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 彼女が僕についた最悪の嘘は「時間が解決してくれる」だった。

時間が思い出を片付けられることはなく、僕はインターネットに長編の小説の最終話を投稿した。

***

 彼女『久賀優麗』と出会ったのは妹の友達の妹で紹介された時だった。少し先をヘアアイロンで巻いている黒髪は肩にかかるくらいの長さで、制服姿の彼女は僕よりも年下なのにとても大人びて見えた。そんな彼女の第一印象が『可愛い子だな』だったので、その感情はすぐに打ち消したけれど。

彼女は妹と二人で僕の家に来て、一緒にゲームをしたり漫画を読んだ。

 彼女は死にたがりでネガティブな発言が多く、ホラーゲームが好きで少しグロい漫画を好んで読んでいた。友達はいるのかと聞いたら顔で分かるぐらい怒った目で「いない」と答えられた。彼女は持病で学校に行っても保健室にいることが多いらしく、中学生にしては珍しく一人でいることに慣れているようだった。

そんな彼女と仲良くなったきっかけは、妹と一緒に行った花火大会だったと思う。

花火が始まるまで、僕達は屋台を見て回っていた。

人混みの中を歩いていると後ろから声をかけられたのだ。振り向くと浴衣を着た優麗ちゃんが立っていた。

「こんばんは、お兄さん」

「こんばんは、優麗ちゃん」

隣にいた妹は目を丸くして驚いていたが、すぐに笑顔になって優麗ちゃんの手を引いた。

「優麗ちゃんも来てたんだね!」

「うん、今日はお祭りがあるから頑張って外に出た」

「ど?外に出て見て」

「なんか空気が生々しい」

そう言っ彼女は鼻を押さえていた。それから三人で出店を見て回った後、空いていたベンチに座って花火を見た。

夜空に広がる花火はとても綺麗だったが、同時に切なさを感じた。今年の夏が終わると思うと悲しくなって涙が出そうになった。でも泣いてしまうと花火が見えなくなってしまうので必死に耐えた。

その時、ふと思ったことがあった。

それは、どうして自分は生きているのだろうという疑問だ。

花火を見上げながら考えていると、不意に彼女の声が聞こえてきた。

「ねえ、どうして人は死ぬんだろう?」

妹は

「さあ〜」

と流していたが、横目で見る優麗ちゃんの顔は真剣だった。僕は死にたがりの彼女にこう言った。

「人が死んじゃう理由は分からないけど、生きる理由ならあるよ」

すると彼女は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。

「生きる意味なんてないじゃん」

「それを決めるのはまだ早いんじゃないかな。ほら、人生って長いし、まだ二十歳にもなってないし……やりたいことがなくても生きてるだけで楽しいことだってあるかもしれないよ」

我ながら下手な言葉だと思う。しかし、それが当時の僕の本心であり、精一杯の言葉でもあった。

すると優麗ちゃんは呆れたような笑みを浮かべていた。

「そんなこと言う人初めて見た。お兄さんって面白いね」

妹は苦笑いをして僕達を見ていた。不気味な会話だったと思う。まるで哲学者なんじゃないか?エッセイストなのか?と思う。

「じゃあさ、もし私が自殺しようとしたらどうする?」

「えっ……」

突然聞かれたので戸惑ったが、すぐに答えた。

「止めたいな」

「止めたいだけ?他に何かしたいこととかはないの?」

「……うーん、そうだなぁ……やっぱり生きて欲しいかな」

すると優麗ちゃんはクスッと笑った。

***

 葬儀から一ヶ月経ったが、未だに彼女の死の原因は分かっていない。

 彼女が自殺した日、僕が仕事から帰って来たのは夕方頃だった。帰ると部屋の電気は全て消えていて人の気配がなかった。嫌な予感がした。ガラケーの着信音が鳴りメッセージを見ると『優麗ちゃんが死んだ』と。病院には行かず、僕は葬儀だけ出た。彼女はマンションの三階に住んでいたが飛び降りたらしい。遺書はなく警察も事件性は低いと判断しているようだ。

