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第5話 廃人と魔王

 時間がどれぐらい経ったのか、分からなかった。

 耳を澄ませようとしても、ほんのノイズしか聞こえない。

 体を動かそうとしても、何も力が入らない。

「ああ、」

 今も、胸の奥がズキズキ痛んでいた。

 でも、それすら前の出来事のようだった。

 考えることすら、だるかった。

「……もう、いいや…」

 声に出したつもりだけど、喉から声は出せなかった。

 別に構わない。誰にも届かなくていいのだから。

 だってもう、すべてが終わったんだすべてが。

 希望は失った。

 期待も裏切ってしまった。

 俺に残されたものなんて、何もない。


――最初から俺なんていなければ良かったんだ。


 何もない世界の底に沈んでいく感覚がする。苦しみも、後悔も、少しずつ薄れていく気がした。

 心の中が真っ白になっていく。

「……はは」

 気がつくと俺は笑っていた。

 壊れたみたいに、静かに、孤独で。

 この世界も、自分のことも、全部どうでもよくなってしまった。

 

 ふと、こう思った。

(……なんでまだ、歩いてるんだろう)

 体は重いし、足もまともに動かないはずなのに、勝手に前へ進んでいた。

 どれだけ歩いたのかも分からない。

 歩いている理由すら分からなかった。ぼんやりとそう思う。

 この足はどこに向かっているのかと、前を見た。

「……え?」

 気がつけば、目の前に巨大な影がそびえていた。

 真っ黒な壁、鋭い塔に赤黒く光が滲む巨大な門。

(魔王城……?)

 けれど、恐怖心も緊張感も不思議と湧いてこない。空っぽの心では、感情すら薄れていた。

「……まぁ、いっか」

 気がついた時には、足が門をくぐっていた。

 本能か、諦めか、衝動か、それすら分からないまま。

 ただぼんやりと、俺は魔王城の中へと踏み入れた。




   〜〜~




 魔王城の中に足を踏み入れた。

 黒々とした石の床、赤黒い壁……、外観だけならなんとなく知っていた。

 体験版は魔王城の手前で終わる。この先に何があるのか、どんな罠が待ち構えてのか、何も知らない。

 今さら、じんわりと恐怖が迫ってくる。

 魔王戦の資料も見てない。ここから先は、完全に未知の世界だ。

 けど、城の奥へどんどん進んでいた。

 闇に包まれたこの城の先へ、何が待っているのか分からないまま。

 気づけば、廊下の先に一際目立つ大きな扉が見えた。

 足跡はフラフラと曲がっていて、意識も朦朧としていた。

 引き返すという選択肢は、なぜか頭に浮かばない。

 ただ、何かに導かれるように――扉の前に立っていた。

 この先に何があるのか、体験版でも見たことがない場所。それでも、目を逸らさなかった。

「……行くしか、ないか」

 かすかに呟き、両手で扉を押した。

 ギィィ……と廊下全体に響き渡る重低音が耳に刺さる。

 重く軋む扉の先に、息を呑んだ。

 そこだけ、圧倒的に世界観が違った。

 薄暗い魔王城の奥の間なのに、淡い光が差し込んでいる。

(……月明かりみたいだ)

 天井の裂け目から銀色の光が斜めに降り注ぎ、その光に照らされる影が1つ。

 王座のような椅子に腰掛け、静かに佇む「何か」がいる。

 ……いや、誰かと言うべきだろうか。

 その姿は、人のようでありながら、人には程遠いオーラを放っていた。

 淡い光が長い髪を照らし、闇の中で赤い瞳がチラリと光る。

(あれが……魔王……?)

 足が反射的に止まる。声に出そうとしても、喉が乾いて出ない。

 息をすることすら忘れ、ただその「王」を見つめていた。

 光に照らされる魔王が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 赤い瞳が細くなる。

「貴様ァ……セウィロウか?」

 セウィロウの名前を聞いた瞬間、心臓が強く跳ね上がった。

「……はぁ?」

「貴様ァ……!また我を滅ぼしに来たのか……!」

 魔王の目がギラリと光る。

「えっ……!いや、俺はっ……」

 その時だった。


ドォンッ!!


 地面が爆発するほどの衝撃波が俺の足元を薙ぎ払った。

「なっ……!」

 瓦礫が頬をかすめ、熱風が肌を焼く。

 反射的に飛び退いた俺の目に写るのは、暗黒に光る剣を構えた魔王の姿だった。

「決着を着けるぞ、セウィロウッ!!」

 魔王の眼差しは本気だった。

(嘘でしょ…?)

