師匠のライバル?
魔法訓練を始めてから一カ月が過ぎようとしたある日のこと――。
ドンッ。 ドンッ。 ドンッ。
乱暴にドアが叩かれる。
時間はまだ朝早く、イグニスとスコットは朝食を食べ始めたばかりだった。
「なっ、なんですか今の音?」
突然の音にスコットは驚き身を竦め、不安げに師匠を見る。
イグニスは嫌な予感しかしないと顔をしかめる。
こんなことをする知り合いに心当たりはあるが、正直来られても迷惑なだけだ。弟子時代に起こした問題の半分は、そいつのせいと言うこともある。
「居留守使うぞ。音立てるなよ」
「わ、わかりました」
小声でいったイグニスにつられて、スコットも小声で返事をする。
食事を中断して来客が帰るのを待つ。
早く帰ってもらいたいが、おそらく――。
「イグニス、どうせいるんでしょ!出て来なさい!」
張り上げられた声は高く、どうやら女性のようだ。
予感的中。
イグニスは頭を抱えたくなった、いや、実際に抱える。
「師匠、呼ばれてますよ」
「気のせいだろ」
「でも……」
小声で会話しつつ、スコットは玄関を見る。
どう考えても幻聴ではなく、外に師匠の知り合いがいるはずなのだ。
それほどまでに会いたくない人とは誰なのだろうと、スコットは首を傾げた。
しばらくして、外から音が聞こえなくなる。
イグニスは安心したように息を吐き、食事を再開させた直後のこと、大きな魔力の流れを感じる。
「あいつ……」
「師匠?」
イグニスは思い切り顔をしかめる。
静かな部屋に外から声が聞こえる。
(詠唱?)
スコットは言葉をまともに聞き取れていなかったがそう思った。
呪文詠唱。威力の高い魔法を使う時、集中力を高めるために唱えると教わった気がする。
そんな魔法は見たことはないが、中には町や国を地図から消すだけの威力があると言う。
イグニスは慌てて立ち上がると、急いで玄関に向かう。
本気で魔法をうつとは思えないが、さすがにやり過ぎだし迷惑だ。
「相変わらずだな、カタリナ」
「やっぱり居たのね。居留守を使おうなんてどういうことかしら」
カタリナと呼ばれた女性は口元を隠しフフッと笑う。
全身黒い服で身を包み、昔の魔法使い(魔女)の正装といった格好をしている。
「何しに来たんだよ」
イグニスが面倒臭そうに尋ねると、カタリナは呆れたようにため息をついて自慢げな笑みを浮かべる。
「勝負のためよ。私の弟子は何をやっても完璧なんだから」
「自分が勝てないからって弟子を使うとか……」
「なんとでも言いなさい!勝てればいいのよ勝てれば」
カタリナは弟子時代の時からやたらと勝負を挑んでくる。基本的に負けてばかりなのだが……。
彼女からすると自分より優秀な奴には勝たなければと思いがあるらしい。負けず嫌いなのだ。
しばらくくだらない言い合いが続き、家の中からスコットが顔を出す。
「師匠、喧嘩してるんですか」
玄関の扉を開けっぱなしで騒いでいれば、当然リビングまで響く。
二人の言い合いは長く、かろうじて温かかった朝食も完全に冷め切っていて、スコットはおそるおそるで顔を出すことに決めた。
「へぇ、この子があんたの弟子ね」
カタリナは値踏みするようにスコットを見る。
スコットは少々怯えながら口を開いた。
「えっと、お姉さんは……」
「イグニス、あんたの弟子とは思えないほど可愛いわね。連れて帰りたいぐらい」
「ふざけんな」
お姉さんと呼ばれたのがよほど嬉しいのかテンションを上げるカタリナは、スコットに抱きつこうとするがイグニスに止められる。
そこにスコットと同じくらいの歳の少女が息を切らしてやって来た。
「もう、一人で先々行くなんて何考えてるんですか」
「ごめん」
「この人たちが?」
「そうよ」
どうやら少女はカタリナの弟子らしい。
少女はイグニスとスコットの方に向くとお辞儀をする。
「朝早くからすいません。イグニスさん、お弟子さん」
「こいつは昔からそうだ。気にしなくていい」
「そういっていただけると助かります」
少女は安心したのか安堵の表情を浮かべ、慌てたように自己紹介をする。
「申し遅れました。わたし、カタリナの弟子でフィアと言います」
「カタリナから聞いてるだろうけど、俺がイグニスで、こっちが弟子のスコットだ。仲良くしてやってくれ」
「はい」
初めて出会う自分以外の弟子にスコットは驚きを隠せないようで、言葉が出ない。
スコットの様子にカタリナは疑問が浮かぶ。
「イグニス、あんた。交流会行かせてないの?」
「ああ。というか、招待状が来てないんだよ」
「あら、そうだったのね。なら、弟子の初交流ということで、勝負よ!」
イグニスは呆れたように盛大なため息をつくと、しぶしぶカタリナの提案を受けるのだった。
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