優麗ちゃんが亡くなったことはショックだった。けれどそれ以上に自分のせいじゃないかと思ってしまった。僕があんなことを言わなければ生きていたのではないか。

 そんな後悔の気持ちを紛らわせるために小説を書き始めたが、あまり集中できなかった。

 あの時、もっと違う言葉をかけていたら未来は変わっていただろうか。

そんなことを考えているといつの間にか眠りについていた。

 翌日、会社に行く前にコンビニに立ち寄ってパンを買った。そのついでに新聞を手に取り、何気なく一面の記事を読んでいると気になる記事を見つけた。

『久賀優麗さん、いじめによる自殺の可能性』

僕は思わず眉間にシワを寄せてしまった。この記事によると優麗ちゃんが通っていた中学校では、優麗ちゃんがクラスメイトからイジメを受けていた可能性があると書かれている。

「まさかな……」

僕が知らないところで優麗ちゃんは辛い思いをして苦しんでいたのかもしれない。そう思うと胸が痛くなった。

そんな時、ガラケーが鳴った。画面を見ると妹の美鈴から電話がきていた。

「もしもし」

「お兄ちゃん!今どこにいるの!?」

「どこって?会社に行くところだけど?どうかしたのか?」

「今、テレビ見てたら優麗ちゃんが映ってて!」

「えっ?」

「『先程、女子中学生の遺体が発見された事件について、新しい情報が入ってきました。遺体が見つかったのは○○市の××区にある高層マンションです。警察は現場の状況から見て、女子中学生がこのマンションの屋上から飛び下りた可能性が高いと見ています。また、女子中学生の部屋からは遺書のようなものが発見されており、学校に対する不満が書かれていたとのことで、警察は学校側が何らかのトラブルを抱えていた可能性も視野に捜査を進めて行く方針を示しています。なお、この件に関しては、現在取材が殺到しているため、詳しい情報が入り次第お伝えします』」

「……」

「ねえ、これって優麗ちゃんのこと……だよね」

「嗚呼」

遺書が見つかったんだと僕は思った。

 死にたがりの彼女に僕は出会った時から惹かれていたのかもしれない。心の底で彼女に生きて欲しいと思っていたのかもしれない。だから優麗ちゃんの死を知って悲しかった。

彼女は小さい頃から病院の入退院を繰り返ししていたらしい。小学校低学年の頃、喘息を患っていたらしく、体育の授業や修学旅行に行けず、友達と遊べないことが多かったと言っていた。中学一年生の秋、両親が離婚して母親に引き取られたらしいが、母親が再婚して新しい父親ができたことで、彼女はますます学校に行かなくなったという。

