無双のローラン捌き
指が冷たくなってきて、キーボードが打ちにくい季節になってきました。
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ローランとアイリスを除く、出場者二十四組は、直立不動の状態から微動だにしないローランを振り回すアイリスに狙いを定めていた。
使いどころを選ぶ魔術、《金剛身》で足手纏いを防護するのと同時に武器にしてしまうというのは何とも呆れたような、感心したような視線を集めるが、それとこれからしようとすることは関係が無い。
使用可能な魔術一回は既に使い切っている。もはやレースという勝負を、身体強化抜きで勝ち抜ける可能性は皆無に等しいのだが、人間というのは居るだけでも不確定要素が付き纏うものだ。
開幕早々、コースアウトさせて脱落させてやろう。魔術による攻撃もローランたちにのみ許されているし、何よりアイリスはどうにも油断が出来ない。
『それでは各出場者配置についてください』
総勢五十人……アイリスに担がれたローランを除いて四十九人がスタートラインを踏み締める。
スタートダッシュで一気に突き放すか、初手から妨害するか、ペアによって違いはあれど、只走るしかできないアイリスに勝機はない。危険の芽を潰すために、風変わりなペアに意識を向ける者が半数ほど。
そして、レースの本番の火蓋は切って落とされた。
『……レース本選、スタートです!!』
パァンッ! という炸裂音と共に舞い上がる紙吹雪。それと同時に参加者たちは風を推進力にしたり、単純に身体能力を底上げして急加速することで他の出場者を突き放そうとする者も居れば、妨害魔術を撃ち合う者たちもいる。
哀れアイリス、為す術も無く吹き飛ばされるものかと誰もが思ったが……その光景はあまりに意外過ぎるものだった。
「なっ!? 何で魔術も使わずに俺たちより速いんだよ!?」
吹き荒れる妨害魔術を置いてけぼりにし、スタートダッシュを切った者たちを追い抜く爆発的な加速。それらの所業が魔術も使わず、大の男一人担いだ小柄な少女による者だと、誰が思うだろうか?
先に言っておくと、アイリスは魔術の使用をしていない。本来人間たちにとって魔術というのは、一部の魔道具による例外を除けば魔法陣の構築や詠唱が必要不可欠であるものの、アイリスはそれらを省いて魔術を行使できる。
しかしどんな見張りがあるかも分からない以上、迂闊なことは出来ない。そこで使用したのが、魔力の放出による推進力の確保だ。
厳密に言えば魔術ではない。単に体の内側にある魔力を大量に高圧放出することで、突風のような勢いを走りに付けているだけに過ぎない。しかも燃費も最悪であり、人間の間ではまずあり得ない上に殆ど知られていない魔力の運用法である。
しかし、種族的に魔力が潤沢な魔族ならば話は違う。無論、魔族の間でもこんな運用法は滅多にないが、これが一キロメートルほどしかないレースであるというのなら、速度を落とさず全速力で駆け抜けることも可能という訳だ。
「う、撃てぇ!! あいつ等なら攻撃して問題ねぇ!」
遠ざかる背中を数秒、茫然と眺めていた彼らだったが、すぐに思い出したように攻性魔術をアイリスたち目掛けて放つ。
それらの速度は魔力放出による加速で走るアイリス以上。あわや直撃するかと思いきや、ここにきて全身に魔術反射する《金剛身》を施されたローランが真価を発揮した。
「ぁあああああああああああっ!?」
悲鳴を上げる鈍器……もとい、ローラン。
物理攻撃も魔術攻撃も等しく跳ね返す守りで固められた彼を、自分を支点に置きながら振り回し、アイリスは背を向けたまま後ろから飛来する魔術を、放った者たちに向けて跳ね返した。
「ぎゃああっ!?」
「うげぇえっ!?」
自らが放った魔術で傷ついていく参加者たち。なまじ攻性魔術なだけあって、彼らに与えられる被害は甚大であった。
そして、そんな魔術の被害を被っているのが少なくとももう一人。
「ぎゃああああ痛ぇえっ! 別に痛くはないんだけど気持ち的に痛い!!」
敵の攻撃を打ち返すだけの道具と化したローランである。
《金剛身》によって一切のダメージを遮断されてはいるが、火の球や雷の矢、岩礫に風の刃と、生身で当たればただでは済まない魔術が直撃するというのは実に心臓に悪い。しかもそれら全ての行動を他人に委ねられているのだからなおさらだ。
何よりアイリスは、そうした方がやり易いのかどうか分からないが、何かと顔面をぶつける形で魔術を迎撃することが多いのだ。有体に言えば、メッチャ怖い。
「でもこれで他の走者とは二度と縮まらない差が出来た。後は目の前に集中して走破するだけ」
観客からの不評を考慮したとはいえ、アイリスたちに与えた縛りが緩かったとデモルトは歯噛みした。
「物の役にも立たん冒険者共め……!」
本来ならここでリタイアしてくれれば御の字。憎きローランたちが攻性魔術に甚振られ、ボロボロになる姿を夢想していただけあって、大きな制限を課せられた状態でもトップを独走する彼らは非常に気に食わないのだ。
