中は思ったより綺麗だな
「どうぞこちらへ」
俺によって破壊されたドアをくぐると、中から甘い匂いが漂ってくる。
お菓子と花の香が混ざったようなその匂いは、これが女の子の部屋であることをありありと主張する。
俺は鼻腔を最大まで伸ばしてそれを吸い込んだ。
女の子、俺の中にカモンッッッ!
外から見ただけじゃわからなかったが、少女が一人寝れるくらいの空間はかなり広く、二人が座るにもゆとりがあるくらいだ。
俺は彼女に促されるまま、彼女の敷いてくれたハート型の座布団の上に乗る。
辺りを見回すと、二段ほどの小ぶりのタンスや可愛らしいクマのぬいぐるみ、他にも野宿してるとは到底思えないくらい多くの雑貨が並べてあった。
ほんとにホームレスだよな……?
俺なんか騙されてるかも。
なんて被害妄想に肩を震わせていると、ティーポットを持った彼女と目が合う。
「……? えへへ、どうしました?」
笑い慣れてないのか、照れ笑いのような笑みを浮かべる少女に俺は思わずドキッとしてしまう。
そういえば、少女少女と言ってきたが肝心の名前を聞いていなかった。
「いや、なんて呼べばいいのかなって。その、君のこと」
「わわわっ失礼しました! 鳳城家の人間でありながらそのような無礼を!」
彼女はワタワタ慌てふためく。
思わず手に持っているティーポットを落としそうになるが、なんとか持ちこたえた。
無礼だなんて、別にそんな気にすることでもないのにな。
そんな厳格な家柄なのか?
俺のほうが不躾にも値踏みするような視線で見るも、彼女は恭しく一礼をする。
その立ち振る舞いはまるで蝶が如く可憐で、心奪われるようだった。
「改めて、鳳城家長女の綾乃と申します。どうぞお見知りおきを」
荘厳な威厳を感じる立ち姿に、俺は甚だ場違いな感覚に陥る。
もっと礼儀について学んでおけばよかった。
そんな惨めな気持ちを隠すように、俺は彼女、綾乃の家について言及する。
「鳳城ってあんま聞かない名だな。化粧品のHOUJOでしか見たことないけど、こんな身近にいたんだな」
俺の脳裏に有名化粧品ブランドのコマーシャルが再生される。
まあそれとこれとは関係ないんだろうけど。
「あ、うちの商品知ってくださってるんですか? 殿方にはあまり認知されてないと思ってたのですが……」
「え、まじ!?」
あまりの衝撃に俺は目を剥く。ムキムキ。
だってあのメーカー、確か財閥の後継だとかなんとかの超大金持ちだったはずだ。
そんな貧困とは無縁の超お嬢様がなぜにこんなところで道草を食っているのか。
「未来の高級ブランド会社会長がこんなところで何やってるんですか。早くお家に帰って高級ステーキでも食べなさい。大浴場に入って高級爪切りも待ってますよ!?」
俺は思わず彼女を段ボールハウスから追い出そうとドシドシ彼女の背中を押す。
支離滅裂な説得だがそれも仕方ない。
彼女は俺とは違って、本当にこんなところにいるべき人間ではないのだ。
いわゆる、住む世界が違う人間だということだ。
「ちょっ痛、痛いです! 何するんですか!」
「お黙り! 俺だって、俺だって高級シャンプーハットで優雅な時間を過ごしてみたかったんだ……あんたみたいな金持ちにはわからないだろうけど! さあ行った行った」
「本当に何なのですか! いい加減にしてくださいっ」
「あだーーー!????」
俺の剣幕にいまいち状況を掴めていない綾乃だったが、壊れたレコードとなった俺を理解したのか背中を押し続けるその手に噛みついた。
絶叫する俺を尻目に、綾乃は血の滲む前歯を手鏡で整える。
無論俺の血だ。
「礼儀がない人は嫌いです! 私だって好きでここにいるわけではないのですから」
彼女の含むような発言に俺は目を細める。
「家の人が心配してるんじゃないのか?」
「心配なんてしませんよ。みんな、伊津奈に夢中です」
「いずな?」
誰だ?
響きからして女の子っぽい名前だが。
「私の妹です。あの子のご機嫌次第で、あの家にいる誰しもの首が飛ぶのですよ」
綾乃は眉を伏せる。
「もちろん、私も」
彼女は自嘲気味に微笑みを浮かべる。
その笑みはどこか寂しそうで。
遠い誰かに向けられているようだった。




