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後に『ワルツ回廊の戦い』と呼ばれる戦闘は、宇宙歴三百二十七年四月二十二日午後五時三十七分、バアム男爵艦隊の一斉砲撃より始まった。このまともにレーダーも光学カメラも働かない宙域において、流石地元と言うべきか、バアム男爵艦隊の砲撃は正確無比であり、この一斉砲撃で連邦軍の先陣を担っていた第八艦隊の内、実に千五百隻が轟沈することとなった。
だが、連邦軍第八艦隊司令官のギリアム・マッティーニ中将はこの砲撃でかえって勝利を確信することとなった。
「帝国艦隊は殆どが駆逐艦らしいな」
その言葉の通り、この戦闘に参加していたバアム男爵艦隊七千隻のうち、実に四千八百隻が駆逐艦であり、巡洋艦は千七百隻、戦艦に至っては僅か五百隻しか存在していなかった。それに対し、連邦軍第八、第九艦隊総勢四万隻は、駆逐艦一万隻、巡洋艦二万隻、戦艦一万隻と何れもバアム男爵艦隊を上回っており、普通に考えると数によるただの力押しでもバアム男爵艦隊を殲滅することは可能な上に、その質も圧倒していた。
事実、砲撃戦が始まり、僅か三十分後から、バアム男爵艦隊は後退を始める。
「全軍、予定通り後退しろ!」
クーへ・バアム男爵の命令が男爵艦隊中に通達され、バアム男爵艦隊は整然と狭いワルツ回廊を後退し始める。それは当初の作戦通りの動きではあったが、バアム男爵艦隊が被っていた被害は膨大であり、その時点で艦隊の実に三分の一に当たる二千隻余りが沈没の上、千隻近くが大破し、航行能力を失っていた。
これに対し、連邦軍は果敢に追撃を始めるも、その速度はエスカルゴの歩みとも言うべき遅さであったが、連邦軍第八艦隊副官のバンドール・レスター准将はその理由に気付いていた。
「先に沈没した我が方の艦が障害物となっていますな」
この時点で沈没、及び航行能力を失った連邦軍の艦は実に三千隻。これが狭いワルツ回廊においてそのまま障害物となり、連邦軍はまともに進攻も前線を担う艦の補給も出来なくなっていた。その上、バアム男爵艦隊の航行能力を失った艦がその場に留まったまま砲撃を続行。殿となり、死兵となった彼らの、生命維持装置のエネルギーまでも使った砲撃により、補給のままならずエネルギーの不足した連邦軍第八艦隊の先鋒は壊滅。バアム男爵艦隊の殿が壊滅するまでに、連邦軍は更に三千隻の被害を出すこととなる。
この時点で、マッティーニ中将を始めとする連邦軍第八艦隊司令部の面々は撤退を考え始めた。四千隻が沈み、二千隻が大破漂流している現状。第八艦隊の三割に及ぶ六千隻余りが戦闘不能になった状況。これが演習ならば全滅判定を貰うこの有様では、第八艦隊は背後を埋める第九艦隊のせいで撤退も出来ずにすり潰されてしまう。
「まさか、我々は……!?」
ここに至って、マッティーニ中将ら連邦軍第八艦隊司令部の面々は、自分達が捨て駒にされたことに気が付いた。
そして、それを画策したメンバーの一人である、連邦軍第九艦隊司令官のクサレ・ハーバー中将は、データリンクに表示される第八艦隊の被害にほくそ笑んでいた。
「良し良し」
ハーバー中将は、連邦の議会の第一党である民主党と深い関わりがある将軍であり、その出世には民主党が深く関わっており、実質的に民主党の『駒』の一人であった。
そんな彼ら、民主党の面々にとって、マッティーニ中将を始めとする、政党の意向を受けない『軍閥派』の将官を煩わしく思っていた。軍隊は政府の、政党の意向の下管理されるべき、というのが民主党の理念であり、それに逆らう軍閥派の将官とその将官を支持する共和党の面々は目の上のたんこぶであった。
中間選挙の近い最近、支持率の落ちている、民主党の輩出した大統領、コーア・スピリタスは、そんな軍閥派と共和党の人材そのものに被害を出させた上で支持率を回復されられる『大戦果』を上げるべく、今回の連邦軍の大攻勢を計画、実行したのだ。
だが、被害を出させるべく先鋒を務めさせた軍閥派は、まともな戦闘もせずに帝国領を占領していく。当初の計画案以上のスピードで占領地を増やした軍閥派に慌てた民主党は、軍閥派を後方に下げて自分達の駒を前方に出そうとしたものの、時既に遅く、攻勢限界へと達してしまった上に、占領地での食料不足を元にする派遣軍全体の物資不足が発生。これは、民主党の面々が全面撤退を訴える共和党を無視して、占領地の人気取りのために食料の輸送を優先した為だったが、それが完全に裏目に出たのだ。
その『失点』を取り戻すべく、『辺境の食料庫』であるグリーンウッド星系への進攻を民主党は決定。万が一防衛軍がいた時の為に、先鋒に軍閥派の将官率いる艦隊を配置し、そしてそれは成功した。この遠征が始まって、初めての民主党とその駒の政治的勝利である。
「マッティーニ中将から、撤退の意見具申が!」
「捨て置け。全軍前進を続けさせよ」
ハーバー中将は通信士官にそう命じ、引くことの出来なくなった第八艦隊を押し出すかのように第九艦隊は前進を続けた。
「これで、マッティーニ中将もお終いだ!」
笑い出したハーバー中将の笑いを止めるかのように、旗艦『ヴィジァー』に衝撃が走った。
「な、何だ!?」
「右舷にミサイル! 直撃です!」
「こんなところまでか!? マッティーニ中将は何をやっておる!」
ハーバー中将は、ミサイルひとつ撃ち落とせない第八艦隊に怒りを感じたが、直ぐさま通信士官の連絡に怒りは鎮火された。
「第九艦隊後方を除き、ワルツ回廊全域で敵のミサイル攻撃を確認! 右舷! 小惑星地帯からです!」
「何!?」
右舷の小惑星地帯は、偵察の戦闘機を送り込んだ結果、戦闘機の航行すら不可能だと判明した所だ。そんな所から、ミサイル攻撃とは。まさか。
「はめられた……!?」
ハーバー中将は青ざめた。