「今思えば、お母さんも私と同じで一人になりたくなかったんだろうね」

妹は自嘲気味に笑っていた。

「でもさ、お父さんがいなくなって、一人で生きて行くのってすごく大変だと思う」

「うん、それは分かる」

「でもさ、私はきっと誰かに頼って生きて行きたかったんだよ。優麗ちゃんもそうだったんじゃない」

「……そうだね」

「優麗ちゃんはずっと辛かったと思うよ。本当は甘えたくて、寂しくて仕方がなかったと思う」

妹は目に涙を浮かべていた。

「優麗ちゃんはさ、ただ甘え方が分からなくて、愛され方を忘れちゃっただけなんだと思う」

『愛され方を知らない』

それが彼女にとってどれだけ苦痛なことだっただろう。僕達は彼女に何かしてあげられただろうか。僕達が彼女を救えることはなかったのだろうか。

「ねえ、お兄ちゃん。優麗ちゃんはどうして死を選んだのかな」

「分からない」

「じゃあ、もし生きていれば幸せだったのかな?」

「分からない」

死んだ方がマシという言葉を聞いたことがあるが、本当にそうなのかもしれない。しかし、それを決めるのは彼女自身であり、他人が決めることではない。

「ねえ、お兄ちゃん。一つだけお願いがあるんだけどいいかな」

「なんだい?なんでも言ってごらん」

「優麗ちゃんのことを忘れないであげてほしい」

「忘れはしないよ」

まだ、大丈夫。声は動画で写真は沢山ある。彼女が主人公の小説も書いているし、彼女の好きだった本も全て持っている。それに彼女のことを想う気持ちはまだ残っている。

「ありがとう」

彼女は少し照れ臭そうに笑って、そして言った。

「私、優麗ちゃんが好きだった」

そして妹は静かに泣き出した。

***

 僕は優麗ちゃんと初めて会った時のことを思い出した。

彼女とのファーストコンタクトは病院だった。とある手術の前日、僕は病院の一角に座っていた。すると目の前に少女が僕の前を通り過ぎた時、何かを落として行ったため、僕がそれを拾った。すると彼女は振り向いて、僕に笑顔を向けた。その瞬間、僕の中で時間が止まったような気がした。僕はその女の子に見惚れてしまい、我に帰った時には、その子の姿はなかった。

「あの子、どこかで見たことがあると思ったら優麗ちゃんだったのか」

僕は彼女のことを思いながら、コーヒーを飲んだ。

「優麗ちゃん、君は今どこにいるんだ?」

僕は誰もいない部屋でそう呟いた。

「『自殺志願者は自殺するべきか否か』か……」

僕はパソコンで小説を書いていた。今まではネットの小説投稿サイトで公開していたが、今は出版社に原稿を送っている。

僕が小説を書き始めたきっかけは、大学生の時、友人が小説を書き始めたことがきっかけであった。彼は高校からの友人であったが、小説家になりたいという夢を持っていた。彼が小説を書いていることは知っていたが、どんな内容なのかまでは知らなかった。ある日、彼にメールで相談された。

『俺、作家になろうと思っているんだけど、どう思う?』

『凄いな。応援しているよ!』

『ありがとな。それでお前に相談なんだけど、良かったら読者になってくれないか?感想とか聞かせて欲しいんだ』

『もちろんだよ!楽しみにしているよ!』

 そんなやり取りがあって、僕は彼の小説を読むようになった。初めは興味半分で読んでいたが、次第に彼から送られてくるメッセージには熱がこもり始め、段々と引き込まれていった。最初は恋愛ものが多かったのだが、徐々にミステリーやファンタジーなどジャンルを広げていき、今ではSFやホラーまで書けるようになっていた。

 僕が初めて書いた小説は、主人公が自殺志願の少女と出会う話であった。今思い返すと僕はその結末に不満があった。主人公も自殺志望者なのだ。主人公が死んだところで、この物語は終わりではない。この先も続くはずだった物語だ。だから僕はこの話を書き直した。

『この世で生きることが辛いのなら、死んでしまえば良い。けれど死ぬのは怖い。ならば君に選択肢を与えよう。自ら命を絶つか、それとも誰かに殺されるか。どちらが良いかは君次第だ。さあ、好きな方を選ぶといい。ただし、これはゲームであって、現実ではない。君の答え次第で世界は変わる。さあ選べ、自らの意思で未来を選択するのだ』

これが最初の作品、『自殺志願者は自殺すべきか否か』である。

そして今書いている作品は、その続きの物語であり、主人公は優麗ちゃんをモデルにしたものだ。

僕は優麗ちゃんと出会ってから、彼女のことを考えるようになった。

彼女はなぜ死にたいと思ったのか。

死にたがりの彼女に出会った時から、僕は彼女に惹かれていたのかもしれない。彼女のことを知りたいという欲求と彼女に会いたいという思いで、いっぱいになった。

 しかし、いくら考えても答えが出ることはなかった。

***

「痛みを知った赤子のような主人公は彼女の何になれたのか……」

僕も知りたい。彼女の見ている世界はどこか人間が見ているような世界とは違っているように見えた。消して動物の王のような強さはないけれど、どこかしらたくましさはあったと思う。

