる……ほど」
イヴは俺が言ったことを自分の言葉でまとめて、ノートに書き込んでいる。
書き終わるのを少し待った後に、俺はイヴをじっと見た。
「特に戦場では絶対に油断するな。街中ならまだ安全は高いが、そこから出れば自分の身を守るのは自分だけだ。依頼に見せかけてパーティメンバーを殺す、みたいな話だって、ないわけじゃねえ」
「…………」
「よく聞け、お前が思うほど、他人はお前に誠実じゃねえんだ。だから最初から疑ってかかれ。いつか裏切るかもしれない、とさえ思っていい」
「……わかり……ました」
イヴは答えるものの、返事の歯切れが珍しく悪く、難しそうな顔をしている。
「……信じられないか? お前だってあの態度だけデカ……いや、テイ……なんとかに報酬を奪われてただろ」
「い、いえ、あれは私が弱くて役立たずだったからで……」
「……お前なぁ。だからって報酬を全部渡すのは違うだろ。それじゃ依頼をこなす意味がねえだろうが」
「……すみ……ません」
「俺に謝られてもな……」
今回の授業で、一つ分かったことがある。
イヴは、他人を無条件に信じている。人はもともとは善で、それを歪めてしまったのは自分のせいだと思っているようだ。
極端に低い自己評価もそのためだろう。
だが、現実は非情だ。実際には、人には善人もいれば悪人だっている。
全ての人、全ての事を信じていれば、いつか痛い目を見る。
イヴの今のあり方は危険だ。
今までずっと順調だったイヴの指導に、翳りが見え始めた。
その日、俺はエステルの街の冒険者ギルドへ足を運んでいた。
イヴには魔物狩りを任せているために、ここにはいない。
「珍しいですね、エンディさんが私に用事、だなんて」
目当ての人物は俺の横で、じっと探るような視線を送ってくる。
少しうざく感じ、話を急いだ。
「イヴのここに来るまでについて、知ってる限りを教えろ」
「あら、イヴさん最近ここに来ないから心配していたんですが、しっかりと見てくださっているみたいですね。ありがとうございます、エンディ先生♪」
「うぜえ、早くしろ」
睨みつければ、サトリアは「はいはい」と言って笑みを浮かべた。
けれどすぐに真剣な表情に切り替え、イヴの経歴を教えてくれる。
「イヴさんがカーネリアで目覚め、兵士を志し、それに失敗して冒険者になったのは以前に話しましたよね? そのときイヴさんを気にかけたのがアイリス……カーネリアの街のギルド受付嬢だったんです。イヴさんはパーティでの貢献度が低いらしく、パーティを組んだメンバーからの苦情が相次いでいたそうです」
「そんなに多くの苦情があったのか?」
「そうらしいです。時にはメンバーが大けがを負うようなこともあったとか」
サトリアの話は、普段からイヴを指導している俺からすると疑わしいものだった。
優秀で才能あふれるイヴに対する評価とはとても思えない。
「それで……冒険者達の中には良くない風潮が出始めたんです。イヴさんは無料で人員になってくれる。荷物持ちや、数合わせ……最悪囮にすればいい、という風潮です。最初は冒険者の方たちもパーティとしてイヴさんと連携を取ろうとしてくれたんだと思います。ですが、最後の方はそもそも冒険者側が連携にイヴさんを組み込まないようにしていた、と手紙でアイリスから聞いています」
「なるほど、荷物ではなく便利な数合わせや、最悪盾として扱ったってことか」
「……酷い話だと思います」
「どうだかな。まあ、そうなるのも仕方ねえ流れだ。荷物に殺されちゃ、そいつらも困るだろうからな」
「そんな言い方っ!」
怒りを露にして叫ぶサトリア。
それを無視して、俺は続ける。
「事実だ。ただ、やり方に思うところはあるがな。ある程度歴のある冒険者なら、そんな状況になっている段階で冒険者に向いてねえから別の道を薦めるべきだし、そうでなくてもソロをさせるべきだがな。まるで食い物のようにカモにするのは聞いて呆れるぜ」
「……結局アイリスは環境が最悪だと考え、イヴさんに隣のベネルディア領に移動することを薦めたそうです。ただその……ベネルディアのギルド受付嬢は結構不真面目な方が多くてですね……」
「結局は同じこと、って感じか」
環境を変えたところで、原因を変えていないなら同じことだ。
時間をかけて、同じ結果になる。
サトリアは目を伏せて頷いた。
「アイリスはそれを事前に予想していて、私の元にも手紙を送ってくれていました。
そしてしばらくしてイヴさんがエステルにやってきた。多分アイリスが手紙でここに来るのを勧めたんだと思います」
「なるほどなぁ。で、お前がテイ……なんちゃらに頼んだけど、あんな感じだったと」
「イヴさんには悪いことをしたな、と思っています」
沈んだ声を出すサトリアを眺めつつ、これまでのイヴの経歴を脳裏でなぞる。
記憶がないイヴは『人の助けになりたい』という気持ちがあった。
それに加えて、カーネリアでの受付嬢が悪さをしている。
記憶喪失になってからすぐに触れたのが人の好意だったから、そのまま今までやってきた。
もしもカーネリアで手痛い裏切りや悪意に晒されていたら、多少は人に悪があることを信じたかもしれない。
「根深いな」
イヴに人を疑う気持ちを芽生えさせるのは、中々に難しそうだ。




