はじまり
ノックの音が聞こえて、部屋の埃をぼうっと眺めていた男の子は扉に視線を移す。
開いた扉の先に見えたのは、いつもの男と赤い髪の目つきの悪い青年だった。
イグニスは緊張からか普段と比べても目つきが鋭くなっていたせいだろう。
スコットはその鬼のような顔に驚き、配置されている机と椅子の影に隠れてイグニスの方を窺う。
初対面の二人の間に流れる空気は、なんともいえないもので、セルジュは心の中でため息をついた。
こういうときだけはあの子の弟子とは思えないと小さく笑って、部屋の棚に置かれた冊子を手に取るとイグニスに渡す。
「今回は急に決まったから、ほとんど用意できてないんだよね。詳しいことはこれでよろしく」
「……わかった」
「それと、必要なものは2、3日で送られてくるはずだから。お師匠からのお祝いと一緒に」
イグニスはフッと息をこぼす。
初めて会った日、師匠は確か――。
イグニスは息を大きく吸って、口を開いた。
ピリリリリリ――。
突然音がなり、セルジュが慌ててポケットから小さなキューブ取り出す。
すると、キューブから女性の映像が浮かび上がる。
「セルジュさん、そろそろ戻ってきてくださいね。予定が詰まってます」
「はーい。今日は怒られないだけマシか」
肩をすくめセルジュはやれやれと笑った。
「それじゃ二人とも、仲良くね」
手を振ってセルジュは仕事に戻っていった。
二人きりになった部屋で、イグニスは深呼吸を一つ。仕切り直しだ。
いつだって師匠に反発ばかりではあったけど、あの時の自分にとってあの日の言葉は、ほんのわずかに見えた光で救いだった。
だから――せめて同じようになれなくても同じように。
「……スコット。今日から俺たちは、家族だ。何があっても師匠をやめるつもりはないから覚悟しとけよ」
言い切って真っ直ぐにスコットをみる。
「かぞく……」
「そう、家族だ」
スコットは顔をあげる。そこにあったのは、キラキラと眩しいほど純粋な笑みだった。
イグニスは本当に素直そうだと思いながら、スコットにつられて笑っていた。
それからイグニスはスコットを連れて自宅に帰る。
小さな家といっても外観からするとそれなりに広く、使われていない部屋の方が多いくらいだ。
「ここが俺たちの家だ。空いてる部屋ならどこを使ってもいい」
スコットは話を聞いているのかいないか、落ち着かない様子で家の中をキョロキョロと見回している。
「スコットの部屋は、ここがいいか」
イグニスが案内したのは、リビングに一番近い部屋で、最低限の家具が置かれている部屋だ。
「ぼくのへや……さみしい」
「荷物が届いたら、賑やかになる。飯にするか」
「ごはん!!」
ものがない部屋にショックをうけて沈んでいたのも束の間、食事と聞いてすぐにニコニコとするスコット。
イグニスとスコットは、たいして美味しくもないが不味くもないご飯を食べる。もちろんイグニスの手料理だ。
魔法の腕は師匠の元でかなり伸びたものの、料理の腕はあまり伸びなかった。
誰でもひとまずは形になる料理は叩き込まれたが……。
反発ばかりせずに学ぶべきだったとイグニスはわずかに後悔をするのだった。