やりたい放題の防衛迷宮 1
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山の中を抉る螺旋槍の音と、金属関節が軋む音、そして無数の足音がトンネルの中を反響する。ローランは大勢のゴーレムを従え、作業に没頭していた。
「もうじきアレンたちが来る頃だろうな」
アステリアに居るアレンたちの様子を知っている訳ではない。しかし、ローランは勇者パーティとはそれなりに付き合いがあった身だ。目の前で餌をぶら下げられれば、我慢できずに食いつく性分であるということを理解している。
「あぁ……アレンにアリーシャ、そしてファナ。……ついでにキーアとエリザ王女……早く、逢いたい。逢って、この俺の一大作品をその身で体験してもらいたい……」
暗がりの中に点在する照明の光が、ローランの三日月のように付き上がった口角を照らしていた。
エアコンが販売されてから一ヶ月が経過した。
もはやノルドでは生活必需品の中でも贅沢な部類として、富裕層を中心に一般家庭でも広まり、その噂を聞き付けた商人や旅人が購入。この猛暑の夏でも心地よく過ごせ、冬になれば温まることが出来るという機能は波紋を呼び、諸外国から大勢の人が押し寄せる事となった。
ただし、アステリア王国の人間以外にはである。
シャルバーツ道具店の店長であるローランが、アステリアでの悪評が無くならない限り販売しないと強固な姿勢を保っているのだ。
『勇者の恋人を寝取ろうとしたなどという不愉快極まりない誤解を早々に解き、真実を詳らかにしなければシャルバーツ道具店はアステリア人に対して一切商品を販売しない。了承できないというのなら、トリグラフまで奪いに来るといい』
外国でエアコンの機能を堪能したアステリア人が大勢存在し、転売を持ち掛けて自国で使おうとしたのだが、なぜかアステリアに入った途端に魔核が停止。
アステリアの領土から出た途端に再び機能するという付加魔術が組み込まれており、ローランの徹底ぶりをアステリア王国は知ることとなった。
拠点となっているトリグラフ死火山も、どの国にも属していない土地と思っていたが、なぜかローランは五百年も前に発行された土地の権利書を所有しており、それが本物であるということを鑑定師から太鼓判を貰っていたのだ。
初めはローランはアステリア人であることを考慮し、王族や政府が使者を送った。
『国家繁栄の為にシャルバーツ道具店は経済に協力せよ。これは王命である』
そう言い渡したが、ローランは既にアステリア王国から籍を抜いて、トリグラフを自らが治める国であると主張したのだ。
建国に必要なのは領地と国民と法律。アイリスという住人を迎え入れた、元々誰のものでもないと思われていたトリグラフはその条件をクリアしている。
『自分は既にアステリア人ではなくトリグラフ人、故にアステリアの王命に従う義理は無し』
確認を取ってみれば、ローランは役場を通して本当にアステリア本国の籍を抜いていたのだ。
そうなってしまえば、いかに王族といえども諦めるしかない。しかし、それが我慢できなかったのが勇者である。
『故国を蔑ろにして他国を贔屓するなど許し難し。その上、自らの悪行を無かったことにしようなどと、傲岸不遜も甚だしい』
などといっていたが、要するに彼らは一度味を占めたエアコンの恩恵に、自らも恒常的にあやかりたいだけなのだ。
その上、アレンたちはローラン追放の真実を知っているたった五人の存在。それを公にすれば、自らの勇者、聖女としての名誉を著しく傷つけてしまう事は明白であった。
そうなってはもう、ローランの言った通り、トリグラフまで奪いに行くしかない。
「前に行った時は意味の分からないゴーレムに襲われたが、あんなのが何時までも一ヵ所に留まっている訳ないしな!」
「そうですね、その通りです!」
ちなみに、以前トリグラフに現れた偽の神器を装備したゴーレム集団の創造主がローランであるという発想は彼らにはない。ローランは自分たちの下に位置する者という、絶対的な価値観があるからだ。
