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第一話(1)

 パーティ解散から約一年、王都には暖かく過ごしやすい季節が訪れている。

 レイはオープンテラスのカフェで紅茶を嗜んでいた。同じタイミングでこの店で評判のお菓子もテーブルに並んでいる。


「おはようございます、レイさん! 今日もやっぱりいらしてたんですね!」


 パーティ解散後、レイはこの店を王都で見付けてからほとんど毎日通っていた。

 顔見知りの店員トリヤに挨拶をされ、レイはカップをソーサラーに置く。かちゃり、と小気味のいい音を立てた。


「ここの紅茶とお菓子は本当においしいからさ。この時間は人も少ないし少し長居してもお店に迷惑かからないと思ったら、つい……ね」

「そんな、迷惑だなんて思ってないですよ! レイさん背も高くってスタイルもいいし、絵になるからレイさん見たさにこのお店に入ってくれるお客さんも結構いるんですよ!」


 時間帯でいえばブランチというタイミングで王都の人間はだいたい働きに出ている。レイは騒がしい喧騒を少し遠くで感じながら飲む紅茶とお菓子がたまらなかった。レイは再び紅茶に口をつける。他愛もない会話をしながら明け透けに笑うのが心地のいい。


「いつか訊こう訊こうと思っていたんですけど……」

「うん?」


 トリヤはふと声色を落とした。


「……レイさんって、お仕事何されてるんですか……?」

「っ! ごふっ……!」


 思いもしない質問に、思わず紅茶を吹き出してしまう。

 あぁ、変な質問をしてごめんなさいと、トリヤはいそいそと布巾でテーブル等を拭いてくれた。


「大丈夫ですか?」

「う、うん。突然の質問だからびっくりしちゃって……」


 実は今の質問、レイにとって少々響くものだったのだ。


「実は……無職なんだ」

「えぇっ!?」


 パーティ解散から約一年、息や瞬きをすることさえ苦しかったあの旅からしばらくの時が経った今でも、レイは何も手を付けることができずにいた。

 大きな使命を達成することが出来なかったから燃え尽き症候群、というのとは違うかもしれないが、何かしなければいけないと思っても一日の大半をぼうっと呆けてしまうのだ。


「だ、だいじょうぶなんですか? ご飯食べられてます? 今日のお代私が持ちましょうか……?」

「い、いや、大丈夫だよ! お金に困っているわけじゃないから!」


 あの旅の後、様々な地で手に入れたアイテムや宝物、必要外の装備をすべて売り払いすべて金に換え、それらをパーティで等分し、レイはその金をもとにこの一年を過ごしていた。過酷な旅相応に得ることが出来た財産は、四等分しても贅沢をしなければ一生を過ごせるものへと。


「本当ですか……?」

「うっ……。本当だよ。僕は一度でもこのお店をつけ払いにしたことなんて無いじゃないか」


 さっきまで和気あいあいと話していたのに、無職だとこうまで対応が変わるのか……。レイは額から流れ落ちる汗を感じた。


「冗談ですよ! 私はレイさんを信じてますから! 無職でも!」

「あ、あはは……。ありがとう。少しだけ言葉にとげがあるような気もするけど……」

「でも今が……ってだけですよね? 今まではどんなお仕事をされてたんですか? 顔とか体つきがダンジョンに潜ったりどこかのギルドに属して依頼をこなしてるって感じじゃなさそうですけど」

「前の仕事は似たようなものだったよ、大きい仕事を終えて、まとまったお金が入ったから今は自由を満喫しているんだ」


 レイは自分の素性を『月の勇者』だということをひた隠しにしている。

 『月の勇者』は魔王討伐に失敗した。『月の勇者』は過酷な旅路で命を落とした。というのは、王都でここ数百年で一番大きな話題になった。もちろん、レイは生きている。この話題はレイ達が意図的に流したものだ。

 勇者としてあるまじき魔王討伐をあきらめるという行為。それをして王都が快く迎えてくれるわけがない。

 自分を死んだことにし、他のパーティは勇者と共に最後まで戦った英雄として何とか迎えられるようにしよう。これはレイがパーティに提案したことだった。王都に帰って元通りの生活が出来なければ魔王討伐をあきらめた意味がない。

 みんなは安心してほしい。僕のことは心配しなくていいから。

 王都に入る前、レイがみんなにかけた言葉だった。

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