第4話 悪夢
すみません、エピソード抜けてました(><)
あれからセウィロウの仲間になってから一週間ぐらいたった。
……にもかかわらず、モンスターの「モ」の字も出てこない。
いや、正確には道端にスライムがぴょこぴょこ跳ねてたけど、「あれはもう虫と同じレベルだ」とセウィロウはスルーするから簡単には倒せない。
これ、冒険というより……ただのウォーキングじゃね?
木濡れ日の下、荷物を担いで黙々と歩くだけの日々。
足の裏は痛いし、背中は汗でじっとりしているし、正直、旅のロマンはどこいった。
そのうえ、セウィロウは前を歩きながら楽しそうに鼻歌まで歌っている。
……いや、文句じゃない。文句じゃないけど。心のどこかでちょっとだけ、本作のような刺激が足りないと思ってしまう自分がいる。
「ま、平和なのはいいこと……だよな」
「おっ、見よ!ここに湖があるぞ!」
前を歩いていた彼が、急に立ち止まって振り返る。
そのまま勢いよく腕を伸ばし、道の先を指さした。
さしている方向を見ると、そこには大きな湖があった。ターコイズブルーに輝いていて、いかにも幻想的だ。
「ここでひとまず休憩しよう」
そう言うなり、セウィロウは湖に向かって駆け出した。
その背中を見て、俺も思わずあとを追う。
湖のほとりに着くと、セウィロウはしゃがみ込んで手のひらで水をすくった。
そして、そのまま口元に運び、ごくごくと勢いよく飲み始める。
「ぷはぁっ!これは当たりだ!」
満足げに叫ぶと、またすぐに両手ですくって、さらに勢いよく水を飲んでいた。
俺はというと、湖面に映る自分の顔に目を向ける。
前にいた世界の湖は、どこも濁っていて汚れていた。
だから、こんなにも透き通った水を見るのは初めてだった。
手に水を突っ込んだ。まるで、自分の顔をぐちゃぐちゃにするみたいに。
冷たすぎず、ぬるすぎず、ちょうどいい冷たさがじんわりと手に染みる。
それだけで、少し心が軽くなった気がした。
「落ち着くなぁ〜……」
のんびりと水面に手を浸したまま、ぽつりと呟いたその時だった。
突然、湖の水面が、ぶわりと不自然に浮き上がった。
「……ん?」
違和感を感じて顔を上げる。
水がまるで生き物のように蠢いていた。
いや、それだけじゃない。湖の真ん中、深く静かだったはずの所に、黒い何かが浮かび上がってくる。
「え、え?」
水面が音を立てて裂け、中から「それ」が現れた。
ねじれた角、無数の目、骨のような腕。
言葉で表せない恐怖が、背筋を凍らせる。
「せ、セウィロウさん……っ!」
横を見ると、セウィロウも水を飲むのを止め、口元を濡らしたまま固まっている。
「これって、もしかして、アレだよな……。伝説のモンスター……」
湖が黒く染まりはじめる中、俺たちは呆然と「邪神」を見上げていた。
〜〜~
――邪神。それは、セイナルファンタジー史上の最強の中ボスだ。
その威力はなんと、俺を召喚した大魔法使いサニーの五十倍の魔力を持っていて、ラスボス級の強さらしい。
俺はサニーを倒したところまでで終わっているからはっきり分からないけど、見た目のインパクトだけで最強だと分かる。
もちろん、攻略法も知らない。弱点も倒すタイミングも、何一つ分からない。
どう考えても、俺には無理だ。まずは一度引いて、体勢を――
「行くぞ!!」
「えっ!?ちょ、待っ」
セウィロウが突然叫んで邪神に向かって走り始めた。
光の粒を巻き上げながら、剣を抜いた姿はまさに主人公そのもの。
……いや、お前は主人公だけどもっ!でも今はタイミング悪すぎだってッ!!