そんなローランが勇者であり、聖女である自分たちを倒す魔道具を作れるわけがない。あのゴーレムはローランとは無関係の代物であるというのが彼らの見解だ。
更に言えば、あの時の敗北だって彼らは認めていない。何せ光と戦の女神から恩寵を受けた、最強のパーティなのだ。あの時のゴーレムに負けたのは何かの間違いであるに決まっている。事実はどうあれ、彼らの本音はそんな事を考えていた。
そういった経緯があって、勇者たちは王国の許可も無くトリグラフに向かった。思い上がったローランを打ちのめし、言われた通りエアコンを奪い取って夏の暑さや冬の寒さを快適に過ごす為に。
トリグラフに辿り着いたローランたちは、傍から見れば堂々と、心の奥底ではあの時のゴーレムを思い出して戦々恐々としながら山道を進んでいく。
そして以前ゴーレムが現れた、山の中腹に開いていた大穴の場所まで来てみると、勇者と聖女たちは一様に怪訝な表情を浮かべた。
「何だあれは? 門?」
以前見た時は洞穴同然であったが、今は大きく立派な造りの門が設置しており、勇者たちを迎え入れるように大きく開いている。何だったら、門の上には「勇者様御一行歓迎」という看板まで掛けられている。
「どうやら、兄さんが作ったみたいですね。元々空いていた大穴に、あのような門を設置したのでしょう」
「ローラン風情が……俺様を挑発する気か?」
奪って見せろと言っておきながら、歓迎の意を示した看板と共に大きく門を開くなど、相当の自信の表れとしか思えない。それに気を悪くしたアレンたちは、ズカズカと足音を荒げながら中へと入り込んだ。
「私たちを前にして、あの脆弱な雑用係が随分と強気に出たものだな」
「ええ。これは私が一応の家族として、身の程を教えなければなりませんね。自信過剰は身を滅ぼすのだと」
「そうね。幼馴染として、思い上がったローランに灸を据えてあげなくちゃ!」
とても義理の兄、かつての恋人、かつてのパーティメンバーの事を思い浮かべるとは到底思えない酷薄な笑みを浮かべて、山の内部を進むアレンたち。
門から入った途端に横穴に行き当たり、まるでアリの巣かモグラの巣を連想させるトンネルの中を進んでいく。
「あら、意外としっかり整備されているのね。偶然できた空洞か何かかと思ってたのに」
デコボコした岩肌かと思いきや、洞窟の壁や床には丁寧に煉瓦が敷き詰められており、光源となる魔道具が等間隔に設置されている。
もしや洞穴かと思っていたら、実は古代から残っていた遺跡か何かだったのかもしれない。そう思い込みながらトンネルの中を進んでしばらくすると、内部に反響する音声がどこからともなく聞こえてきた。
『随分久しぶりじゃないか、勇者パーティ』
「この声は……!」
記憶の彼方へと追いやられた男の顔と声を思い起こす。その声の主は間違いなくローランだ。
『こんな岩ばっかりの山にわざわざ勇者が来たって事は、俺が作ったエアコンが欲しくなったのか?』
「テメェ……ローラン! どこに居やがる!? 隠れてないで出てこい! 俺様にわざわざ足を運ばせた落とし前を付けさせてやる!」
「兄さん! アステリアから籍を抜いたなんて戯言で周囲を混乱させるのは止めてください! 勇者様のご意向に沿うのが、兄さんのような庶民の務めでしょう!?」
「全く、一応幼馴染だっただけに私まで情けなくなってくるわよ! アステリアの……私たち勇者パーティの要望を跳ね除けるなんて、アンタって本当に最低ね!!」
「しかも貴様自身の魅力の無さゆえにアリーシャたちに捨てられておきながら、図々しくも主殿の評価を貶めるような要求をするなど、恥を知れ恥を!!」
「アレンや私たちの眼の前に立ち塞がるのもおこがましい路傍の小石が、随分と偉そうになったものね。大人しく誰の目にも留まらないよう過ごせばよかったものを」
口々に暴論暴言を吐く勇者パーティ。この光景一つで、どれだけの支持者を失うかも分からない醜態だ。
『……うん。何か、変わりないようで本当に安心したよ。それでこそ、俺も準備した甲斐があるというものだ』
しかし当のローランの声は非常に穏やかだ。むしろ、嬉しそうと言っても良い。
『なら突破して見ろ。このシャルバーツ道具店防衛システムを。俺はそれを超えた先でエアコン共々待っている。ただし――――』