 こうして、魔王との戦闘が始まってしまった。





 テレビを見ていると、あるニューステロップに目が入った。


【行方不明】県内在住の男子高校生

所在不明の経緯はわからず 警察が情報提供を呼びかけ


 テロップと共に画面に映るのは、どこかぎこちない 笑顔のタクミの写真と、『吉川タクミさん(17)』という文字。

「……は?」

 その文字を見た瞬間、手に持っていたペットボトルが床に落ちた。

「タクミが……行方不明?」

 口から勝手に声が漏れた。

 親友だったはずのアイツ。俺たちはあの日以来、絶縁してから何も話していない。

 でも、なぜか胸の奥がズッシリと重くなる。

 テレビの画面が滲んで、涙なのか汗なのか分からなった。

 気づけばスマホを掴んでいて、タクミのLINE、DM、通話履歴を必死に探していた。

 何も返ってこない、何も見つからない。それでも、諦めるわけにはいかない。

「……待ってろよ、絶対に俺が見つけてやるからな」

 あの時の後悔を晴らすために、親友のために、俺はスマホを片手に外へ飛び出した。





「――っ!」

 黒い炎を纏った剣が再び振り下ろされる。

 剣を横に構えると、金属がぶつかるような甲高い音が響き、腕に衝撃が走った。

 一歩、二歩後退する。足がとてつもなく震えていた。

(……強い、強すぎる!!)

 魔王は一切無駄がない動きで、重い一撃を容赦なく叩き込んでくる。

 その度に剣が弾かれ、腕が痺れる。

 防ぐのが精一杯で、反撃なんて夢のまた夢だった。

「まっ、待てって言ってるだろっ!」

 しかし魔王は、いくら叫んでも聞く耳も立てない。むしろ、さっきよりも攻撃が激しくなっている。

「貴様はあの日、我の全てを滅ぼした。もちろん我のこともなァ!」

 黒い衝撃波が床を這い、石畳が砕ける。

 バランスを崩した俺は転げるように後ろに飛び退く。

 息が詰まり、肺が焼けるように熱かった。

 心臓が目覚まし時計みたいに激しく鳴り、頭の中が真っ白になりそうだった。

 それでも必死に握り直す。

「……負けてたまるかぁ!」

 叫び声と共に突っ込む。

 だが、魔王は余裕の笑みを浮かべていた。

「面白い、流石勇者だ。だが、ここで負けるわけにはいかない。我も本気を出さないとな……」

 魔王の声は、雷鳴のように重く響いた。

 次の瞬間、空気が震えた。

 闇のオーラが一気に膨れ上がり、城全体が悲鳴を上げているかのように軋む。

 魔王の手に集まった黒炎が、まるで生きているかのようにうねり、巨大な槍を形成していく。

 全身の毛が逆立つ。この槍に当たれば、間違えなく一瞬で灰になる。

(ヤバい!もう動けない……!)

 もうすでに足は限界を迎えていて、剣を握る手もガクガク震えていた。

 脳は「このままだと死ぬ!逃げろ!」と命令しているのに、体は金縛りにあったみたいに固まったままだった。

「消えろ、セウィロウ――!!」

 黒い槍を振りかざした、その時。


――パァァァァァァッ!!


 突然、俺の全身から眩しい光が溢れ出した。

 白銀の輝きが爆発のように広がり、黒炎を一瞬でかき消す。

「何ィ!?」

 魔王の瞳が恐怖で見開かれる。

 俺は今何が起きているのかさっぱり分からなかった。ただ、光が勝手に広がり、魔王を飲み込んでいく。

「ぐああああああああああああっ!!」

 耳をつんざく悲鳴。

 魔王の姿は、一瞬にして塵のように消えてしまった。

「……は?」

 光が収まり、また静寂が戻った。

 俺は呆然と立ち尽くしていて、自分の手を見ても、何の感覚もない。

(……今の、俺がやったのか……?)

 いや、そんなはずはない。

 俺は何もしていない。ただ恐怖で立ちすくんでただけだ。

 なのに、魔王は一瞬で消えた。

「何なんだよ、これ」

 ただ、心臓の鼓動がやけにうるさかった。

次回予告

一瞬の光で魔王を塵に変えたその力。

それは世界最強の魔力——セイバー。

ゲームの中では、一部のマニアしか知らないチート級の裏技。

だが、その禁断の力を、タクミは“無意識”に覚醒させていた。

「お前、セイバーなんて所持してたのかよ!」

その言葉と共に、正体不明の人物が目の前に現れる。

彼は敵か、味方か——?

そして、セイバーの力の真実とは一体……?


最後まで見てくれてありがとうございました!良かったらブックーマーク保存、高評価よろしくお願いします!

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