魔法訓練
スコットはその日、いつもよりも随分と早く目を覚ました。
本格的な魔法訓練が楽しみ仕方がない。
カーテンを開けると雲ひとつない快晴で、スコットは心の底からの笑みを浮かべた。
駆け足で二つ先の部屋に向かい、鍵のかかっていない師匠の部屋の扉を開けると同時に息を大きく吸い込むと叫んだ。
「師匠!」
ベッドまで近づくとイグニスを布団ごとボスボスと叩く。
「起きてください!早く練習やりましょうよ」
「いま何時だよ」
イグニスは身体を起こして窓の外を見る。まだ日は昇り始めたばかりのようで薄暗い。
叩き起こされてはっきりとしない頭で時間を確認する。
時計の針はもうすぐ5時になろうとしていた。
「まだ寝かせろ」
それだけ言ってイグニスは布団をかぶる。
一時間くらいは追加で寝れるはずだ。
「ちょっと、師匠!ぼく、すごくすっごく楽しみにしてたんですよ。師匠だって初めて魔法を使う日は――」
「覚えてねぇな。そもそも練習なんか、あー飯にするか」
思い出したくないと首を振って、あからさまに話題に切るイグニス。
二度寝は出来そうもない。
「どうしたんですか?」
「なんでもねぇよ」
不思議そうな顔を浮かべる弟子の頭をワシャワシャと撫でる。
師匠はこんな関係を望んでいたのだろうか。ふとそんな考えがよぎるがすぐにかき消した。
いつもよりも随分と早い朝食を済ませると、急かすスコットに簡単な復習をさせる。
便利な反面、危険も大きい。
魔法の暴走で地図から消えた町や国も多いと聞く。
大きい魔力ほどその危険もあるが、使い方次第では少ない魔力でも同様なのだ。
外がしっかり明るくなって、イグニスとスコットは庭に出る。
師匠として、魔法を教える身として、今まで以上に気が抜けない。暴走や暴発を起こさせないのが一番だがもしもということもある。
「今日やるのは基礎中の基礎。これがマスターできなきゃ他の魔法は使えないと思っていい」
「すぐにマスターしてみせます!」
ビシッと敬礼するスコットは少々浮かれ気味だ。
イグニスは苦笑しながら空中に手のひらサイズの光の球を出す。魔力の具現化だ。
「おお!」
「これを昨日の的に当てるのが、今日のやることだ」
そう言って、イグニスは魔力の球を木にぶら下がっている的に当てる。
コンと木が音を立て、光の球が消える。
「これ、だけ……」
「これだけだな。まぁ、すぐにマスターしてみせるんだろ」
「もちろんです!」
スコットは目をつむり深呼吸をする。
ある程度の形を想像できなければ、魔法を使うのは難しい。そのためにイグニスは手本としてやってみせた。
そっと目を開くスコット。かざした手の先に小さな光の球ができる。
「できた!師匠、できました!」
「上手くできたか。一番手前の三つに当てられたら、今日は終わりな」
3メートル先の簡素な台に置かれた直径50センチの的をイグニスは指差す。
スコットは首を振って、フッと笑う。
「師匠が当てた的に当ててみせます」
「あ〜、好きにしろ」
呆れながらイグニスはスコットの好きにさせる。
出来ても出来なくても、自分の実力がわかる。その方でいい。
スコットが光の球を思い切り投げて飛ばす。
全力投球をしたはずの魔力で出来た球はフヨフヨと宙を漂うだけまっすぐには飛んでいなかった。
それを見てイグニスは俯いて体を震わせていた。
「あれ?こんなはずは……」
スコットはイグニスの方へ振り向く。
笑っているのに気づいたスコットは頰を膨らませる。
「師匠!」
「初めてにしちゃ上出来だろ」
笑いをこらえながらなのであまり説得力はなかったが、スコットは納得したらしくやる気を出していた。
「できた!師匠!」
「見てたよ。正直3日はかかると思ってた」
「見くびられてた⁉︎」
スコットが指示された的に当てたのは陽が沈み始めた頃だったため、この日の訓練はここまでとなった。
スコットがまともに球を飛ばせるようになったのは、一週間後のことだった。
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