「無策で行かないでくださいっ!!マジで死にますよぉぉぉ!!」
俺も慌てて立ち上がり、後を追うしかなかった。
怖い。正直めちゃくちゃ怖い。ここから早く抜け出したい。でも――
「放っておけるわけないじゃん!」
セウィロウの背中を見た瞬間、体が勝手に走り出していた。
どんなに無茶でも、どんなに怖くても、あんな風に突っ込んでいくやつを一人にできるわけがない。
セウィロウは、邪神の異様な気配を正面から受け止めながらも、一歩も退かずに俺の方を振り返った。
「少年、よく聞け!今君が持っているこの剣で……アイツの右腕を斬ってくれ!」
何かを確信しているような目。その声に、本気の覚悟が滲んでいた。
「そいつの腕が……」
言いかけた、次の瞬間だった。
『バシュッ!』
巨大な角が、まるで山を崩すような勢いで振り下ろされる。
「セウィロウさんっ!!」
彼の体が避ける間もなく吹き飛ばされた。
水しぶきが舞い上がり、何も見えなくなる。
心臓が冷たく収縮する音が、はっきりと聞こえた気がした。
「マジかよ……」
残っているのは、俺と手元にある剣のみ。それだけだった。
無策、無能、無謀。
ルシファー、ヤンデ、マサはこんな俺みたいな感じじゃない。セウィロウがピンチでも、すぐに剣を抜いて立ち向かうはずだ。
なのに、俺はここにぽつんと立っている。
怖い。もうこれは逃げるしかない。
一歩、後ずさりをしたその時だった。
「……おい……少年…」
かすかな声が、風に紛れて聞こえた。
声が聞こえる方向を向くと、ボロボロで上着の中まで水でびしょ濡れなセウィロウが、朦朧とした目でこちらを見ていた。
「セウィロウ……!」
「……君が、やるんだ……右腕だけじゃない……とどめもさすんだ……」
その声はもう、消えそうなぐらい小さかった。
それでも、確かに胸に届いた。
とどめをさせ……?さすがに無茶な気がするけど、セウィロウはこのとおり弱っている。そうなると俺が終わらすしかない。
剣を握っている手を強く握りしめる。
ここで終わらせる。
今度こそ誰も失わないように……!
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」
全身に力を込め、俺は叫びながら剣を振り上げ、邪神に立ち向かった。
この一撃で終わらせてやる!セウィロウの分まで全部俺が――
「――ブフゥォオッ」
邪神がふん、と鼻から息を吐いた。
「は……?」
まるで紙切れのように、あっさり飛ばされてしまった。
「は…?」
これにはセウィロウも呆然としている。
「ぐはッ……!」
背中から岩に叩きつけられた。
痛みすら感じられないほどの衝撃に、意識が遠のいていく。
(あれ?俺、こんなに弱かったの……?)
気が付いたら、深い闇の中へゆっくりと沈んでいった。
〜〜~
「少年……少年……」
低くて、かすれた声が耳に届いた。
ゆっくりとまぶたを開けると、光が差し込む空、ぼやけた人影が――
「セ、セウィロウ……?」
その人影は、ボロボロの彼だった。
服は破れ、全身に無数の傷。顔も血だらけで、呼吸は荒い。ゴブリンのときよりも酷いと感じた。
それでも彼は、じっと俺を見つめている。何の揺るぎもなく。
その眼差しが、あまりにも辛かった。
俺は、無意識に口を開いていた。
「……ごめんなさい……っ」
言葉が震えていた。あの時、何も出来なかった。
「俺、何も出来なくて……その、えと……」
「ふっ……ははは」
「あははははっ!」と突然笑いだした。
その顔はあまりにも狂気じみていて、怖かった。
「いやぁー、やっぱりそうだと思ったよぉ〜」
その声は、あの優しさは失っていた。
「キミさぁ、結局はゴミだったんだよ。目の前で仲間がやられてんのに、気絶?情けねぇ!」
「え、セウィロウさん」
「悪いけど、もうお前仲間じゃないから?」
え、え。
「……な、なに言って……」
「期待した僕が悪かったわ。ま、命だけは助けてやったし、感謝しとけよ感謝」
そう言い捨てて、セウィロウは背を向けた。
その背中からは、血がぽたぽたと落ちていた。
なのに、彼の足取りは迷いもなくて、
俺には、それを止める言葉すら出てこなかった。
――理解が、追いつかなかった。
聞こえた言葉と、頭で処理する意味が、まるで噛み合わない。
「仲間じゃない」
「ゴミ」
あのセウィロウが……?俺にそんなことを……?
こんな展開……本編には無いはずだ!
この世界がゲームと一緒なら、俺は資料とか攻略本でシナリオを把握していた。
でもこれは、どの資料にも載ってなかった。
セウィロウは、最後まで、俺の味方だったはずだ。
なのに今は、何もかもが崩れていくような感覚で。
「……あぁ、そっか」
「もう……終わったんだ」
俺は何も出来なかった。
役にも立てなかった。
これが俺の、『ゲームオーバー』か。
読んで頂きありがとうございます!良かったら、高評価とブックマークしてくれると嬉しいです!