不意に、無数の羽音と小さな大群が蠢くような音が背後から聞こえてきた。一体何事かと振り返ってみると、そこには二本の触角を揺らしながら黒光りする体を高速で動かす虫。
台所の悪魔。絶対悲鳴兵器。生きた不快発生装置。男は慄き、女は泣き叫ぶこの世で最も有名な虫、大量のゴキブリが天井と壁、床を埋め尽くさん勢いで迫っていた。
『このトリグラフはどの国の法も及ばない、俺がルールの山だ。精神崩壊しても文句は受け付けんぞ』
「「「「い、いやあああああああああああああああっ!?!?」」」」
そのゴキブリの数、目算だけでも軽く億に達していそうだ。必然的に悲鳴を上げる聖女たち。勇者であるアレンも全身から蕁麻疹を浮かべながら青褪め、自分のハーレムたちより先に逃げ出した。
「ゴ、ゴキ、ゴキゴキゴキブ……!?」
「な、何であんな気持ち悪い虫がこんなにいるのよぉおお!?」
「く、くるな!! 来るなぁああああああ!!」
人類の希望である勇者パーティは、床や壁、天井を這いながら、もしくは不快な羽音を鳴らしながら背後から迫るゴキブリの大群を前に無様に逃げおおせる。
それはある意味当然の反応と言えるのだが、虫けら相手に逃げるには彼らのプライドは高すぎた。沸々と真っ先に怒りが湧いてきたアリーシャは、聖典の魔核に宿る魔術を解放する。
「ローラン……! 後で覚えてなさいよ!! 半殺しにしても許さないんだから!! 《氷陣》!!」
全てを氷漬かせる冷気の風でゴキブリの大群を足止め……するはずだった。
「あ、あれ? ま、魔術が発動しない!?」
「こ、こっちもダメです!! 結界魔術が使えません」
「と、というか……はぁ……はぁ……も、もう息が切れて……足が……!」
魔術だけではない。神器の恩恵である身体能力の強化も何もかもを含め、彼らを強者足らしめる神器の機能が悉く停止していた。
「この山の門を潜った時点で、アレンたちの敗北は確定していたんだよ」
まさしくただの一般人……下手をすればそれ以下の能力にまでなり下がった勇者たちを、ローランは箱庭で監視用の魔道具からニヤニヤ笑いながら眺めていた。
「入り口である門には大きく分けて二つの空間魔術が付加してある。一つはこの手製の社員カード……これを持って通った者だけを箱庭に続く正規ルートへと直接通す魔術」
「それでもう一つが、社員カードを持たずに入ってきた侵入者を防衛システムがてんこ盛りの位相空間に通す魔術ってこと?」
「そうだ」
アイリスは首から下げた顔写真付きの名前入りカードを指で弄ぶ。これは本人の血を媒介に作り出した、入り口の門とセットになった魔道具であり、これを持たずに通った者は今アレンたちが必死に走っているトンネルへの道を開くようになっているのだ。
「ちなみに、社員カードを奪って入ろうとしても無駄。門を通る時にカードと持ち主の体をスキャンして判別するからな」
「防犯とかにも使えそうだね。無駄に凝り過ぎてて売れるかどうかが分からないけど。じゃあ、勇者たちの神器が力を失っているのは?」
「それも俺が開発した、対魔道具用魔道具」
天井に等間隔で埋め込まれている魔道具だが、その効果は目に見えない特殊な魔力波によって魔道具の魔核を停止するというものだ。
魔核が無ければ魔道具など、只の鎧や剣に過ぎない。勇者たちは今、久しく感じる自分本来の力を噛み締めているところだろう。……それは全てにおいて弱体化したという意味だが。
「ちなみに、俺が作った魔道具は魔力波を中和するように仕上げてある。だから侵入者の魔道具だけが一方的に停止して、俺の魔道具が作動してるってわけ」
「なるほど。……じゃあもう一つ聞くけど、あのゴキブリ軍団は何? もしかして、ローランが繁殖させたとか……?」
「んなわけねーだろ。防犯用とはいえ、本物のゴキが社内に居るとか洒落になんねぇ。俺が虫を繁殖させるんなら、カブトムシとクワガタムシに限定するわ。……それを思うと、カブト&クワガタの繁殖も悪くないな。上手いこと箱庭の一部を解放して、夏になると子供たちが虫取りや虫相撲で遊べるレジャー施設を……」
「話がずれてる」