「だがまだ問題はない。本番はこれからだ……!」
しかしデモルトの余裕はまだ失われてはいない。
予選では一切見せ場が無かったが、これはあくまでも障害物競走。コース上に仕掛けられた罠や障害物の類は、魔術無しで突破できる代物ではないからだ。
元々、魔術が使えること前提に冒険者に狙いを定めた催しに、ゴルドー商会と提携している各関係者を呼んで、ゴルドー商会の魔道具製造技術を見せつける場でもあるのだ。
予選とは比べ物にならない障害物の数々に、デモルトは再び打ちのめされるローランたちの姿を夢想した。
例えばそう、第一の障害物である落ちれば失格となる、長さ三十メートルにも及ぶ魔力吸収の沼地ゾーン。元々凍らせるなり飛行するなりして落ちないように突破するのだが、この沼は浸かった者や上を通った者の魔力までもを吸い取る罠魔道具でもある。
「どんな汚い手を使っているのか分からないが、あれだけの魔力放出をしながら突破できるわけがない。その上、あの加速方法も飛行することは出来ないと見た」
コースを走り続けるアイリスを見て、デモルトはそう推測する。
この時の彼の推察は的を射ていた。魔術を用いぬ、単なる魔力の放出はアイリスの走りに莫大な推進力を与えたが、飛行するまでには至らない。ローランを抱えたまま本気で跳んでも、三十メートルもある沼地を超えることは出来ない。
『うん……しょっ』
『うぁああああああああああああああああああっ!?』
だからこそ、アイリスは魔術を用いずに飛行という手段を選んだ。
ローラン曰くゴリラガール。その本人からすれば遺憾極まりない異名に反さず、アイリスは助走の勢いをつけ、ローランを垂直に保ったまま投槍のようにぶん投げた。
『よっと』
頭を前にして真っ直ぐに、悲鳴を上げながら猛スピードで沼地の上を飛んで行くローランの背中にアイリスは飛び乗る。走り幅跳びびよりも遠投の方が得意というのは本人の談だ。
姿勢一つ動かせぬローランを一時的に飛行の乗り物に変え、アイリスはそのまま沼地ゾーンを突破していった。
「おかしいだろ!? 何だあれ!? 物理的にあんなのあり得るのか!?」
「わ、分かりません!! でも魔術は使っていないことは確かなようで……!」
「不正一つでっちあげることも出来んのか!? えぇい、だがまだまだ罠は残っている!!」
続いてアイリスたちに迫るのは第二障害物。首輪型の魔道具で使役した鳥形の魔物だ。
この魔物は上空から大群で粘着液を吐き出し、身動きが取れなくなった得物を生きたまま啄むのだが、今回ゴルドー商会が用意したのは三百匹。
もはや障壁でも展開しなければ防ぎようのない、まさしく雨と言っても過言ではない粘着液がアイリスとローランに降り注ぐ。今度こそ無様に這い蹲る二人を夢想してデモルトは高笑いを浮かべるが、当のアイリスは何の動揺もなくローランを風車のように振り回した。
『てい』
『ひぇえあああああああああああああああああああああっ!?』
覇気の感じない掛け声と共に、またしてもローランの悲鳴が上がる。
多重の残像によって円に見えるほど高速回転する彼の腰を掴んで更に回転を上げていくと、魔術を使っていないにも拘らず竜巻が発生。垂れ落ちる無数の粘着液だけではなく、その上を飛ぶ鳥型魔物の群れまでも蹴散らしていく。
『止めでぐれぇえええええええええっ!! 誰か止めでぐれぇえええええええええっ!!』
その分ローランは今にも胃の中のモノを口からぶちまけそうな顔をしているが、高速回転する彼の表情を確認できるものは誰も居なかった。
「あれは絶対にありえないだろ!? 何で竜巻が出てるんだ!? あれ本当は魔術を使ってるんだろ!? そうなんだろ!?」
「え、詠唱も魔法陣も確認できてません! 信じられませんが、素の力としか……!」
「いいから早く魔術を使っていることを証明しろ!! 早く早く早くぅ!!」
「か、会長……首掴んで振らないで……!」
ヤケクソ気味に部下の襟首を掴んで前後に激しく振るデモルト。想像だにしなかった怪物少女を敵に回したのではないかと確信し始めたのも束の間、アイリスとローランは第三障害物へと辿り着いた。
それはコースの横幅を覆い隠すほどの人型ゴーレムの大軍だ。ローラン手製のゴーレムほど滑らかかつ精密な動きはしないが、近づいてきた生物に鋼でできた手足で襲い掛かるという防衛機能が魔核に付加されている。
これだけの数、普通の冒険者や騎士なら魔術無しで突破するのは不可能に近い。風如きで吹き飛ぶほど柔な造りでもないし、質でも数でも通じないなら、両方を兼ね備えた妨害でローランを叩き潰せると、今度こそ一方的に殴り蹴られるローランたちを期待したデモルトだったが、アイリスは更にその上を行った。
『それっ』
『ぶっ!? べっ!? ぼっ!? ばっ!? ごっ!?』
直立不動のローランを振り回し、ゴーレムの鋼の体を砕きながら一切減速せず突き進むアイリス。時に足先を、時に頭をぶつけるだけで鋼がゴーレムを破壊されるなど、あんな華奢な少女を見て誰が想像できるだろう?
