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針と糸の約束

 ぬいぐるみ王国、ヌーイグルミ。

 今、大変な事が起きていました。それは王女様である猫のぬいぐるみ、アンジェの尻尾が千切れてしまったからです。


「たいへんだ! 王女さまの綿が飛び出してしまっている! どうすれば!」


 クマのぬいぐるみの執事、マルトは大慌て。それもそのはず、ぬいぐるみ王国に治療用の針は一本しかありません。でもその針は、数年前に無くなってしまったのです。イタズラ好きなカラスに取られてしまいました。


「王女様! すぐに針を調達してきます!」


 王女様は執事に慌てるなと宥めますが、マルトは慌ててお城を出て、国の外へと旅立ちました。


 ヌーイグルミの外はとても危険です。野生の動物に見つかれば、ヨダレまみれにされてしまいます。でもマルトはどうしても王女様の尻尾を直してあげたい気持ちで、一杯なのでした。




 ※




 運よくマルトは動物に見つかる事なく、人の住む村へとたどり着きます。しかし人も動物とおなじくらいに、ぬいぐるみ達にとっては恐ろしいのです。子供にみつかってしまえば、大事にベッドで寝かされてしまいます。


「みつからないようにしなければ……」


 マルトは、とある一軒家へと忍びこみます。泥棒はダメだと分かっていたマルトは、羽ペンを取り、近くにあった布へと「針を一本、借ります。あと糸も」と書こうとしました。しかし……


「おい、貴様なにしてる」


「おわぁ!」


 マルトはびっくりしました。マルトの後ろから、突然、犬のぬいぐるみが話しかけたのです。


「君は……誰?」


「こっちの台詞じゃい。コソコソと入ってきたかと思えば……俺の主人の家でラクガキするでない」


「えっと……違うんだ、実は……」


 マルトは犬のぬいぐるみへと自己紹介。そして事情を説明します。

 犬のぬいぐるみの名前はポポ。どうやらこの家で一人で暮らす女の子の家族のようでした。


「成程。それは一大事。しかし、主人の持ち物を勝手に貸す事は出来ぬ」


「なら、その主人にも事情を話して……」


「ぬいぐるみがペラペラ人間と話せと? 無理じゃい」


 マルトは困り果てます。そうです、人間はぬいぐるみとは話せません。話そうと思っても、言葉が通じないのです。しかし、ポポは同じぬいぐるみ同士だからと、裁縫箱へと案内します。


「この中に針と糸は入っている。しかし……」


 裁縫箱には鍵が掛かっていました。この家の主人である女の子のお母さんの大事な形見だからです。


「鍵が……いや、それよりも大事なお母さんの形見を借りるわけには……」


「俺の主人はとても優しい。針の一本くらいで怒ったりはせん。分かった、手紙を書こう。鍵は主人が持っている」


 マルトは最初にそれをするつもりだったのに、と言いたい気持ちを抑えます。するとポポは綺麗な便箋を持ってきてくれました。それを机の上に広げます。


「さあ、優しい主人へ手紙を書くんだ。心を込めて」


「わかった……」


 マルトは羽ペンを両手でガッシリ掴みつつ、ゆっくり文字を書いていきます。

 自分の体にインクが落ちて汚れても、決して諦めません。王女様のために、針を貸してほしい、その気持ちを込めていきます。


 そして手紙が完成し、それを枕元へと置きつつ、マルトとポポは主人が帰ってくるのを待つのでした。




 ※




 それから夕方になって、夜になって、ようやく女の子が帰ってきました。

 その女の子を家具の隙間から見たマルトはびっくりしました。女の子には片腕が無かったからです。空っぽの長袖を腰のあたりに、針でとめていました。そしてその服は、軍服のように見えました。


「……ただいま、ポポ」


 女の子は、片目も眼帯で覆っていて、ベッドの脇のポポへと挨拶します。すると手紙にも気が付きました。女の子は腰のナイフを机の上に置くと、そっと手紙を手に取ります。そして、マルトが書いた、決して綺麗とは言えない文字を目でなぞります。