「おっと、悪い」
実のところ七割以上が自分自身がカブトムシとクワガタムシの繁殖して虫相撲したいだけだったのは黙っておく。
「リアルミストってあるだろ? 一部の魔物が発生させる」
「あるね……もしかして、それも魔道具で?」
「再現しちゃいました」
リアルミストとは、自在に形と触感を変化させる一部の魔物特有の霧だ。例えばリアルミストで形成されたケーキは、本物のケーキのような重みと感触、更には匂いと味までも再現する。
それを発生させる魔道具で、あの数億のゴキブリを具現化。とはいっても中身はただの水蒸気なので、強く握り潰せば霧に帰る。
しかし、幻やまやかしといっても侮れない。人というのは思い込み一つで本当に火傷を負うことが出来る生物なのだ。あの霧で出来た無数のゴキブリでも、全身を這われる感覚は極めて本物に近いはず。
リアルミストで出来たゴキブリであると知らない彼らからすれば、それらは全て本物であるのと同義なのだ。
「ここはシャルバーツ道具店本舗だ。人死には縁起が悪すぎるから殺しはしない……が、死ぬほどの屈辱は受けてもらう」
これより人類の希望と謳われた勇者パーティは、ローランの玩具である。
「ぜぇ……ぜぇ……あ、足がもう……!」
「ク、クソォ……! 何時まで追いかけてくるんだよ……!」
身体能力百倍の効果をもたらす神器が機能停止し、走力だけではなく肺活量までも一般人並みに戻った……いや、長年神器に頼りっぱなしのせいで、むしろ平均よりも劣る彼らの脚は最早疲労で感覚を失っていた。
それでも彼らがゴキブリから逃げられるのは、結局ゴキブリはローランが生み出したリアルミストであり、その動きも箱庭に居る彼によって操作されているからに他ならない。
憎き勇者共をゴキブリ津波で呑み込むのは容易いこと。しかし、それでは面白くはない。
「ちょ、あれ行き止まり……!?」
行き過ぎた恐怖と疲労で無様に鼻水まで垂れ流す、汗まみれのアレンたちは目の前を塞ぐ壁に絶望した。その壁には『ローラン様の許可なく開閉禁止』と記されている。
「ふ、ふじゃけるなローラン!! 今すぐここを開けろぉおお!!」
『ぶふふっ。ふじゃけるなだってよ、あんまり笑わせるなよ……!』
壁を両手で殴りつけるキーアに、ローランは笑いをかみ殺した声を返す。そうこうしている間にも、ゴキブリの群れはガサガサと、あるいはブゥーンという不気味な音を鳴らしながら近づいて来る。
壁に記している文字が事実なら、ローランが許可さえすれば壁が開くということ。アレンたちの反応は決まっていた。
「とっとと開けやがれクソ雑魚野郎! ぶち殺されたいのか!?」
「これは命令よ! 王女である私をこのような目に遭わせただけでも許し難いのに、更に罪と罰を積み重ねたいというの!?」
「い、今開ければ殺すところを半殺しで許してあげなくもありません! いいから早く開けえください、兄さん!」
「ゴ、ゴキが、ゴキブリが来ちゃうぅううう!! 早く開けなさいよこのブサイク野郎ぉおおおおお!!」
彼らの恐怖は本物だろう。しかし、だからといってローランに媚びて懇願することは勇者パーティにはできなかった。
『んー、そこまで言うなら仕方ない。お前たちにチャンスをくれてやろう』
壁や天井に埋め込まれた監視用魔道具越しにローランが告げると、ゴキブリたちが一斉に進行を止め、天井の一部が開いてアレンたちの前に何かが落ちてきた。
「……は、鼻フック?」
鼻フックである。二本の鉤爪が付いた金具である。優しさゆえか、先端には怪我防止用のカバーまでついている。何だったら、鼻フックと書かれた名札までついた、正真正銘の鼻フックである。
『その鼻フックを装着し、両手でピースサインを作りながら全力で豚の鳴き真似をしろ。あ、笑顔も忘れずにな。気持ち的には屈服した薄汚い子豚って感じで。そうそう、棒読みとか大根役者はアウトだから、ちゃんと本当に豚になったような気持ちで頼む』
それは、勇者や聖女と崇められてきた彼らには耐えがたい屈辱であった。
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