ドロシーと賢者
「師匠……」
イグニスの服の裾を軽く引っ張り、スコットが呟いた。
「どうした?」
スコットの視線の先には一人の女性がいて、魔法協会職員用の通路で辺りを警戒しながら立っているので怪しいと言えば怪しい。
そもそも協会内部で人目を避けて歩く必要などないのだから。
「あれな……協会の人だから問題はない、いや、よくもないが」
歯切れ悪く言うイグニスは頭をかいた。
不審者とも呼べる女性は、イグニスの知る中でセルジュと同レベルのサボリ魔である。
人目を避けているところを見るとどこかへ逃げようとしているようだが。
「どっちなんですか?」
「大きな問題はない」
スコットにどっちなのかと突っ込まれ、イグニスが出した判断は問題はないだ。
しかし、気がついたのに放置すると言うのもどうかと思うので声をかけておくことにする。
他の職員がかなり迷惑しているのも確かなのだ。
勝手に職員用の通路に入るのは良くないと思いつつ、イグニスを止める職員もいないのでスコットを連れて入るとイグニスは女性の元に向かった。
「ドロシーさん」
「――ひゃ! 」
イグニスに声をかけられ驚いたドロシーは肩を跳ね上げて短い悲鳴をあげた。
周囲を警戒していたしてはお粗末な警戒だったらしい。イグニスとスコットが近づいてくるのに気がつかなかった。
慌てて辺りを確認するドロシーはイグニスとスコットを引っ張りすぐ近くの空き部屋に放り込んだ。
「驚かせないでちょうだい」
「すみません、あんなに驚くとは思わず。久しぶりに見かけたので挨拶をと思って」
ドロシーは記憶と辿り、前にイグニスに会ったのを思い出す。
確かにイグニス本人に会うのは一年か半年くらい前だ。セルジュがしょっちゅうサボりに行き、その時の話を聞くのであまりそんな気はしないが。
「そうだったわね。スコット共々元気そうで何よりよ」
「ドロシーさんもお元気そうで」
「そう見える?」
疲れ切ったように息を吐いたドロシーは愚痴をこぼした。
「あのバカネコが帰ってきたせいで休日返上よ」
「バカネコ?」
イグニスが苦笑いする中スコットはバカネコ誰のことか分からず首傾げ、イグニスが答えるより先にドロシーが答える。
「トネリコよ。あいつが帰ってくるとサボってた分の仕事を終わるまでやらされるの、ひどいと思わない?」
同意を求められたが自業自得なのではとスコットは思った。けれど、ドロシーの雰囲気から声に出せず口を噤んだ。
「この人も会長候補だから忙しいのは忙しいんだ。ま、センが言うには休みは取れる余裕はあるらしいけどな」
「バカネコが馬鹿正直にやってるってだけよ」
あの仕事量を見せられて淡々と出来るトネリコの方がドロシーやセルジュからするとおかしいようだ。
「ま、お偉い方がくる予定なら休みたいし片付けるしかないんだけど」
「グリーンハイムさんがくるって他に何か?」
「んー、バカネコが賢者に会ったらしくて、近々中央地区にとか言われたらしいの」
そのせいでスケジュールに余裕を持たせたいと会長が仕事を前倒しにしていると言う。
賢者が訪れるのであれば、それなりに歓迎をしたいと考えているためだ。
「……賢者が」
「師匠、賢者って昔の人なんじゃないんですか?」
賢者は魔法使いたちの中ではいわゆる勇者や英雄のようなもので、魔法使いにとっての憧れだ。
しかし大昔に存在していたはずの人物が生きているとは思えないのだが、イグニスもドロシーもまるで生きているかのような反応をする。
「今も実在はしてるの。誰も正体は知らないけど、確かにいるのよ」
「一生に一度はみんな見るって言われてる」
どうして分かるのかとスコットが疑問に思えばなんとなく気配で分かると2人とも口を揃えて言った。
ありがとうございました!
スコットもドロシーには会ったことはあるはずなんですが、幼すぎて記憶にないようです。