「……いいよ、持って行きな」


 そのまま女の子は再び家の外へと出て行ってしまいました。マルトは恐る恐る家具の隙間から出てくると、ポポへと


「あの人は……なんで片腕が無いんだ?」


「人間同士の戦争が起きたのさ。俺の主人は子供の頃から戦ってて、ある日帰ってきたら無くなってたんだ。最初の内は痛い痛いって泣いてたけど、最近じゃ、涙どころか悲しい顔も、嬉しそうな笑顔も見なくなった」


 マルトは少し申し訳なさそうに、ベッドへと置かれた鍵を取ります。そして裁縫箱をあけると、中から針と糸を取り出しました。


「ポポ、君はなんでここに居るんだい? 一人ぼっちなら、僕達の国に来ないか?」


「お断りだ。主人が一人ぼっちになってしまうだろ。主人はこの村では怖がられてる。戦う兵士だからだ。だから俺が居なくなってしまったら、主人はまた泣いてしまうかもしれない」


「……そうか、わかった。必ず針と糸は返しにくるよ」


 マルトはそう言い残し、ヌーイグルミへと帰っていくのでした。




 ※




 それから数日後、王女様の尻尾を直したマルトは、英雄と称えられました。そして護衛の騎士達のぬいぐるみと一緒に、あの女の子の家へと赴きます。針と糸を返しに。


 村へと到着し、女の子の家の扉をあけるマルト。でもそこは空っぽの状態でした。家具もポポも、そして裁縫箱も、何もありません。


「そんな、何処かに行ってしまったのか?」


 マルトは部屋を見渡します。すると、ベッドがあった場所に便箋があるのに気が付きました。それはポポからの手紙。マルトは恐る恐る、手紙を開きます。


「マルトへ。針と糸はやる。もう返す必要は無い。俺と主人は遠くへ行くことになった」


 マルトは更に読み進めます。


「とても遠くだ。もう会う事は出来ないだろう」


「そんな、まさか……」


 嫌な予感がしました。マルトは泣きそうになります。

 女の子は兵士でした。まさか、まさか、と手紙を読み進めます。


「戦争は終わった。俺の主人は敵国の兵士に一目惚れしたとかで、そのまま結婚する事になった。とても遠くの国だ。もし針と糸を、どうしても、どうしても返したいなら来るといい。アミストラという国だ」


 結婚……? とマルトは全身の力が抜け、大きな安心の溜息を。

 

「はぁぁぁぁぁ……びっくりした……」


「ちなみに、主人はお前が書いた手紙を、あれから毎晩毎晩繰り返し読み続けて、時折笑顔を見せてくれた。ありがとう」


 マルトは借りた針を見つめます。綺麗な銀製の針。


「アミストラ……海を渡らないと行けない国だ」


 全身の綿を固くして、再び立ち上がるマルト。そして決心します。あの手紙には、針は返すと書いたのです。約束は守らねばなりません。ぬいぐるみとしてあたりまえのことです。


「騎士達よ。私はこれより恩人に針を返しに行く。国に帰って王女様にそう伝えてほしい。しばらく帰れそうにない」


 騎士達の制止をふりきり、マルトは駆けだしました。


 約束を守るために。

 針と糸を返す大冒険が、今始まったのです。



 おしまい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「冬童話2023」から拝読させていただきました。 マルト、それは義に生きるぬいぐるみ。 今度は大冒険ですね。
[一言] 大団円かと思ったらおれたた。 中々に重たい状況を軽やかに語って行かれ、するすると読み終えてしまいまた。 マルト執事なんですよね?海を渡るなら、流石に騎士連れて行ったほうがいいかも。湿気にも注…
[良い点] 壮大な物語の始まりですね。 アミストラに行く前に、国で針が必要になることも想定して、別の針を調達しておいた方がいいかも。
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