外伝 苦労人トネリコ
「やっと帰ってこれた」
開口一番にそう言ったトネリコは、長い出張から帰ってこれたことよりも仕事が溜まりにたまっていることへのため息をついた。
本来やってもやっても終わらない仕事とはいえ、休みを取れるくらいには片付けられるはずなのだ。
確かにやるべき仕事は山積みではあるものの、一応は休む暇が一切ないスケジュールにはなっていない。必ず余裕はあるのだ、中途半端に手を抜いたりサボらなければ。
だというのに、何故か協会の執務室に帰ってみれば次々に急ぎの書類だと、他の職員から仕事が運ばれてくる。
「セルジュとドロシーはどこに?」
いつもと変わらず割と淡々としているトネリコだが、この状況下ではどうにも苛立っているようにしか感じられずビクつく協会職員は震える声でトネリコに言った。
「セルジュさん、は、気がついたらいなくなっていて……その、ドロシーさんは休憩室から、出でこない、ようで……」
「そう」
仕事の手は休めずにトネリコは短く返事を返すとペンをみしみしと音を立てるほど握りしめると、目の前の職員に伝言を伝える。
「伝達をして欲しい。決行は夕食時、参加者はそれまでに食堂に待機すること」
「わ、わかりました」
頷いた職員は部屋を出る前に一礼し、トネリコからの伝達事項を他の職員に急ぎ伝えるために協会内を走り回る。
「全く、2人のせいで休みが取れない」
誰もいなくなった部屋の中、トネリコはそう呟いた。
☆☆☆
魔法協会がにわかに騒がしくなったのは、トネリコが帰ってきたからだけではないはずだ。
なにせ、溜まった仕事を片付けるためにと、トネリコがセルジュとドロシーを捕まえるために職員たちに指示を出したからだ。
出張の多いトネリコは仕方がないが、普段からサボりがちなセルジュとドロシーたちのせいで仕事が滞ることもあり、職員たちは2人を捕まえることに非常に協力的である。
魔法協会は魔法使いに関わることを内外問わず任されている組織で、それなりに忙しい。
そのため、多くの仕事を任されているセルジュたちにサボられるのは困ってしまうのだ。
トネリコがいれば、セルジュ、ドロシーも逃げ出すことも難しく仕事が滞ることなくスムーズに進むため、職員が協力的になるのは当たり前とも言える。
食堂の混み始める夕食前、すでに食堂は一箇所の隣り合った席を除いて満席になっていた。
セルジュとドロシーを捕まえるための協力者である職員たちが席を埋め尽くした結果で、あとは空いた席に2人が座るだけだ。
やがてやってきた2人は、少々不審に思いながらも空いている席に座ると運んできた料理を食べ始める。
2人が食べ終える頃、背後にそっと近づいたトネリコはセルジュとドロシーが気づく直前、魔法を使って2人を捕らえた。
「ちょっと離しなさいよ!バカネコッ‼︎」
「トネリコ⁈いや、昨日は真面目にやってたから見逃してよ」
抵抗するセルジュとドロシーだが、トネリコには全く効いていない。
膨大な魔力を持つ、まして手の内が分かっている相手だからこそ、トネリコに捕まれば逃れる術はなかった。
仮に逃げだせたとして、食堂には2人を捕まえるようと待機している職員が大勢いて到底逃げ切ることは出来ないだろう。
「見逃すのは構わないよ。ここにいる職員を説得できるのなら」
「うっ」
ぐるりと食堂内を見渡したセルジュは小さく呻き、ドロシーは抵抗する気力が失せたようだ。
サボってばかりの2人も、さすがに自分の日頃の行いは自覚している。職員からの評価は仕事は出来るが仕事を滞らせている奴らである。
「じゃあ、やろうか。セルジュ、ドロシー」
返事をしない2人は放置したトネリコは、食堂全体に声が届くように、声を張り上げた。
「期限は溜まった仕事がなくなるまで、場所は第2会議室。急ぎのものから持ってくるように」
近くにいた職員に食器の片付けを頼んだトネリコは、2人を魔法で捕まえたまま第2会議室まで移動した。
会議室には既に大量の書類が置かれていて、その中心に設置されたイスに2人を座らせると自身も同じ場所に座った。
「さ、早く終わらせないとね」
「トネリコのあくまー」
「バカネコ!」
トネリコはセルジュとドロシーの言葉を涼しい顔して無視をすると、魔法を使って2人の目の前に書類を運んだ。
「この量は誰の責任だと?」
静かな低い声でトネリコは言い、2人を睨めつけた。
無言の肯定をした2人は何も言わず、仕事を始める。その間にも職員から大量の書類が運ばれてくる。
「帰りに賢者に会った。近々ここにも顔を出すと言われた」
「え?」
「賢者に?」
賢者は魔法使いの最高峰で誰もその正体は知らない。
ただ、時代によって人物像が違っているのでどこかのタイミングで代替わりしているのは確かなようだが。
「そう。だから、仕事に余裕をもたせておきたい。グリーンハイムさんも来るなら、なおのことその方がいいでしょ」
「そうね。王族の相手なんて疲れるし、休みたいもの」
「賢者か。あの人も自由だからいつ来ることやら」
それぞれにため息をつくと、互いを見張りながら5日で溜まった仕事を片付けるのだった。
今度スコットでも借りて見張らせてみようと計画するトネリコ。




