第三話(1)
真っ暗な闇の中。目を開けているのにまどろみの中にいるような、ふわふわとした感覚。トリヤがそれを感じたのは一瞬で、次の瞬間光に包まれた。
さっきまでいた場所とは違うようで、今は建物の中にいるようだがここがどこなのかトリヤには見当もつかなかった。
そこかしこに豪華な装飾がなされた家具や内壁、天井には美しい絵画が描かれている。ただの建物というわけではなさそうだ。
「レイ様……!?」
女性の声が聞こえた。突然現れたレイ達に驚きの声を上げたのはかつて『月の勇者』のパーティの一員であるエレナだった。
「ごめん、エレナ。挨拶は後で」
レイは立ち上がり、トリヤの抱える少女を見やる。
「……はい。わかりました」
エレナは何も聞かず、ただ事ではないと察しすぐさま魔法を唱えだす。
彼女の周りに淡い緑の優しい光が漂い始める。暖かい光、暖かい季節の朝日のような雰囲気を持つその光は、徐々に少女の傷に集まり始める。
本当にこんな傷が治るのだろうか、と思わせるような大きな傷は瞬く間に塞がっていく。
トリヤは安心するように息を吐いた。緊張の糸が切れたのかその場に崩れ落ちてしまった。
どうやら治療が終わったようでエレナも一息ついたようだ。
少女も安らかな寝息を立てている。
「この子が目を覚ますのにはもう少し時間がかかるかもしれません。しばらくお待ちください。」
「ありがとうエレナ、とりあえず一安心か……。ところでごめん、一年ぶりだっていうのに挨拶もなくて……。それでいて僕らの頼みも聞いてくれて」
そんなことはいいんです。と、エレナは笑った。エレナは少女をベッドに寝かせ、ゆっくりと額を撫でている。少女の表情は険しいものから穏やかなものへと変化をしていた。
「ちょ、ちょっといいですか……」
腰が抜けてしまっていたトリヤはおずおずと声を上げる。
「あ、あなたは『月の勇者』のパーティだった……エレナ・ルーチェ様ですよね!? ということは、ここは回復院!?」
「はい、その通りですよ」
トリヤの言葉にエレナは優しくうなずいた。その時、エレナの青い瞳が細くなる。優しく垂れたすべてを許容してくれるような瞳と、肩に少しだけかかる紺色の髪の深い輝きも相まって、まるで女神のようだ。
「王室お抱えの回復士様で大司教様でもあるエレナ様と、無職のレイさんの関係って……」
さらりとレイに対して失礼なことをいうもので、エレナは思わず笑ってしまった。
「レイ様、今は無職なんですね! 静かに暮らしたいって言ってたましたし有言実行ですか!」
「……からかわないでほしいな」
エレナはレイに近づき耳打ちをする。
(この方に素性をお話ししてらっしゃらないんですか?)
(そう……だね。ずっと濁してきたけど、もう限界かもしれない)
(でしたら、ご自身の口からどうぞ)
レイは渋々と口を開いた。
「僕は実は『月の勇者』で彼女にはそのパーティに所属してもらっていたんだ」