 桜が咲いて、僕は自分に向けて「あなたを好きな僕を卒業しない」と「新しい恋に入学してね」と言い聞かせた。

 夏になって「この暑さも彼女と一緒にいたらもっと周りは暑いと茶化していたのだろうか?」と思う。

 秋になると「寒くなってきたね。もうすぐカイロが必要なのかな」と笑い合い、冬になると寒さに勝てず起きれない朝、彼女がいたら……と四季が移り変わる中、彼女のことを想う気持ちは変わりはしなかった。

***

僕がパソコンで作業をしていると彼女は声をかけて来た。

「仕事?」

「小説」

「読んでるの?」

「……書いてる」

「面白い?」

「まあまあかな」

「ふーん」

「なんで?」

「いや、別に」

彼女は笑っていた。

「私の相手してよ」

「ん、いいけど」

「小説さ、私が読むのには難しいこと書いてるの?」

「嗚呼、まあ」

僕はリビングで作業していた椅子からすぐそばにあるソファーに座っている彼女の横に座る。

「私も書けたらな」

「書くのはタダだよ」

「うん、分かっているけど……うまく言葉を使えない。文なら尚更。難しいと思う」

「僕は、文の方が伝えやすかったよ。理由は特に思いつかないけど」

「じゃあ、さ……私も書くよ。小説」

「お、楽しみ」

「でも、その前にお兄さんの初小説を見たい」

「え、僕の?」

「参考までにね」

なんか恥ずかしいな。

僕はデータの中から短編小説を出して見せる。彼女は真剣に読んでいた。

しばらくして

「これって、どういう話?」

「簡単に言うと、自殺志願者と出会った主人公が彼女のために色々と考える話だね。ただ、主人公の行動によって彼女がどう変わっていくのかが焦点になる物語だね。最後はハッピーエンドで終わっているんだけど、読者によってはバッドエンドに見える人もいるだろうね」

「主人公死んじゃうの?」

「捉え方によってはね」

「大人はすごいものを書くね」

「中学生なら中学生にしか書けないものがあるよ」

「きっと?」

「きっと」

僕は彼女の顔を見て言う。彼女は少しだけ照れくさそうに笑う。そして、僕の手を握ってきた。

「ねえ、この話さ、私をモデルにしてよ……」

「え?」

「私はどうなったの?幸せだったの?それとも不幸だったの?どう思う?教えて」

「そうだな……優麗が望むのであれば幸せにでも不幸にでもなれるよ。あくまでフィクションだから」

「うん」

「僕が君の人生を左右するわけにはいかないし、君の人生に責任を持つこともできない。君がどんな選択をして、その結果、どうなるかなんて誰にも分からない。けれど、優麗ちゃんの選択した道の先に何かしらあるんじゃないかと僕は思っている」

「じゃあ、なりたいものになるよ。私、小説家になりたい!」

「それは良い夢だね」

「ありがとう」

***

彼女を題材にとはいうものの思い付かなかった。でも、死にたがりの少女を登場させることは初めから決まっていた。彼女が小説家になりたいと言ったのは中学二年になる春。彼女は既に学校にはあまり行くことはなかった。学校側は保健室登校進めていたが、彼女は望んではいなかった。けれど、嫌々ながら学校に行く姿を僕は見ていた。

 僕は妹に彼女が小説家になりたいと言っていることは内緒にしていた。なんとなく彼女は誰にも言っていないであろうと思うから。

 彼女は六月の誕生日にこう母親に言ったらしい。「お兄さんと泊まりで旅行に行きたい。二人っきりで」と。

 僕は初め驚いた。僕と二人っきりで旅行したいと言うこともだが、誕生日プレゼントが僕とのデートという提案にも。

「お兄さんと二人で出かけたことないし、一緒に過ごしたこともないから、一度くらいそういうのがあってもいいでしょ?」

 彼女のお願いを断る理由もなく、僕は承諾することにした。

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