第一話(2)
「そうだったんですね……。それはお疲れさまでした!」
「…………」
お疲れさまでした、なんて言葉を王都に帰ってから言われたことなどなかったため、レイは面食らってしまう。
「どうしました?」
「あ、いや……何でもないよ」
少しだけ感傷に浸っていたレイはトリヤの言葉で我に返る。
「しっかり休んだら次の仕事を探さないといけないですね!」
「そう、だね。何かしなきゃいけないとは思っているんだけど……」
何に対してもやる気が起きないのもそうだが、何をしたらいいのかわからないのも確かだった。勇者として与えられた戦う力というものは計り知れないが、それを使わなければただの人間と変わらない。レイは改めて自分の、人として未熟だと思い知らされる。
その時だった。
「おねえちゃん」
幼い少女がトリヤに声をかけた。
歳は十もいかない小さい子で、かわいらしいワンピースを着ている。
「あら、どうしたの?」
「……あのね、みぃちゃんがいなくなったの」
どうやらこの少女はトリヤと知り合いらしい。話を聞いてみると、少女のペットが迷子になってしまったようだ。
「またいなくなっちゃったのね」
「すぐ家から出て行っちゃうの」
家を飛び出したのは初めてでは無いようで、その度にトリヤと一緒に探し回っているらしい。二人で探すとすぐに見つかるらしいのだが、トリヤは少しだけ困った表情をする。
「一緒に探してあげたいけど……まだ仕事があるのよね……」
「それなら僕が行こうか?」
レイがそ言うと、さすがレイさん! と、トリヤは笑顔になった。
「このおにいさんがみぃちゃんを探してくれるって!」
「……いいの? おにいちゃん」
「うん、いいよ。一緒に探そう」
レイは会計を済ませて立ち上がった。店の敷地から出ると、トリヤが二人に手を振っていた。少女の歩幅に合わせて歩き出す。
「みぃちゃんはいつもこっちの方にいるの!」
少女はレイの手を取り、駆け出す。走ったら危ないよと声をかける。
そういえば、一日のほとんどをこの店と自分の部屋との往復だった。
改めて王都の下町を歩いてみると、緑が豊かだった。王都の中心――城に近い場所に比べると整備がなされているわけではないが石畳の地面に、定期的に植えられた木、石を組み上げて作った家々は蔦も這い、ひび割れてはいるが街並みに合っている。
穏やかだ。時折すれ違う人たちも、明るい表情をしている。
少女は路地裏の方に手を引いた。
大きな通りと違って少し肌寒い。大人二人がすれ違うもの難しいような通りを縫って、少女がたどり着いたのは一見の古びた二階建て家だった。
今まであった多少傷みのある家とは違い、生活感は微塵も感じない。
「あ、みぃちゃん!」
少女はレイの手を放し、廃墟の中に入っていく。レイもその廃墟の中へ続いた。
中は埃っぽく、蜘蛛の巣がいたるところの張られている。二階へ上がる階段は無事そうだが、外壁に張っていた蔦は屋内にまで達していた。
少女は二階へと駆け上がり、レイもそれを追う。二階には何も置かれていない本棚がいくつもある。その中でも目を引いたのは大きな窓だった。裏路地とは思えないほど日の光を取り込んでいる。
窓の下に大きな机があり、その上で猫が日向ぼっこをしていた。
「みぃちゃん心配したんだからね!」
少女はその猫に声をかけるが、猫は何も気にしている様子はない。
何はともあれ、無事に見つかってよかった。レイは胸を撫で下ろす。
その後、少女と猫を引き連れ、トリヤのカフェまで戻る。トリヤも心配していたようで、少女と猫の姿を見ると安心したような笑顔を見せた。
「レイさんなら、見つけてくれると思ってましたよ! これ、私からの奢りです」
「僕は何もしてないよ。あの子にはもうどこにいるかわかってたみたいだしね……。ありがとう、ただ、ほんとにお金には困ってないからね……?」
トリヤから一杯の紅茶を淹れてもらい、もう一度カフェに居座る。
「私、ずっと考えてたことがあるんです!」
「いったい何を?」
「私のお兄さんが昔言っていたんですけど……。何にも持ってないんなら何でも持てるし、何にもしてないんなら何でもできるって!」
人差し指を立て、自慢げに言うトリヤ。レイは何が何だかわかっていない様子だ。
「レイさんは『なんでも屋』をやればいいんです!」