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宇宙歴三百二十七年三月十日にアダマン要塞を出撃した連邦軍二十万隻は、無人の野を行くが如く帝国領へ侵攻。僅かひと月で二十五の星系を占領し、その様はただひたすらに帝国の中枢へと向かっているようであった。その快進撃は、彼らの想定していなかった理由で躓くこととなった。
それは、占領地の食料不足に端を発する、全軍の物資不足だった。
帝国貴族達は、自領から逃げる際、食糧庫を空にしていったのだ。
この焦土作戦に対し、新たな統治者となった連邦は、占領地の住民の支持を得るため食料の輸送を優先し、結果として全軍で弾薬等の補給が滞っただけでなく、占領地の住民四十億人を養うことは実質不可能であり、軍の食料も民間に移譲。
それでも足りない食料を得るべく、連邦軍は『辺境の食料庫』の異名のある『グリーンウッド星系』への侵攻を決定。それは、連邦軍の攻勢限界を僅かに越えてはいたものの、食料不足をマシにする為にはそうせざるを得なかったのだ。
そして、宇宙歴三百二十七年四月二十二日午後三時四十三分。連邦軍グリーンウッド星系攻略艦隊である第八、第九艦隊計四万隻は難所『ワルツ回廊』へと侵入した。この数は、後方や他の戦線の安全を確保出来るギリギリの数であった。
* * *
全く、酷い場所だ。連邦軍グリーンウッド星系攻略部隊の先鋒をつとめる、第八艦隊司令官のギリアム・マッティーニ中将はワルツ回廊に入って再度思った。距離にして僅か半光年程に過ぎないこの宙域は、間違いようの無い難所であり、敵からすれば守るに易く、我々からすれば大軍の利を生かせず攻め難い宙域だ。更に、先行させた偵察隊が集めた情報によると、左翼側に存在するパルサーの影響でレーダーや光学カメラがまともに運用出来ず、敵の総数の把握すら出来なさそうだ。
いや、酷いのは此度の戦闘の目的もだろう。占領地の食料が足りないから、有るところから取って来れば良い、という盗賊顔負けの総司令部と議会の判断によって、『辺境の食料庫』グリーンウッド星系への侵攻は決められてしまった。自由と平和を愛する筈の連邦が盗賊の真似事とは。マッティーニ中将だけでなく、グリーンウッド星系攻略艦隊の将兵達皆がその事実を嘆いていた。
「気が滅入りますな」
副官のバンドール・レスター准将がマッティーニ中将の内心を読んだような発言をしたが、彼の視線は三次元モニターに表示されたレーダーの情報に固定されていた。
「回廊、というだけあって狭い宙域を囲うように、艦船の残骸が浮遊しており、戦闘機等が潜んでいても判別が着きませぬ。流石に駆逐艦等は航行出来ませぬが、小型のコルベット艇程度であれば航行可能な航路があっても不思議はありませぬ」
「ということは?」
「はい。先鋒だけでなく、回廊に入った全艦に戦闘態勢を整えさせた方がよろしいかと」
「よろしい。全艦戦闘態勢!」
マッティーニ中将は指示を出し、それに回廊に入っている全艦隊が従う。戦闘態勢に入った艦艇は武器システムとシールドにエネルギーの多くを振り分けることとなり、航行速度が半減する。超光速で飛び回るには、常にエンジンを全力で稼働させる必要があるのだ。
「回廊先行隊より入電!『ワレ敵艦隊ヲ発見セリ』。データをモニターに映します!」
通信士官の言葉の後、モニターに敵艦隊が表示され司令部の面々に緊張が走る。それは、データリンクしている他の連邦軍グリーンウッド星系攻略艦隊の各艦艇でも見られた光景だった。
「観測出来る距離にいる敵艦隊は三千隻、といったところですかな? 見事に回廊の中程を塞いでおりますな」
「だが、予想通りだ」
マッティーニ中将はレスター准将と頷き合い、指示を出す。
「予定通り、先行隊は監視を続行! 接敵、及び開戦は一時間後だ!」
「「はっ!」」
司令部の面々は敬礼をもって答え、艦隊に指示を巡らせる。データリンクされた艦艇はパルサーの影響で僅かに通常より遅れながらも司令部の命令を受け、開戦に向けて最後の調整に入るも、食料不足と大義の無い戦術目的から士気の低い艦隊の調整が終わったのは、その指示が出された実に五十二分後であり、これは訓練よりも十分以上遅いものだった。