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「まず、我々の戦略目標を『領民の避難が済むまでグリーンウッド星系を死守すること』に設定することに反対の者は?」
見回すも、反対する者はいない。自分達だけでグリーンウッド星系を守り切ると思える程愚かな人がいなくて安心する。
「次に、連邦軍がグリーンウッド星系に侵攻する条件から説明します」
「ちょっと待ってくれ」
早速話を折ってくれたのはガラム大佐だ。彼は領軍に五百隻しか無い戦艦の艦長の一人であり、実働隊の中では私の次に偉い。
「敵は二十万隻という大攻勢でおまけにこの星系まで帝国軍はいない。なら攻め寄せて来ることは間違い無いだろう」
「そうとも言えません」
私は訝しげなガラム大佐の意見を否定した。
「ここグリーンウッド星系は、連邦領域との間に八の星系を挟んでおり、その間に食料を生産するプラントが十分にある星系はひとつもありません。又、それらの星系の領主達はほとんどの食料品を引き上げたようです。つまり、連邦軍は領民を見殺しにでもしない限り、攻め寄せる程に補給に多大な負担が生じます」
全く、酷い話だ。領民を見捨てて、食料まで奪って、それで領主を名乗るとは。鬼畜生の間違いではないか?
「又、グリーンウッド星系まで一直線に侵攻すれば、帝国軍がいなくともデブリや遊星の影響で補給線の安全の確保が難しくなるため、最低周囲の星系を制圧する必要があります。シミュレートした所、グリーンウッド星系まで連邦軍が侵攻する際、最低限後方の安全を確保しつつ侵攻する場合、占領する必要のある星系は最低で二十三。そして、これらの中に、食料生産プラントが他の星系や艦隊を養えるだけ存在する星系はありません」
「つまり、連邦軍の補給計画が杜撰なら、そもそもここまで侵攻して来られない、と?」
当主様の言葉に「はっ!」と頷いて返す。
「ですが、無能な敵を想定するのは下策です。敵にも考える頭位はあるでしょうから」
笑いを殺した声が聞こえたのを黙殺して、続ける。
「諜報部の掴んでいる、連邦軍の補給艦の数を元に敵の攻勢限界を予測した所、最も深く侵攻されるのは隣のエバーランド星系を挟んだ向こうのポルトス星系までとなりました。敵がそれで満足した場合、我らがグリーンウッド星系までは侵攻して来ないでしょう」
楽観的な予測に、楽観的な表情を浮かべる将官は一人もいなかった。
「ですが、敵がそれ以上を望んだ場合、間違い無くグリーンウッド星系へ攻めて来ます」
「ここは『辺境の食料庫』でありますからね」
スパルトイ大佐がそう言った。
グリーンウッド星系は、食料生産プラントで経済が成り立っている星系だ。その食料の生産量は、連邦領寄りの俗に『辺境』と呼ばれる領域の食料生産量の実に三十パーセントを占めており、連邦軍がこの星系を落とすことは、辺境の失陥、とまでは行かなくとも、連邦軍の侵攻を容易にすることは間違い無かった。
「敵が更に帝国深部への侵攻を企てた場合、兵站の関係上ここグリーンウッド星系を落とさない訳には行きません。つまり、敵が馬鹿な無能で無い場合、敵はここを本気で落としに来ます」
それも、死に物狂いで。そう言うと、将官達が暗い表情を浮かべる中、当主様だけが堂々と「それで、」と先を促して来た。
「どうやってグリーンウッド星系を守るつもりだ?」
「それについては、こちらをご覧下さい」
私はそう言って、指揮所中央のホロ・コンピュータにひとつのデータファイルを表示させた。
「なる程、ワルツ回廊か」
「ご明察です」
当主の納得行った様子に私は頷き、周囲を見回す。「なる程」「これなら」等と明るい表情を浮かべる将官達に満足しつつ、私は説明する。
「あえて説明する間でもありませんが、ワルツ回廊はここグリーンウッド星系とエバーランド星系の間にある半光年程の宙域で、連邦領側からグリーンウッド星系へと侵攻するにはこの宙域を通るしかありません。我々グリーンウッド星系側から見て右翼側はパルサーの重力及び電磁波の影響で電子機器がいかれるため航行出来ず、左翼側には小惑星の密集地帯があり、これもまた航行出来ません。更に、上翼及び下翼側には過去の戦闘やパルサーの影響で破壊された艦船がデブリとして漂っており、ここに至っては近付くことすら危険です。結果として、一度に正面に展開出来る艦は四百隻程度であり、又正面で航行不能に陥った船があればそれが障害物となります」
「だが、それは敵も分かっているのでは無いか?」
ガラム大佐が警告を発し、私は「その通りです」と肯定する。
「ですが、分かっていても航行せざるを得ないのが、ワルツ回廊です。そこで我々は、この回廊に蓋をするように艦隊を配置します」
「だが、力押しで来られれば、どう足掻いても負けは免れませんぞ」
「ええ、普通はね」
私の答えに疑問符を浮かべたガラム大佐を無視して、私は当主に話を振った。
「ところで当主様。…………」