プロローグ
国立スカイグラス学園。
田舎にあり、小規模な三階建ての校舎を持つ学び舎。
その三階奥にある校長室で、俺――エンディ・スカイグラスは椅子に座っていた。
廊下を歩く足音が聞こえ、扉がノックされる音が響き渡る。
それに対して「入っていいぞ」と返事をすれば、雪のように白い長髪の女性が入ってきた。
「先生、お疲れ様です」
「おう……といっても授業をしているのはイヴ達で、俺はここに座ってるだけなんだがな」
俺の言葉に最初の教え子兼この学園の教師であるイヴはにっこりと微笑んだ。
冒険者としての最高位である特級にまで上り詰め、剣も魔法も一級品のイヴ。
そんな彼女が冒険者の輝かしいまでのキャリアを捨ててこんな田舎の学園の教師になっていることは、いつまで経っても信じられない。
「私達の指導をまとめてくださるのが先生ではありませんか。監督役ほど大変なお仕事はありませんよ」
「そんなもんかねぇ……」
遠い目をして答えた。
もちろん授業が終わった後の夕方から夜にかけてはやることがあるが、それまでは基本的に暇だ。
最初こそ金が自動で入る、そんなぐうたらな生活を夢見ていたものの、実際にそれを達成してみると退屈さの方が勝った。
「で、授業の方はどうだ? ルイ達からは直接聞いたが、ムゥとサナがまだだったな」
「ムゥに関してですが、自分が報告に行きたいと言った挙句、それを拒否したら魔法で姿を消してこの部屋に向かおうとしたので剣でぶん殴りました」
「いや、お前とムゥのやり取りを聞いているんじゃなくて、ムゥの授業がどうだったかを聞いているんだよ」
「失礼しました」
咳払いをしたイヴから、ムゥの授業についての報告を受ける。
俺の第二の教え子にして、魔法の鬼才、魔の深淵に居る者。
さまざまな呼び名を持ち、俺の教室を卒業した後は魔塔と呼ばれる場所で教授にまでなっていた輝かしい経歴の持ち主。
こちらもまた、なんでこんな片田舎の学園の教師になっているのか分からない。
「続いてサナですね。こちらも私とムゥを宥めた後に、「では間を取ってわたくしが」と言わんばかりに抜け駆けしそうだったので、剣で黙らせました。彼女の刀は脅威ですが、先生から学んだもの同士、遅れは取りません」
「いや、だからサナの授業の報告をしろよ。お前たちの確執はいいって」
「失礼しました」
わざとやっているだろ、と思いつつも、イヴからサナの授業についても説明を受ける。
話題に上がったサナも俺の教え子で、二本の刀を自在に操る剣豪だ。
イヴと同じく冒険者の最高位まで上り詰め、こちらは世界に数人しかいない称号「勇者」を持つ者。
そんな彼女もまた、俺の学園で教鞭を振るっている。
彼女たちだけじゃなく、俺の学園の教師陣は粒揃いだ。
ほとんどが俺のような凡人よりも優れた才能を持っていて、俺よりも強い。
でもそんな彼女ら彼らは俺のことを慕ってくれていて。
「そういえば先生……サナからお菓子をもらったとか」
「……ああ、昼前にな」
「ムゥとは昨日一緒に寝たとか」
「あれは違うぞ、あいつが勝手にベッドに入り込んできただけだ」
「なるほどなるほど……他にも他国に親密な女性をたくさん作って……先生には本当に困ったものです」
「…………」
いや、むしろ慕いすぎである。恐怖すら感じるくらいには。
「先生、私はこれで失礼します。まだやりのこしがあるので」
「お、おう……あんまり頑張りすぎるなよ?」
「ふふ♪ ありがとうございます」
ニッコリ笑顔で、イヴは部屋を出ていった。
この後きっとサナと斬り合いをしたり、ムゥと魔法の打ち合いをするのだろう。
「……なんでこうなったんだろうなぁ」
遠い目をして、俺は呟いた。
◆◆◆
三階建ての大きな校舎の裏。
ほんの少しだけ歩いた先に、その小屋はあった。
イヴによって手入れをされているために、汚れや壁に生えた草木などは一切ない。
扉を開け、中へと入る。
出迎えてくれるのは、部屋の中央に置かれたテーブルと、その左右に置かれた二つずつ計四つの椅子。
その内の一つに座り、小屋の中全体を眺める。
「懐かしいな」
今でこそ広大な敷地や立派な校舎を持つスカイグラス学園。
けれどその始まりは、こんな小さな小屋からだった。
スカイグラス学園なんていう大層な名前はなかったし、学園どころか校舎ですらなかった。
たった一つの、この小さな教室しかなかった。
この教室でイヴやムゥを教え、そして段々と教室は大きくなっていった。
今はもう使われていないとしても、この小屋が、教室が、始まりの場所。
「色々な事があったな」
背もたれに背を預け、感慨深く俺は呟く。
これまでの長い時間を、頭の中で遡っていく。
サナやムゥ、イヴとの出会いも越えて、頭の中の時を戻していく。
この教室ができた日のことを、今でも鮮明に覚えている。




