第四話(2)
二人は距離を空ける。大男は一定のリズムで体を上下に揺らしている。一方ヴェルクトは大男から目を離さず、微動だにしない。その様子はずいぶんと長く感じられた。
闘技場に訪れた人たちと、二人の間では流れている時間がずいぶんと違うようだ。
何かが破裂するような音が響いた。乾いた音だ。音の大きさに体が強張る。
その音の正体は大男の打ち抜いた右拳、それを受けたヴェルクトの腕の音だった。
遅れて歓声が響く。二人はもう一度距離を取った。
力だけじゃなく、速さもある。レイは大男の攻撃を見て手ごわい相手だな、と思った。
トリアは息を呑んだ。
この闘拳大会は興行だが、遊びではない。闘技場にいる人たちにとって、それがわかる一撃だった。
実力は拮抗している。大男とヴェルクトはそれを感じ取ったようだ。
大男の攻撃は止まらない。右拳、左拳、そして右脚。その三連撃はどれも的確にヴェルクトの顔面を狙っている。唸りを上げるようなその攻撃をかろうじて受け切った。
ヴェルクトの体にはすでに汗が流れている。攻撃を受けた四肢は赤く腫れ上がる。
防戦一方だった。なんとかクリーンヒットは受けていないものの、大男の怒涛の攻撃は確実にヴェルクトの急所に近づいている。距離を取りたいヴェルクトだが、大男はそれを許さない。ヴェルクトが二歩下がれば、大男は一歩でそれを詰める。体躯の差はそれほど大きかった。
「まずいな」
思わずレイは呟いた。トリヤはその言葉にレイの顔を見やったが、トリヤもそれを感じていた。
恐らくこの闘技場にいる人たちの大勢がそう思っている。
魔法を使うことが出来れば、こんなことにはならないのに。レイはそう思っていた。『元月の勇者のパーティ』戦士ヴェルクトは身体強化魔法と付加魔法を得意とし、圧倒的な攻撃力で魔物を薙ぎ払う能力を持っている。それが封じられていると、こんなにも矮小に見えてしまうのか。
その時は訪れた。
展開は大男を中心としていた。大男の攻撃を対処していたヴェルクトだが、大男の攻撃はすさまじく僅かに隙を作ってしまった。大男は見逃さない、そのヴェルクトが作ったわずかな隙、そこに針の糸を通すように正確に攻撃を打ち込んでくる。大男の攻撃に、ヴェルクトがたたらを踏んだ。次の瞬間、大男の左拳はヴェルクトの顔面に向かっていた。当たる、と誰もが思った瞬間だった。
大男の攻撃はぴたりと止まった。フェイント。大男の攻撃の本命は右脚のハイキックだった。直撃すれば絶命もあり得る一撃は、ヴェルクトに放たれた。
はずだった。大男は宙を舞い地面に叩き付けられた。
ヴェルクトは大男の右脚のハイキックを利用し、そのまま投げた。そのまま、というのは語弊があるが大男の力にぶつからず、逆らわず、反らさず。ただ、優しく自分の力を重ねただけ。どこかの国で生まれた『合気』という秘伝の技だった。
ヴェルクトは大男の意識が十割攻撃に向く瞬間を狙っていたのだった。大男は自分の力にヴェルクトの力が加わったものを、受け身を取ることすら出来ず、直撃してしまった。
大男に息はあるようだが、立ち上がることはできないようだ。
勝者はヴェルクト。闘技場は今までにないくらい大盛り上がりだった。
そこで、レイはヴェルクトが自分を見ていることに気づいた。
「…………」
ヴェルクトは口を開くことはなかった。ただ、何が言いたいのかレイはそれをくみ取ることが出来た。
「わかったよ。ヴェルクト」
レイは口元に笑顔を浮かべて呟いた。トリヤは終始何も理解できてないようだった。