……顔面がゴーレムの体にぶつけられる度にローランが悲鳴を上げているが、それを気にする余裕が出てくる者など誰も居ないのだが。
「もぉおおおおお何なのあれぇええええええ!! 絶対におかしいじゃぁああああああん!! あんなの反則だよぉおおおおおおっ!!」
「お、落ち着いてください会長!!」
理不尽をより強大な理不尽で覆されたことで、ついにキャラ崩壊を起こして、駄々っ子のように床を転げ回るデモルト。しかし幾ら現実を詰っても、その現実が変わるわけではない。
そうこうしている内にアイリスは見事なまでの剣捌き……もとい、ローラン捌きで障害物を次々と突破していく。そして彼女はついに最後の障害物の前へと迫っていた。
「おのれぇ……! こうなったら私自らの手で引導をくれてやる!!」
ようやく正気を取り戻したデモルトは、不正監視用の部屋のすぐ近くにある最後の障害物の仕掛け、岩壁の隙間から砲身を覗かせる固定式の魔導砲台の内の一つのレバーを握る。
最後の障害物は、用意した岩壁をバリケードにしつつ、運営側の人間が走者を狙う二十にも及ぶ魔導砲台だ。一応非殺傷設定として威力は極限まで絞り込まれているが、それでも暴徒鎮圧を目的とした状態であり、当たれば痛いだけでは済まない。
今までは機械的、もしくは知恵の無い魔物が考えなしに妨害してきたが、今回は考えながら狙いを定めて妨害してくる。走者側はそんな魔弾の弾幕を回避しつつ、岩壁の前まで辿り着いて曲がり角の先のゴールに到達しなければならないのだ。
「高位冒険者でも一度も当たらずに突破することは出来ないことは最早実証済み! 全員、あのクソガキ共に集中攻撃だ!」
二重の砲口から放たれる魔力が凝縮された砲弾が、他の走者が居ないことを良い事にアイリスを集中的に狙う。たとえ体に当たらなくても、他の走者が追い付いて来るまでの時間稼ぎにはなる。デモルトは自らの商会が開発した魔道具の性能を考慮してそう判断したが、それは相手の底を見ていない状態で下された浅はかなものだ。
「ふぅぅぅうう……っ!」
迫る魔弾の激流を前に、アイリスは深い息を吐いて闘気と魔力を漲らせる。物理的な力すら宿す質量で蒼が混じる銀色の髪を揺らすそれらは、両手に持つローランに収束。
「え? 何これ!? 何これ!?」
色として可視化された闘気と魔力によってローランの体は蒼く輝き始め、アイリスは前方に向かって二度振り抜いた。
ローランの頭で右袈裟切り、足先で左袈裟切り、その二つの連撃がほぼ同時に放たれ、交差する巨大な衝撃波を生み出した。
「や、やばい! 総員、退避ぃぃいい!!」
「き、貴様ら! 勝手に持ち場を離れるな!」
魔力の砲弾を吹き飛ばしながら岩壁に向かって突き進む二つの衝撃波におびえて逃げおおせる部下たちをデモルトは引き留めようとするが、それがいけなかった。
衝撃波の交差点……最も威力の高い部分がデモルトに直撃する形で岩壁を魔導砲台ごと吹き飛ばしたのだ。
岩壁が縦になったとはいえ、凄まじい衝撃がデモルトを襲う。ばらばらに砕け散った岩や魔導砲台を薄れゆく意識の中で呆然と眺めることしかできないデモルト。そんな彼の視界の端で悠然とゴールへと走り抜けるアイリス。
(お、おのれ……シャルバーツ……! この恨み、決して忘れは……!)
無念と共にデモルトは意識を失った。
攻撃の規模の割には意外にも怪我は軽く、全治二週間で済んだ彼は、後に療養中のベッドの上でアイリスたちが一番価値を見出していなかったぬいぐるみ一つが目的だったと聞いて、頭髪がハラハラと抜け落ちながら一気に老け込んだという。
そろそろ、勇者ざまぁに入っていこうと思います。
よろしければ他のざまぁシリーズもどうぞ。




